研究者の娘6
村でローブを着た子供はレティだけである。
レティが村長の家を目指して歩いていると同世代の少女達に呼び止められ足を止める。
「レティ、隣の村のお祭りに行かない!?」
「行かない。レオが待ってるもの」
「弟は親に任せて遊ぼうよ!!それに隣の村にはイケメンがいるのよ」
「イケメン?に興味ないもの。行ってらっしゃい」
「一度見て見なよ!!それに美少女コンテストがあるの!!レティなら絶対に優勝よ」
「見世物になるのは嫌」
レティは賑やかな少女達が苦手である。お付き合いは大事なのできちんと話には付き合う。お世話になっていないので笑顔の大盤振る舞いはしない。少女達はつまらなそうなレティが将来絶対にお金持ちにお嫁にいくと思っているので仲良くしている。
レティにお金持ちの恋人を作っていい人を紹介して欲しいと野望を持っているとはレティは気付いていない。
「レティ!!良かった。いたか。ちょっと来てくれ!?」
つまらなそうな顔のレティは脇に手を差し込まれ焦った顔の若長に抱き上げられる。美少女と一緒に祭りに行き、イケメン達の撒き餌にしようとしていた少女達が批難の声を上げる。
少女達の叫びは気にせず、レティは抱き上げて走っている若長に首を傾げる。
「どうしたの?」
「面倒な客人が来てるんだよ。体調を崩されていて、爺さんの汚い家にはお連れできない」
レティが案内された部屋には布団の中で汗を流し、苦しそうな顔で呻いている綺麗な顔立ちの青年がいた。
レティはじっと全身を観察し、青年の額にそっと手を置く。
しばらくして四次元バッグから粉薬と薬草と水とゼリーを取り出す。
青年の首の傷を水で綺麗に洗い薬草を貼り付ける。
クロードからもらったゼリーに薬を混ぜって、青年に少しづつスプーンで食べさせる。薬を全部飲ませ、ふぅっと息を吐く。
「起きたら水分と栄養があるものを食べさせてください。私はこれで」
「レティ、お役人さんは大丈夫か!?原因は?」
「毒虫に刺されたんだと思います。森に入るときはきちんと毒虫避けの対策をしてください。それでは失礼します」
「そうか。ありがとう」
「お役に立てて光栄です。失礼します」
レティは行儀よく礼をして退室し村長の部屋を訪ね腰を揉む。
帰りにトメに飴とパンをもらいニコッと笑い元気に手を振って家に帰っていく。
***
村長の家を訪ねると玄関で村長が待っていた。
いつも村長の部屋で待っているのに初めて出迎えられてレティは首を傾げる。
「レティ、こないだ治療した人を覚えているかい?」
「治療はしてないよ。おまじないだよ。誰?」
村長は人の顔を覚えるのが苦手なレティに笑う。
「まぁよい。お礼に宴の席を用意してくれておる。儂はいいから行ってきなさい」
「それは村人として出なくてはいけないこと?」
「自由参加だ。遠慮はいらない」
「なら行かない。村長、部屋に行こう。歩くの痛いでしょ?忙しいならすぐに終わらせるから服を脱いで寝て」
村長は全く興味のないレティに苦笑し言われたままに従う。
レティは村長の腰に手をあててゆっくりと揉む。
王都から派遣されている優秀な人材の発掘にまわる見目麗しい役人は村人達の目の保養である。そして役人の嫁になりたいと狙う村人も多かった。
レティが治療をした後は村長の四女が甲斐甲斐しく役人の看病をしていた。お金持ちの役人は倒れた自分を手厚く看病してくれた村に感謝し、お礼の手配に料理や酒、舞姫を用意し宴を開いた。
「レティ、治療は代金を取らないのかい?」
「森の恵みが材料だからお金はいらないよ。困った時はお互いさま。レオが生まれた時に助けてもらったのに村長もトメさんもお代をいらないって言ったのと同じだよ。それに私は治療してないよ。治療はきちんと資格がある人だけが許されるもの」
「うちの養女にならんか?きちんと勉強すればいずれ」
「ううん。父さんも母さんも大好きだし、レオも可愛い。うちはよそとは違うけど毎日楽しいよ。それにお勉強は嫌いなの。難しい話はよくわからないし、眠くなるから」
「そうか。もし気が変わったら教えなさい」
「うん。村長、また来週ね!!」
レティは村長の腰に薬草を貼り、バッグを持って立ち上がる。
「レティ、これを皆で食べなさい」
「おばさん、こんなに?」
「余ったらもったいないから。クロードとレオと仲良くね」
「ありがとう」
村長の妻のスズラは役人がレティのために宴を開いたのに気付いていた。
ただレティが望んでいないのに参加させるつもりはなかった。
村の外れに住む子供達は村に顔を出さなくても楽しそうに過ごしている。他の子供達と違っても大事な村の子供に変わりなかった。
一部でレティを不憫な子供扱いする者もいるが余計なお世話で迷惑な話とわかっている数少ないレティの理解者だった。
重箱を開けると見たことのない料理が詰まっておりレティは首を傾げ、クロードは色鮮やかさに驚く。
「村長のおうちでお役人さんの宴があったんだって」
「姉さん、挨拶したの?」
「ううん。強制じゃないから村長の腰を揉んで帰ってきたよ。変な匂いだね。やっぱりパンのほうが嬉しかった。うちのパンはパン屋さんほど美味しくないからなぁ。そういえば隣の村でお祭りがあるけどレオは行きたい?」
「クロードと二人で行ってよ。俺は家の中がいい」
「レオが行かないなら興味ない。やっぱり美味しくない。ご飯、作ろう」
肉を一切れ食べて嫌そうな顔をしているレティにクロードが苦笑する。
「その重箱は父さん達にあげようか」
「そうだね。母さん達も研究が一段落したからおじさんと酒盛りかな。美味しいお酒が出来上がったって喜んでたもの。私も飲みたい!!」
「蜂蜜レモンはいらない?」
「いる!!お酒はいらない。お祭りやお外のご飯よりもクロードのご飯が一番」
「姉さんは蜂蜜が入っていればなんでも」
「レオ、蜂蜜は高価で貴重なのよ。おじさんとクロードの好意でわけてもらっているの。これは大事なことだから覚えなさい。元素?よりも大事よ」
重箱に詰まった香辛料の使われた高級料理は自然な味を好む子供には理解できない味だった。
夕食を食べ、クロード特製の蜂蜜レモンをお湯に溶かして飲み、酒盛りする大人は放っておいて子供達は眠りにつく。
「懐かしい味がする」
「都の料理だからか」
「せっかくだから」
レティは爆発音に目を醒まし眠っているレオを抱きかかえて飛び出した。レオが生まれてからは爆発音がしたら外に逃げるのがレティの常識だった。
外に出ると夜空に大きい花が咲いている。
「レティ、レオ、ほら花火よ。綺麗でしょう?」
「父さん、母さん、綺麗だけど時間を考えて。迷惑だよ」
「大丈夫よ。村から離れているもの」
「そうだよ。規則にうるさい騎士もいない。辺境の村は良い場所だ」
「レティ!?レオ!?」
隣家がまた爆発したのかと飛び出してきたクロードにレティは頭を下げる。
「クロード、ごめんなさい。花火だって」
「いや、無事ならいいんだよ。何度聞いても慣れない」
「父さん、俺もやる!!構造教えてよ」
楽しそうに父親に抱きつくレオを見てレティはぺたんと座りこんだ。
「レオの育て方がわからない。私がおかしいの?」
「子供だし、まだまだこれからだよ。手伝うから」
9歳のレティが力なく笑い7歳のクロードは肩を叩いて慰める。
もうすぐ3歳になるレオを見ながらため息をつく二人の頭を家から出てきたロンドが撫でた。
子供達はロンドが用意した温かい蜂蜜ミルクを飲みながら花火を見物した。
研究家と養蜂家は仲が良い。
レティの毎日はある意味刺激に溢れており、さらなる刺激は必要なかった。