表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/12

結界

 夜。

 手持ち無沙汰となった透は、テレビをつけた。


 珠緒は今お風呂に入っている。お風呂から出たら、護身術について教えてくれるそうだ。

 テレビでは恋愛ドラマが流れていた。他に見たい番組もなかったため、そのままドラマを観る。

 透は恋愛ドラマが好きではない。流行りの俳優が歯の浮くようなセリフをしゃべるところが、現実味がなさすぎて苦手なのだ。もちろん、創作なのは分かっているが。


「……そういえば綾部は、恋愛ドラマ好きだったな……」

 恋愛の「れ」の字もない弥生だが、意外と女の子っぽいところがあるのだ。少女漫画雑誌を購読しているらしいし、彼女の爪はいつでも綺麗に整えられている。

「綾部大丈夫だったかな……」


 珠緒が妖怪であることは、口外してはいけないだろう。だが、弥生なら「そうなんだ! 猫屋敷さんかわいいもんね! よくわかんないけど妖怪ってすごいね!」とか言ってあっさり受け入れそうではありそうだが。


 しばらくして、風呂から上がった珠緒が姿を現した。

「何見てるの?」

「ドラマ」

「ふーん」

 見ると、珠緒は腕を組んでドラマを眺めている。

 だが。

(やばい、雰囲気からしてこれからラブシーンはじまりそうだ!)

 しっとりとしたBGM。向き合う男女。

 明らかに入る。確実に入る。

 さすがに恋愛関係にないクラスメイトの女子と観るのは厳しい。チャンネルを変えようと、リモコンに手を伸ばしたとき。


「――っ!?」

 遅かった。男女の唇が重なり、キスをしてしまった。

「と、透、こんなのが好きなの!?」

 珠緒を見ると、顔がポストのように真っ赤に染まっていた。開いた口が塞がらない、とばかりにわなわな震えている。

「ちが、誤解!」

「ゴカイ!? 何で今釣りの話をするのよ!」

「何でその用語は知ってるんだよ!? てか違うし!」

「ま、まあいいわ。不健全な透もまた透だからね。さあ、行くわよ」

「お、おう」

 なんだかよく分からない理由で許された。


 テレビを消し、廊下を闊歩する猫を避けながら、珠緒の後をついて行く。

 珠緒からはナチュラルフローラルな香りがした。確実にメ〇ットである。妖怪もシャンプー使うんだな、と珠緒の存在を身近に感じた。


 #


 猫屋敷を出て、林の奥へ歩を進める。

 もちろん街灯などない。頼りとなるのは、背の高い木々の間から差し込む月明かりだけだ。


 五分ほどだろうか。しばらく歩くと、木の生えていない開けた場所に出た。

 直径十メートルくらいの円形の空間。周りを木々に囲まれているため、不思議な雰囲気を醸し出している。


 珠緒は巫女服のたもとから紙を二枚取り出した。うち一枚を透に手渡す。

「和紙?」

 手のひらサイズの白い和紙に、黒で文字が書かれている。字が崩れており、何と書いてあるのかは分からない。

「これは御札よ。術式を唱えて使うと結界が発生するの」

「……御札って初めて見た」

「今からわたしが使うわ。そうね、端の方まで下がってくれる?」

「ああ」


 透が木の真ん前まで下がったのを確認して、

「御札に自分の血を流す。そうすると、結界が発動するわ」

 珠緒が親指を噛み、溢れた血を御札に垂らした。

 瞬間、御札を中心に淡い光が生まれる。

「なんだこれ!」

 あっという間に、珠緒の半径一メートルが光に包まれた。

「これが結界。石でも投げてみなさい。当たらないわよ」

 いくら大丈夫といえども、珠緒に石を投げるなんてできない。戸惑う透に、珠緒が苛立ったように、

「大丈夫よ!」

 透はしばしの逡巡の後、手近にあった石を拾い珠緒に投げた。

 石は綺麗な弧を描き、珠緒へ飛んでいく。

 だが。

 珠緒へ向かった石は、まるで壁に当たったかのように跳ね返った。

 光に包まれた部分が結界ということか。


「こっちに来なさい」

 珠緒の傍へ歩く。光の中に入った途端、体が言いようのない浮遊感に包まれたのを感じた。

「結界には、自分が許した者だけは出入りできるのよ」

「便利だな……」

 透たちを包む光が、次第に失われていった。

「大体二分くらいで結界が解けるのよ。……もう終わりよ」

 珠緒の言葉に、透は目を丸くする。


「護身術っていうから、なんか特訓とかすると思ってた」

 珠緒が透に向き直る。彼女の表情は、いつになく真剣だった。黄金の瞳が妖しく光っている。

「ダメ、透に危ないことはさせないわ。透に戦う術なんて教えない。だって人間は死んじゃうもの」

「でも」

「もう終わり! 早く帰るわよ」

 透の言葉を遮って、珠緒は猫屋敷へと歩いて行った。

 速足の後ろ姿を眺め、透はぽつりと呟いた。


「でも、妖怪だって、死ぬんじゃないかよ」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 戦い方は教えてくれないけど、珠緒ちゃんも透くんのことを想いやっているんですね。 [気になる点] 質問ですが、弥生ちゃんと小月ちゃんの妖怪退治(?)コンビも 透くんと珠緒ちゃんと分かり合い、…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ