表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/12

四ツ橋の少女

「おはようございます」

「きゃあああ!?」

 目を覚ました弥生は、自分を覗き込む顔に悲鳴をあげた。勢いよく起き上がり、額と額をぶつけ、布団から這い出て壁まで逃げる。

「痛ーっ! 何、誰!?」

「ご挨拶が遅くなってしまい申し訳ございません」

 弥生を覗き込んでいた少女は慌てる弥生に構わず、その場に正座した。痛そうに額を抑えている。


「わたくしは四ツ橋小月よつはしさつきと申します。本日より弥生様のお世話係となりました。未熟な身ではありますが、どうぞよろしくお願いいたします」

「よ、よろしく……?」

 その顔立ちは幼い。13、14歳くらいか。


「って、朝!?」

 壁掛け時計は10:20を示している。

「寝坊じゃん!!」

「いえ、夜の10時です」

「そうなの!?」

 スマートフォンの電源ボタンを押す。小月の言う通り、22:20と表示されている。

「良かった……。っていうか、私寝ていたの? 神社にいた気がするんだけど……」

「夕方、弥生様のご友人が寝ている弥生様を連れていらっしゃいました」

「うーん、雨宮かな……、なんで私寝てたんだろ」

 今すぐ透に電話をしたいところであるが、目の前には小月がいる。今優先すべきなのは小月との話だろう。


 弥生は息を吐くと小月に向き直る。

「突然ですが。弥生様は妖怪をご存知でしょうか」

「あ、あのぬりかべとか一反木綿とかぬらりひょんとか……、そういうののこと?」

 アニメや漫画で見たことがある。

「はい、そのような認識で結構です。綾部家は先祖代々から続く妖怪祓いの一族です。大造様が第16代当主であり、弥生様はその跡継ぎでございます。そして本日より」

「待って待って! ちょっと待って!」

 現実的でない単語が多すぎて、何を言っているかが分からない。

「はい」

 小月は頷いて、喋るのをやめた。

 (私の家が妖怪祓いの一族? 何それ、どこの漫画?)

 だが、今目の前にいる女の子が嘘を吐いているようには思えない。


「……それから」

「喋り出した!? なんで!?」

「『ちょっと待って』とおっしゃいましたので、ちょっと待ちました」

 バカ真面目なのかボケているのかが分からない。弥生は頭を抱えた。

「とりあえず、お父さんと話したいんだけど」

「大造様とですか。申し訳ございませんが、それはできません。大造様直々に『弥生様用フローチャート』が作られていますので、その通りに動こうと考えています」

「何それ!」

 小月が一枚の紙を見せた。弥生が取ろうとするが、ひょいと避ける。

「まずは、実際に妖怪退治をしているところを見ていただきます」

「ええー……」

「お召し物はこちらに用意してあります」

 見ると、弥生の私服が畳んで枕元に置いてあった。

「部屋の外で待っています。では」

「ま、待って」

 機械的に話し、出て行こうとする小月。弥生は思わず呼び止めた。

 小月が振り返り、弥生の目をじっと見つめる。

「どういたしましたか?」

 しばしの静寂。

「や、ごめん、なんでもない」

「承知いたしました」

 今度こそ小月は、ふすまの向こうへ姿を消した。


 綺麗に畳まれた私服を広げながら、弥生は一人ごちる。

「……なんなんだろう」

 この外堀を埋められていく感覚は、弥生にとって良いものではなかった。それに、四ツ橋小月という少女。何を考えているのだろうか。人間味を感じられない、あの態度はわざとなのだろうか。

 それに。

 覚えている最後の記憶は、クラスメイトの猫屋敷珠緒を尾行し、神社に行ったところだ。

 確か神社で何かに遭遇したような。透が何か怒鳴っていたような。

「とりあえず今は、このよく分かんない状況だよね」

 あまり長いこと待たせるのも悪い。弥生は思考を中断し、私服に着替え始めた。


 #


 着替え終わった弥生は、部屋の前にいた小月に声をかけた。

「お待たせ」

「それでは、参りましょう」

 小月が立ち上がる。見ると、小月のスカートのベルトには鞘に入った日本刀が。

「……日本刀?」

「はい」

 それがどうした、というように真顔を崩さない小月。

「……どこに行くの?」

「西の方角から、嫌な気配がします。わたくしの後についてきてください」

 「気配」ときた。もうファンタジーだなぁ、と呑気に思っていた弥生であった。


 住宅街を二、三分歩いた頃。

「!?」

 弥生は、自身の背筋が冷たくなったのを感じた。

 なんてことないただの住宅街なのに、何か言いようのない違和感がある。

「弥生様も気づきましたね。……見てください」

 電灯が寿命なのか、チカチカと不定期に点いたり消えたりを繰り返している。奥の街灯はもはや点いていない。暗闇に隠されたゴミ置き場には、カラスに食い散らかされたゴミがそのままになっている。

「このように、人気ひとけを失い、かつ人の負のエネルギーのある場所には湧きやすいのです。あそこですね」

 小月の指さした先を見て、弥生は息を呑んだ。

 誰かが立っている。一見人のようだが、よく見たらおかしい。


 やけに頭が大きいのだ。

 じっと見つめる。見てはいけないものだとしても、目が離せなかった。


「……あ」

 目が合った。

 瞬間。

 「それ」はこちらへ走り出した。

 怖い。恐怖で足がすくみ、逃げられない。

 弥生をかばうように小月が一歩踏み出した。同時に、腰から日本刀を抜く。

 そして、こちらに迫った「それ」に日本刀を振るう。

「――」

 声にならない悲鳴をあげて、首と胴体が真っ二つになり倒れ伏した。

 切断面から、どくどくと赤黒い血が流れる。

「弥生様」

 見ると、小月の横顔には返り血がついていた。それに構わず、

「見ていてください、今息の根を止めます」

 小月が日本刀を「それ」の頭に突き刺した瞬間。

 断末魔の悲鳴とともに、姿が消えた。

「このように、殺したらその痕跡ごと消えます」

 確かに、小月の頬についていた血もなくなっていた。


「今の、私たちを襲おうとしてたんだよね」

 小月は頷いた。「ええ、そうです」

「わたくしたちは、あのような、人に危害を為す妖怪を退治します。弥生様にも、同じように妖怪を退治していただきたいのです」

 小月は血の消えた日本刀を鞘にしまう。

「今日はこれまでにしましょう。申し訳ないですが、しばらく学校は休んでいただきます」

 実際に見てしまったからには、もう信じざるを得ない。現にまだ、弥生の体は震えていた。


 #


「申し訳ございません」

 帰路の途中、小月がぽつりと漏らした。

「言い訳になってしまいますが……、わたくし、同世代の女性と話したことが少ないのです。わたくしの態度が弥生様を不快にさせてしまったでしょう」

 弥生は、ここで自分が大きな勘違いをしていたことに気づいた。

 四ツ橋小月という少女は、決して感情のないロボットではないのだ。馬鹿みたいな真面目さも、すべて彼女が本気であるからこそだったのだと。

 寂しげな小月に思わず、

「それは違う! 私は突然妖怪がうんたら言われて戸惑っているだけ! 態度が悪いとかそんなの思ってない」

「弥生様……」

 小月の瞳が弥生を捉える。

「まだ分からないことは多いけど、あんなところまで見せられたら信じるしかないじゃん。だから、これからもご指導ご鞭撻よろしくお願いします!」

 弥生は半ばやけくそ気味に答え、小月の腕を掴んだ。

「さ、早く帰ろう、小月!」

 その言葉に小月は頬を緩ませた。

「はい!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 珠緒ちゃんと躑躅ちゃんが仲良くしてるシーンが良かったです。 一方で弥生ちゃんには小月ちゃんというお世話がかりが。 なるべく弥生ちゃんと小月ちゃんも透くんと珠緒ちゃんと分かり合えたら良いです…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ