最終話
体が成長してもクロードとレティとレオの生活は変わらない。
だが村に頻繁に出かけるレティの周囲は違っていた。
「レティの才能はこんな村で終わらせたらもったいない。お金の心配はいらない。もちろん弟も面倒見るよ」
「私は難しいお勉強は嫌い。それにお金には困ってないし、生活に困らない魔法を使えればいいの。え!?お兄さん、さようなら。村長!!まだ出歩くのは駄目!!止まって!!」
レティは時々村を訪ねる村娘に大人気のお金持ちの少年に見向きもせず、村長のもとに走っていく。
よたよた歩く村長を家に連れ帰り、優しく背中をほぐし薬草を貼る。治癒魔法は使えても本当に必要な時しか使わないのが母との約束だった。
「レティ、両親も王都だろう?儂らを気にせず行けばいい」
「村長、私はここが好きなんです。それに私はとっても恵まれてるんですよ」
「美人で器量も良いのに」
「褒めてもお酒は禁止です。また酔って転んで腰を痛めたなんて知れたら若長に怒られますよ」
村長は野心のない少女に笑う。
変わった両親を持つ村一番の美少女。どんな美丈夫の口説き文句もサラリと流し、デートの誘いも応じない。猫と弟の世話にしか興味のないつれない美少女。
それでも幼い弟を一生懸命育て、困っている人を放っておけない治癒師レティは村の人気者だった。
王都で資格を取っていないレティは治癒魔導士でも医務官でもない。
それでも病人や怪我人がいれば優しく手当てするレティに敬意をこめて一部の村人に治癒師と呼ばれていた。治療のお礼のお金は受け取らないのでいつも食材を渡すのは村の常識。
「姉さんが治療するのは趣味だけど、過度な期待はやめてよ。不満があるなら断って。姉さんは断られたら放っておくから。治したいなら資格のある人に頼んで。俺の姉さんに酷いことしたら許さない。姉さんに余計なことを言うなら覚悟して」
レティが欲深い大人に利用されそうになると、美しい顔の弟が乗り込んでくる。そして魔法で家を壊してしまう。
優しさで治療してくれる美少女に求め過ぎてはいけないという暗黙のルールができている。
「レティ、結婚してくれないか」
「ごめんなさい。結婚に興味ないの」
数年前に道端に眠っていた非常識な青年に手を握られたレティはそっと解こうとしたが、できなかった。
「忙しいので」
「用があるなら付き合うよ。なんでも用意する」
パンと音が響き、青年が驚いて手が緩んだのでレティは手を抜いた。駆け寄ってくる少年に驚き、日の光に当たる姿にニコっと笑った。
「弟の面倒も見るよ。どんな物も手に入れるから、妻になってくれないか」
「え?ごめんなさい」
レティは声をかけられ青年の存在を思い出した。そして話の長い青年に困っていた。
もうすぐパンが焼きあがる時間だった。
「姉さん」
「レオ?珍しいね。一人で来たの?」
「市に行きたい。おじさん、ばいばい、行こう!!」
「好きなパンを買ってあげるから先にパン屋に行こう。その後に市。失礼します」
レティはレオに手を引かれて青年に礼をしてパン屋を目指す。
王都の役人が優秀な人材のスカウトに来てもレティもクロードも選抜試験に参加しない。
成人しても恋人を作らないレティは村娘に人気の役人の接待役も村長のお見合いの誘いも丁重に断り帰路につく。
そしていつも汚れた上着と帽子を被る幼馴染の作った蜂蜜をうっとりした顔でパンに塗り口に運ぶ。
宝石を贈られてもレティの答えは変わらない。
適齢期のため求婚がさらに増えてもいつも断る。
強引に迫れば恐ろしい弟に襲撃されるため危険な目に合うことはない。
レティの家には招かれないお客様は誰も近づけないため追いかけ回されることもない。
クロードはレティの身長を越した日から研究しているものがあった。
ようやく完成したものを丁寧に瓶に詰める。
「ありがとう。皆のおかげだよ。喜んでくれるかな」
クロードは蜜蜂達と話しながら作業を進めていく。
蜜蜂達はクロードやレティを攻撃することは決してない。蜜蜂はクロードの相談相手でもある。
「蜂さん、こんにちは。いつも美味しい蜂蜜をありがとう。クロードの仕事場に来るのは久しぶり」
「いらっしゃい。渡したいものがあるんだ」
クロードは青いリボンで包んだ小箱をレティにそっと渡す。
レティは箱を開けて、小瓶に詰まった黄金色に目を輝かせる。
蓋を開けて香りを嗅ぎ、箱の中に添えられているスプーンで一匙掬い口に入れる。濃厚な甘みにうっとりと笑う。
「自信作。レティのために一生作って、いくらでも贈るよ。だからお嫁さんになってくれないかな」
「よろしくお願いします」
「レティ、冗談じゃないよ」
「うん。わかってるよ。婚姻証明書を用意しないとだね」
クロードは机の上に置いてある封筒から書類を取りだしレティに渡す。
書類はしばらく前から用意してありレティがサインするだけだった。
「父さんやおばさんのサインをよくもらえたね。村長の家に出してくるね」
レティは楽しそうに笑いながらペンを持ちサインをする。
クロードは伝わっているか不安でも楽しそうなレティと互いの名前が並ぶ書類に笑う。
「一緒に行くよ」
「村に行くの嫌いでしょ?」
「一緒にいたいから」
「クロードがいいならいいけど」
鈍いレティに笑いながらクロードは帽子を被って手を繋ぐ。
二人は手を繋いで村長の家を目指した。
「これ村長に渡してくれる?」
「わかったわ。おめでとう」
「ありがとう」
レティは村長の孫に書類を渡して立ち去る。
その夜、村長の家では一番手強いライバルが消えたので一部の女性陣が祝杯をあげていた。
「記念日って何をすればいいんだろう」
「母さんがレティがお嫁さんになったら一緒に植えるようにって種を」
「植えよう!!何が育つかな!!どこにしようか」
レティはクロードの提案に笑って、植える場所を探しはじめる。
「ここにしようか」
「いいね!!」
二人で種を植えながら、結婚がよくわからないレティは友達の話を思い出す。
「こうゆうときは確か抱き合うんだっけ?」
クロードは首を傾げているレティをそっと抱きしめる。泣きたくなるほど懐かしい感覚に襲われ目を閉じる。
「ずっと一緒にいよう」
「家族だものね」
レティはポツリと零された言葉にニコッと笑いクロードの背中に手を回す。
レティは恋も愛も結婚もよくわからない。
初めて抱き合い、優しく抱きしめられ胸がじんわり暖かくなる腕を好きだと気づく。
結婚には色んな形がある。
レティに人と生きることを教えてくれて、ずっと傍にいてくれた存在とずっと一緒にいられるこれからにニコリと笑う。
しばらく無言で抱き合う二人を邪魔するものはいなかった。
小さい村は噂が巡るのは早い。
どんな美しい宝石も花束も興味を見せなかった村一番の美女の突然の結婚は噂になっていた。
「レティ!!何を貰ったの!?」
レティは友人にニコりと笑って求婚の贈り物、小箱を開けて瓶を見せる。
食べ終わってしまった蜂蜜は今朝、瓶に満たしてもらった。
「え?」
瓶の中に詰められた黄金色の蜂蜜に周囲は固まった。
求婚の品を見せて欲しいという頼んだレティがどんな高価な物を持ってくるか楽しみにしていた。
「レティ、酔ってる?」
「酔ってないよ。朝からお酒は飲まないよ。一生、私のために作ってくれるなんて言われたら受けるでしょ?」
「もしかして、相手ってお隣さん?」
「うん。大きくなったよね。女心を掴む贈り物ができるなんて将来有望でしょ?」
自慢げに笑うレティに抗議の声が上がる。
「バカでしょう!!蜂蜜なんて御曹司の宝石売ればいくらでも」
「一番心が惹かれたもの。宝石は美味しくないし、クロードはうちの家族とも仲が良いし最高でしょ?」
「冷静になって!!村一番の美女がどうして」
手の掛かる隣人達の世話を焼き、庭で野菜を育て養蜂ばかりしているクロードの素顔を知る者はほとんどいない。
レティは騒ぐ友人達に別れを告げて、パン屋で焼き立てのパンを買い帰路につく。
呼んでも部屋から出て来ないレオを待たずに焼きたてパンに蜂蜜を塗り、口に運ぶ。
焼き立てのパンが冷めても自業自得と蜂蜜を一番美味しく食べることにおいてはこだわりの強い姉は弟を見捨てた。温かいミルクを入れたカップを目の前に置き向かいに座る夫に極上の笑みを浮かべる。
「養蜂家のお嫁さんなんて私は国で一番幸せ」
「大げさだよ。お役人の求婚を断って良かったの?」
「うん。生活に困らないお金があればいいの。それにクロードの贈り物が一番心が惹かれたよ。蜂蜜が一番だけどクロードが育ててくれる野菜も料理も美味しい。おじさんとクロードの手に敵うものなんてこの世にないかもしれない。レオが巣立っても傍にいてくれるんでしょう?」
「大袈裟だよ。レオが巣立つかはわからないよ。レティがいないと部屋に引き込もって」
「そうね……。たまには二人になりたい?」
「すでに二人っきりだけど、奥さんに手を出してもいい?」
「聞かないものよ。女心のお勉強をしてくださいな」
「ずっと一緒にいよう。レティがいれば幸せなんだと思う」
「それは求婚?」
「すでに結婚したから違うかな。物語のように恋い焦がれるような熱はない。それでも一緒にいたいのはレティだけだよ」
「女心がわからないクロードのお嫁さんが務まるのは私だけね。今は二人で堪能しよう」
レティはクロードに蜂蜜の塗っていない木の実がたくさん詰まったパンを渡す。
クロードは蜂蜜が好物ではない。
それでも自分のために美味しい蜂蜜を真剣な顔で研究する姿は格好良く顔が緩んでしまう。
賢いのに自分のことには無頓着で鈍い幼馴染は弟と同じくらい放っておけない。
朝早く仕事に行くのにどんなに遅く帰っても起きて待っている優しさも、爆発音が聞こえると心配して飛び込んでくる姿も気に入っている。
幸せそうな顔を見て泣きたくなるほど嬉しくなる理由はわからない。
レティは結婚に興味はなかった。それでもたくさんの求婚者の贈り物や言葉の中で心が惹かれたのはクロードだけだった。
前世で多忙に追われ、運命に翻弄されてすれ違っていた魂は新しい世界でようやく休息し平穏な時間を手に入れた。
ゆっくりと流れる時間を愛し、心のままに自分のためだけに生きていく。
燃えるような恋ではなく、種を植え水をあげ、命を育むようにゆっくりと二人の絆を深めていく。
二人が結婚した日に植えた種は地属性を持つクロードと水属性を持つレティが育てたため、すくすくと育ち青と金色の花をつけた。
育った木に背中を預けてクロードとレティは手を繋いで座りこむ。
お互いが心に抱える懐かしい気持ちの正体はわからない。
「せっかくだからここをお墓にしよう」
「まだお墓の心配はいらないよ」
「レオのお嫁さんを見つけるまでは死ねないわ」
「いざとなれば子供達が面倒を見てくれるよ」
「どうしてあんなに自由人なのかな」
レティはクロードの肩に頭を預けて目を閉じる。
「なんでかな。レティとの時間が」
「わからないことは考えない。目の前の幸せに手を伸ばすの。たくさんお話して笑って喧嘩して謝って、そんな時間が愛しいの。愛の形はそれぞれだから無理に言葉にするのも無粋って奥さんが教えてくれたよ。それに簡単な方法を知ってるでしょ?」
悪戯っぽく笑いねだるレティにクロードは優しく口づける。
触れ合えば胸の中に愛しさがどんどん積もっていく。
「幸せだね」
幸せそうに微笑えむレティをクロードは抱きしめる。クロードの瞳からポロリと涙が流れた。
レティはクロードの涙を指で拭ってギュッと抱きつく腕に力を入れる。
新婚の奥さんの話を思い出し、丁度良い言葉を見つける。
「愛してる。大好きだよ。だからずっと一緒にいよう。幸せに暮らそう」
幸せそうに笑うクロードの顔を見てレティの瞳からも涙が溢れる。
慌てるクロードにレティは楽しそうに笑う。クロードはポケットから蜂蜜飴を取り出しレティの口の中に入れるとお腹を抱えて笑う妻の額に口づけを落とした。
村の外れにはどんなに時が経っても仲睦まじい夫婦がいた。
夫婦が育てた花の蜜を集めて作られた黄金の蜂蜜は恋の妙薬と名付けられた。
手に入るかは運次第。
どんなに時が経っても美しい美女はお気に入りのパン屋に蜂蜜を卸し、思い出のパンを買って上機嫌で帰路につく。
美女の夫の作る蜂蜜は大人気だがどんなにお金を積まれても出荷量は変わらない。
養蜂家が作る蜂蜜は家族のため。妻が気まぐれで店に卸す。
生活のほぼ全てを自給自足する養蜂一家にお金はほとんどいらない。
村の外れの霧に囲まれた森に住む夫婦は手のかかる弟と一緒に幸せに暮らした。
生前はフラン王国のために人生を捧げた二つの魂。
かつての王子の願いは少女と共にいること。
かつての少女の願いは王子の幸せ。
精霊の悪戯に翻弄され二人が結ばれる道は別れた。
王子の最後の願いは少女の幸せ。
少女の最後の願いは呪われた王家に翻弄された王子が平穏な人生を歩むこと。
精霊からの贈り物のおかげでようやく二人は手に入れた。
お互いのお気に入りを見守っていた蝶と蜜蜂と猫に擬態する精霊達はようやく迎えためでたし、めでたしの結末に笑う。
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シーラとフォンとリアンはクロードが作った蜂蜜酒を飲みながら墓参りをしていた。
「まさか物語通りになるなんて。人生は何があるかわかりません」
「あの子達が王都に来たら驚くかしら」
「フラン王国の革命家にそっくり」
フラン王国を統治するのは銀髪の金の瞳を持つ女王。
三代前の蜂蜜色の髪と金の瞳を持つ改革王の名前はクロード。
過去の栄光に憑りつかれ、時代に取り残されつつあったフラン王国に改革の道を切り開き、強国に導いた王。
改革王を支えた人物達は革命家と呼ばれている。
誰もが鼻で笑った改革を信じた忠臣レティシア。
仲の悪い王子の関係を修復し、クロードが道を誤ったときは命を懸けて止めた女性初の文官。
兄を支え、後継者の育成に力を入れた王弟レオ。
王妃により冷遇された幼少期を送った王子。
人間不信に育つも様々な出会いを通し、克服していき兄と和解した。成人後は才能を開花させ魔法の文化の発展に尽力した。玉座を望まず、常に兄を支える立ち位置を選んだ王族。
シーラは冒険中に見つけたクロード王の手記をフォンに渡した。
クロード王の手記にはクロードの苦悶、レオへの懺悔とレティシアへの感謝が所々に綴られていた。
女王の血縁者のフォンはもう時効かと王家に献上した。
生涯妃を迎えなかったクロード王が後継を残さなかった理由が明かされ、さらに人気が上がった。
実母が罪を犯し、罪を犯した血を王家に組み入れないために生涯孤独を選び、国のために全てを捧げた偉大な王は讃えられている。
リアンは祖母の遺品の一つの古びた恋愛小説を読みながら笑う。
クロード王の忠臣は容姿端麗な者が多く、モデルにされた小説や絵本が大量に発行されていた。
蜂蜜色の養蜂家の少年と猫を飼う青い瞳の村娘の物語もその一つである。
革命家の子孫達が出会ったのは偶然である。
前世と正反対の引きこもり生活を満喫して平穏を手に入れた三人が王都を訪問することはなく、歴史に興味もないため自分達とそっくりな偉人の存在を知ることはなかった。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。




