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研究者の娘 1

覗いていただきありがとうございます。

追憶令嬢のやり直しのしばらく後の時間軸のお話です。

ご都合主義満載ですが読んでいただけると嬉しいです。

「地の精霊は命を生み出し育む生を司る。

 火の精霊は命を燃やし死を司る。

 水の精霊は命を包み、運命を司る。

 風の精霊は自由自在。

 時の精霊は新たな世界が作り出す。


 魂はサラマンダーの火で浄化され、ノームにより育まれ新たな魂をとなり蘇る。

 生まれた世界で傷つけばウンディーネが癒やし運命を真っ当できるように導く。

 シルフの風は自由の象徴」



「公表されていないのは時を司るクロノス様の存在だけ。かつては四大精霊ではなく、五大精霊を信仰していたのね。子供の頃に教わったのは、地を司るノーム様。火を司るサラマンダー様。水を司るウンディーネ様。風を司るシルフ様のことだけだもの」

「これ以上の情報はない。そろそろ迎えに行こうか」


 古い石板を読み上げたローブを着た夫婦は軽やかな足取りで娘を迎えに来た道を戻っていく。

 初代国王が滞在した幻の迷宮をスタスタと進む夫婦の進路を塞ぐものはない。





 世界には未知が溢れている。

 世界一魔法の研究が進んでいるフラン王国。

 精霊の加護により自然豊かな土地を持ち四大精霊を信仰するかつては蜂蜜色の一族が統治した国。

 フラン王国で最も人が賑わう王都から遠く離れた木々の生い茂る森。秘境ともよばれる小さな洞窟の中に精霊に愛される幼女がぐっすりと眠っている。

 毛布にくるまり猫のようにの丸くなっている銀髪の幼女の隣には番人のように猫がちょこんと座っている。

 幼女の瞼がゆっくり持ち上がり深い青色の瞳が姿を見せる。

 銀髪の幼女の顔をそっくりな青い瞳を持つ猫が覗き込む。


「おはよう」

「ディーネ?おはよう。母さん達は?」

「採集に」


 銀髪の幼女レティはゆっくり起き上がり座り込む。レティの横に青い液のたっぷり入った小さな瓶が置いてある。

 瓶を見つけて、小さな手を伸ばす。

 蓋を開けて、ぼんやりした顔のまま小さな口をつけ、ゴクゴクと一気に飲み干す。

 レティの両親は好奇心旺盛な自称研究者である。

 研究に夢中な両親が冒険に出掛けて帰ってこないのはいつものこと。体力のないレティは安全な場所で留守番である。

 レティは猫のディーネが一緒にいるから寂しくはない。いつも両親が迎えに来てくれるのも知っているので約束通り洞窟の中から動かないで待っている。

 食事を終えたレティはディーネを抱きしめて、父の作った暖かい毛布に丸くなり、また目を閉じて眠りにつく。

 洞窟の周りはオオカミに囲まれていても気にしない。レティにとってはよくあること。




 金髪に青い瞳を持つ細身の女は丸まってぐっすり眠っているレティを抱き上げる。



「よく眠るわね」

「レティは魔力が多いから眠くなるんだろうね。赤子の頃から魔力に富んだ場所ばかり巡っていたからかな。終わったから行こうか。しばらくは食材に困らないよ」


 リアンは娘を背中に背負い直し、狩りを終えてオオカミの返り血まみれで洞窟に入ってきた夫を見て指をパチンと鳴らす。

 リアンの夫フォンの頭の上からピシャンと水が落ち、血が綺麗に落ちる。


「ありがとう。リアンの魔法は構成が美しい」

「フォンには負けるわ」


 銀髪と金色の瞳を持つフォンは頭の上に器用に座ったディーネは気にせず足を進める。三人が洞窟を抜けると洞窟は崩れた。

 フォンが魔法で作るレティのための洞窟は人避けの魔法と結界が仕込まれている。フォン以外は見つけられないので幼子が一人でも安全な場所である。 安全な場所に食事を用意して留守番をさせる親心は持っている。

 たとえ娘のために夫婦のどちらかが残るという選択肢は持っていなくても。




 レティは薬草の匂いに目を醒ますと、母に背負われていた。歩幅が小さく体力のないレティを両親が背負って移動するのはいつものことなので驚かない。

 起きたら違う洞窟で眠っていることも珍しくない。

 リアンは目を醒ました一週間振りに会う娘に笑う。


「レティ、おはよう。魔法は覚えた?」

「おはよう。覚えたよ。ディーネと練習した」


 レティは母の背中に背負われまま、目を閉じて体の中に流れている魔力に意識を向ける。水の流れるイメージを強く思い描き目を開けて「えい!!」っとボールを投げる動作をすると手のひらから勢いよく水が噴射する。

 リアンが頷き、フォンが娘の頭を優しく撫でる。


「合格!!よくできたわ。次は難しい魔法を教えてあげる。できるかしら?」

「うん!!教えて!!」


 成長し起きていられる時間が長くなったレティは母から魔法を、父からは採集や狩りを教わる。


「父さん!!見て!!心臓にあたったよ!!」


 上手に狩ると父に頭を撫でられ褒められるのは嬉しく新しいことを覚えるのに夢中な3歳児だった。


「レティ、本当にいいの?」

「うん。父さんも母さんも大好きだよ。それに研究は生きる糧でしょう?」


 コテンと首を傾げるレティにディーネはため息をつく。

 レティの前世は水の精霊を信仰する水魔法を与えられた始祖の一族。生前に善行を積んだので精霊からご褒美を与えられていた。

 水の精霊の愛し子として生まれたレティは人より強い魔力を持ち、水の精霊と話ができる。

 猫に変身している水の精霊ディーネの声が聞こえているのはレティだけである。

 レティもフォン達はディーネの正体には気づいていない。

 洞窟で留守番させていたレティがディーネを抱いて放さないので友達として歓迎していた。

 レティは生まれてからずっと研究者の両親に連れられて旅をしている。

 巡る場所は森や遺跡、秘境が多く人に会うことは少ない。

 レティは両親の夢中になる研究はよくわからないが、楽しそうな両親の顔を見るのが好きなので不満はない。



「お留守番がいい。行ってらっしゃい」

「レティも行くよ。おいで」


 レティは穏やかに微笑むフォンの差し出される手を力なく掴んで立ち上がる。

 フォン達は目的のためなら手段を選ばない。

 途方もなく長い階段も、ブクブクとマグマが流れる頻繁に噴火する火山も底なし沼の中にも躊躇うことなく入っていく。 

 レティは両親が好きでも過酷な冒険に疲れていた。

 両親を洞窟の中でディーネと一緒に待っているのが好きなのに、成長したため連れ回される。

 今日も両親の難しい話を聞きながらディーネを肩に乗せて崖をよじのぼっている。

 魔法が使えない秘境はレティが一番嫌いな場所である。


「お留守番がいい」

「見ておかないと後悔するわ」

「見ればわかるよ」

「う、うん。わかった」


 楽しそうな両親に文句を言うのはやめて、レティは力なく微笑んだ。

 レティの両親は常に楽しそうである。

 レティも両親を見習ってどんなことも楽しめるように努力しようと頑張った。けれども人には向き不向きがある。

 石板に刻まれた文字を解読している両親は楽しそうでもレティには理解できない。

 4歳児は複雑な古代文字を覚えることも読むことも放棄した。

 レティは両親が好きでも勉強が嫌いになった。



「生き方の選べる自由な平民に生まれたいですわ。平穏な毎日を……。貧乏でも国にも家にも縛られない生き方に憧れます。後悔はありませんが人は持たないものを羨ましく思う欲深い生き物ですよ」


 前世のレティがレティシアという名前の貴族だった頃の願いを知るディーネは全然平穏でない世界を用意した精霊への不満を心の中で唱える。

 長い時を生きるディーネの知る水の愛し子の中で最も過酷な環境で過ごしているレティの平穏な幸せを誰よりも願っていた。



 ******


 魔法の使えない秘境を巡り、どんな過酷な道のりも笑顔で歩けるようになった勉強嫌いのレティ。

 リアンと手を繋いでフォンの後を歩いている。

 フォンは地の精霊に愛される森を目指していた。

 楽しそうなフォンを見てレティはニコニコと笑っている。

 フォンは目的地の森で足を止める。

 フォンにとっては人の手が入っていない天国のような管理されていない森に感嘆の声を出す。


「この森は宝庫だ!!しばらくはここで暮らそう」

「父さん、洞窟ないよ」

「洞窟なんていらないよ」


 フォンは地属性の魔導士である。

 地属性の魔導士は大地や植物を操るが得意である。

 フォンが呪文を唱えると地面から芽が生え、木が伸び眩しい光が降り注ぐ。レティは眩しい光に目を閉じる。


「目を開けてごらん」


 父の優しい声に目を開くと二階立ての小屋が映りレティは見事な魔法に拍手する。


「父さんの念願の研究所だね!!おめでとう」

「しばらくはここに住もう。遊びに行ってもいいけど暗くなる前に帰るんだよ」

「うん。何かお使いある?」

「もしも、見つかったら――――」

「わかった。行ってくるね!!」


 たくましく成長したレティは狩りも採集も得意である。

 両親のお使いに元気にうなずきディーネと一緒に父が作った短剣と弓を持って走り去る。

 お使いの帰りに大柄な男と小さい少年を見つけても声を掛けずに通り過ぎる。

 隣人に挨拶をする習慣は常識のない両親に育てられたレティにはなかった。

 野宿ばかりのレティは5歳になり家を知る。

 レティの新しい生活の始まりだった。



 ****


 窓から朝日が差し込み、レティは眩しさに毛布から顔を出して起きあがる。


「砂埃もマグマも飛んでこない。研究所って凄い!!」

「研究所ではなく家よ。レティ」


 フォン達は数日前から森で手に入れた素材を使った研究に夢中で二階の研究部屋から出てこない。

 レティは研究の難しい話はわからないので邪魔をしないように生活をする。

 新しい生活ではお使いと調合がレティの役目である。

 レティは毛布を畳んで、母からもらった紐で肩まで伸びた髪を1つに結ぶ。


 床の中心に調合道具の詰まった箱を運ぶ。

 箱の中から道具を出して床に並べていく。

 道具が並べ終わるとまな板の前に座りナイフを持つ。

 昨日採集した大量の薬草を楽しそうに歌いながらナイフで切り刻みはじめる。


「細かく、細かく、丁寧に、森の恵みに感謝して、うん。次はこれ!!」


 すり鉢を出して赤い実を入れてギュッギュっとすり潰す。


「汚さないように。赤い汁が弾けて飛び散ったら大変。まだ綺麗にする薬はないのよ。丁寧に、丁寧に!!うん!!完璧?」


 楽しそうに歌いながら、材料を鍋にいれ太い棒を持ちゆっくりと混ぜ合わせる。


「よく混ざったかな?つぎは父さんお手製のこれ!!」


 レティの顔と同じ大きさの瓶のなかに詰められているどろりとした液体をスプーンですくい、鍋の中に入れて混ぜるて。

 よく混ざったらまた液体を入れてよく混ぜる。


「混ぜ、混ぜ、混ぜる、もう少しだね!!」


 レティは眺めているディーネにパチンとウインクすると鍋の中から白い煙が生まれる。

 レティは鍋に両手をかざし、魔力を流す。

 お鍋の中がブツブツと音がしたので、また棒を持ち重たくなった液体をゆっくりと混ぜ、黒い液体が青くなったら出来上がり。

 スプーンですくい、溢さないように床に置いてある大量の小瓶にゆっくりと流していく。

 全ての液体を小瓶に移し蓋を閉める。


「最後はお片付け!!」


 水魔法を使って綺麗に洗い調合道具を片付ける。

 調合道具は清潔に大事に扱うのが両親との約束である。



 レティは床に座って手を合わせる。


「いただきます」


 作りたての回復薬の蓋を開けて、ゆっくりと飲む。


「ごちそうさまでした」

「レティ、干し肉は」

「忘れてた」


 レティは机の上に置いてある干し肉に手を伸ばす。

 固い干し肉をゆっくりと噛み、ごくんと飲み込む。二枚食べて再び「ごちそうさまでした」と手を合わせる。

 床に広がる作り立ての回復薬入りの小瓶を机の上に並べる。

 机の上のには干し肉が十枚。

 机の上に回復薬と干し肉を置いておけば両親は勝手に食事をするので用意するのはレティの役目である。

 両親の部屋の扉に貼ってあるお使いリストを持ち、父特製の無限に物が入る四次元袋と弓と剣を持ち「行ってきます」と元気に声を掛けてディーネを連れて家を飛び出す。


 家の裏には霧に囲まれた森が広がっている。

 魔力に富んだ森は植物の成長が早く、魔物や獣が住んでいる。

 レティは鹿を見つけたので弓で射殺し父特製の道具で捌き袋に詰めていく。次は兎を。動物を見かけると風のような速さで狩っていく。

 お使いリストの実を木の上に登って採取していると大物を見つけてニコリと笑う。

 レティは木の上から跳び降りて、熊の心臓を狙い弓矢を放つ。

 矢じりにはリアン特製の睡眠薬が仕込まれているので掠れば倒れる。力の弱いレティは両親の用意した道具を使いこなして狩りをする。倒れた熊に近づき剣で心臓を突き刺し息がないのを確認してから捌きはじめる。物心ついた時から解体を見ていたので血も臓器も怖くない。


「ディーネ、これなら当分は狩りはいらないね。うちに帰って干し肉にしよう。母さんに頼まれた薬草もバッチリ!!お使いが終わったから遊べるね!!」


 レティは袋に捌いた戦利品を入れて豊作にニッコリと笑う。血で汚れた手を水魔法で洗い立ち上がると蜂蜜色の髪と金色の瞳を持つ幼い少年と目が合う。レティが気にせず立ち去ろうとするのをディーネが止める。


「レティ、隣に住んでいる子よ。迷子かしら?」

「迷子?隣?お家に帰ろうか」


 レティは両親に知らない場所を一人で自由に出歩いてはいけないと教わっている。

 秘境や遺跡や迷宮で迷子になると命にかかわるので、茫然としている少年にレティはにっこり笑いかけ手を繋いで歩き出す。森を抜けて、隣の家に着くと人の気配がなく誰もいないことに気付いて少年の柔らかい髪を優しく撫でる。


「ご飯を一緒に食べよう。一人は寂しいもの。お天気だからお外で食べようか」


 レティは袋の中から敷き布を出して広げ、干し肉と小瓶を二つ並べる。

 他人との会話に慣れていないレティは無言の男の子も気にしないためディーネが教える。


「名前を聞いてあげて。レティもきちんと自己紹介をしないといけないわ」

「坊や、お名前は?私はレティ、この子はディーネ」

「クロード。これは?」


 少年は自分と同じくらいの少女が熊を捌いている様子に驚いていた。ようやく我に返るもクロードは自分と同じくらいの身長の女の子に坊やと呼ばれ戸惑う。それ以上に目の前に並べられた小瓶に入った青い液体と干し肉への戸惑いが大きかった。


「お昼だよ。兎は嫌い?熊と鹿もあるけど」


 レティの主食は種類豊富な干し肉と栄養満点の回復薬である。

 両親は研究に夢中なので食事はいつも別である。一日三回食事をすることはディーネが教えた習慣である。不思議そうな顔をしているクロードの反応にきょとんとしながら袋の中から兎以外の干し肉を探し始める。


「ちょっと待ってて!!」


 クロードは父親から食事は大切と教わっているので家からパンとミルクと蜂蜜を抱えて戻ってきた。

 干し肉を広げ終わり、膝の上にディーネを乗せて頭を撫でているレティの隣にクロードは座る。

 瓶の中にスプーンを入れ蜂蜜を一匙(ひとさじ)掬い、レティに渡す。レティはスプーンの上にある美しい色の液体をぱくりと口に入れる。レティは毒味のつもりで舐めたとろみのある初めて食べる味にうっとりとする。


「これが禁忌の味?人を魅了し一度食べると」

「父さんの作った蜂蜜。気に入ったならパンにつけるよ」


 クロードは嬉そうに笑うレティに一切れのパンに蜂蜜をたっぷり塗り渡す。

 レティは初めて触れた柔らかいパンを持って目を丸くする。


「なにこれ!?柔らかい。ディーネ!!凄いよ!!」

「え?」


 クロードはパンを見て目を大きく開けて驚き、はしゃいで膝の上に座るディーネに話し掛けるレティに驚く。


「クロード、これはどうやって作るの?新種?父さんに頼んだら作ってくれるかな。解析したいからこれもらってもいい?お代は魔石でいいかな!?」

「新種!?パンだよ」

「パン?羊の毛みたいに柔らかい!!凄いね。お隣さんも研究者なんだね」

「食べ物だよ。珍しいなら分けてあげるよ。うちにもまだあるから」

「お代はこれでいい?足りない?」


 レティは魔力を貯めて青色の魔石を作る。お金を持たないレティは魔石を換金し、お金が手に入るとディーネに教わっていた。

 魔法が盛んなフラン王国でも魔力を持たない民はいる。

 魔導具に魔石を置くと魔力が供給され魔法を一時的に使えるので、純度の高い魔力を固めて作った魔石は高値で取引されている。

 クロードはレティが渡そうとする魔石に驚きながらも首を横に振る。


「お代はいらないよ。魔石なんて高価なものもらえないよ。食べよう。お昼なんでしょ?」

「そうだね。3回ご飯を食べないといけないもんね。いただきます」


 レティはパンを口にいれると食べたことのない食感と甘みに目を輝かせる。


「ふわってする」

「気に入ってもらって良かったよ。蜂蜜も分けてあげるよ」

「本当!?ありがとう。きっと父さん達が喜ぶ。新種が好きだから」


 レティが目を輝かせ満面の笑みを浮かべるとクロードの頬がほのかに染まり、視線を逸らす。

 レティは自分に見惚れるクロードに気付かずパンを半分食べて、残りをディーネに食べさせる。最後に瓶の中身をゆっくりと飲み干す。


「もう少し食べる?」

「ううん。お腹いっぱい」

「もう?」

「うん。ご馳走様でした。クロードの家族はいつ帰ってくるの?」

「夕方」

「ならうちにおいで。一人は寂しいもの」


 クロードはパンと蜂蜜にはしゃいでいるレティを見ながらミルクを飲む。

 レティが飲んでいる初めて見る青色の液体は飲む勇気がなかった。

 目の前に並べられている干し肉を口に入れると固さと生臭さに目を見張る。

 ミルクで流し込みニコニコと干し肉の種類を話しているレティに悪気はないのはわかったので何も言わない。ディーネが憐れむような目をレティに向けているのには気付かない。

 食事を終えたのでクロードはおすそ分けするパンと蜂蜜をバスケットに詰めて、レティに手を繋がれて家に招かれた。


「ただいま」


 レティが元気に扉を開けて帰っても迎える声はない。

 クロードの目に入ったのは机の上に並べられている干し肉と大量の小瓶。たくさんの鍋や瓶、調合道具などクロードの家には置いていないもので溢れていた。

 目を見張っているクロードに気付いたディーネがレティの肩に乗る。


「レティ、お客様には椅子を勧めるのよ。でもここにはないから座る場所を教えてあげて。おもてなしには飲み物を出すのよ」

「わかったよ。クロード、ここに座って」


 レティは床を指差し、クロードを座らせる。

 そして空き瓶を手に持ち魔法で水を入れクロードに渡す。


「これは?」

「お水。お客様には飲み物を出すんでしょ?クロードが初めてのお客様」


 クロードはニコッと笑うレティを見て、恐る恐る口につけると初めて飲むおししい水に驚き一気に飲み干す。

 レティの作る魔法の水は調合に使う不純物が全て抜かれたものである。

 神殿では聖水として売られるものだが、聖水を知らないの二人にとっては単なる美味しい水である。レティは空になった瓶に魔法でまた水を作って入れる。


「レティ、これだけでいいよ。ありがとう」


 レティは水を飲んでいるクロードにニコッと笑い、床に置いてある大きい鍋の蓋を開ける。

 フォンの作った干し肉を作る魔導具である。

 レティよりも大きい鍋の中に捌いた肉を入れて蓋をする。

 クロードは小さい袋から大量の肉が出る様子に驚く。

 レティが鍋に手を当てて魔力を注ぐと鍋の中でパチパチと音がする。鍋の色が黒から赤く変わったのでレティは手を放し、額を流れる汗を拭い息を吐く。


「ふぅ。終わり。夜にはできるからこれで当分ご飯の心配はいらないね」


 白衣を着たフォンが二階から降りてきて、ディーネに話しかけるレティの頭にポンと手を置く。


「おかえり」

「ただいま。ねぇ!!新種を見つけたの。これ!!パンって言うんだって。あとこれも」


 レティはクロードからのおすそ分けの詰まったバスケットをフォンに渡す。


「パンか。久しぶりに見るな」

「父さん、知ってるの?」

「一般的に食べられるものだよ。保存が難しく、こぼれるから研究にもうちにも向かない。材料は、」

「新種じゃないの……。これは?禁忌の味。初めて」

「蜂蜜か。これは稀少なもので――――」


 レティは3日振りに会った父親が蜂蜜の構造について語り始めたのでため息をつく。

 フォンは専門用語を使い長々と解説するので幼いレティは意味がわからない。

 楽しそうな父は好きでも難しい話は苦手だった。そして新種ではなかったことにがっかりしていた。


「ディーネ、何を言ってるかわからない。でも新種じゃないんだね。これが禁忌の媚薬だと思ったのに。食べたことない味だったのに」

「レティ……。紹介してあげないと、」


 悲しんでいるレティの耳にディーネのさらに悲しそうな声が響く。レティはフォンの説明が終わったので白衣を引っ張る。


「父さん、お隣さん。クロード。物知りなの」

「そうなのか。レティの友達か」


 ずっと放置されていたクロードは一月前に引っ越してきた初めて見る銀髪と自分と似た金色の瞳を持つ青年に行儀よく礼をする。


「初めまして。クロードです。よろしくお願いします」

「フォンだ。おじさんでいいよ。レティより年下なのにしっかりしているね」

「と、年下!?」

「君は3歳くらいだろう?レティは5歳。いつも会うのは年上ばかりだから」

「え?」

「レティは小さいから。レティ、これから寝るよ」

「お休みなさい」


 レティは頭を撫でて2階の部屋に消えていくフォンに手を振る。

 クロードは茫然と消えて行く背中を見送りレティの顔を見た。どう見ても年上に見えない少女が2歳も上だったと知りショックを受けていた。


「これから寝るの?」

「うん。研究が一段落すると眠るの」

「そうなんだ。レティ、あの机にあるのは何?」

「ご飯だよ。父さん達がいつ食べてもいいように。干し肉が少ないけど今作ってるから大丈夫だよ。クロードの父さん帰ってきたね」

「本当だ。お邪魔しました」

「お邪魔しました?」


 レティはペコリと礼をして出て行くクロードに首を傾げつつも手を振って見送った。

 そしては不思議なパンと蜂蜜を母にもあげようと机の上に置く。

 ただ研究が終わると数日間はずっと眠っている両親が起きる頃にはパンはカビていた。

 レティは食べ物には鮮度があると初めて知り、父の難しい言葉の中でうちには合わないという理由を知り一つ賢くなった。

 変わっている両親を持つレティの知識は偏っている。


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