婚約破棄? そんなことよりカバディしようぜ!
卒業パーティーの際中、突然壇上に姿を見せたアラン第二王子。彼がイザベラ公爵令嬢に婚約破棄を宣言しようとした、まさにその瞬間、会場の扉を豪快に開け放ち、颯爽と現れたパーディープ第一王子は、半袖ブラウスとキュロットのような不思議な出で立ちをして、見た目に負けず劣らずの奇想天外な言葉を発しました。
「ごきげんよう諸君! 今日は私が考案したカバディというスポーツの素晴らしさを皆に知ってもらうためにここへ来た! さあ、レッツカバディ!」
「兄上……一体何を仰っているのですか? それに……その奇妙な恰好はどういうおつもりですか?」
「安心しろ! 心配しなくても、お前たちの分の運動着もちゃんと用意してあるぞ! ほら、いつまでもぼんやりしてないで、さっさと着替えるんだ!」
頭脳明晰、一騎当千、容姿端麗な完璧超人でありながら、型破りな言動で常に周囲を振り回すパーディープ王子。既に教育係も国王夫妻も彼を更生させることに匙を投げ、日々大きな罪を犯すことだけはないよう、毎日必死に神へと祈りを捧げていました。
困惑するアランの問いかけに対して、答えになっていない返答と共に、近衛兵に命じて、生徒達へ運動着を配布させるパーディープ。一旦言い出したら頑として聞かないことは皆承知しているので、仕方なく彼らは更衣室で着替えを始めることにしました。
会場に戻ると、近衛兵とパーディープの手によってテーブルや椅子は隅に寄せられ、真ん中には美術教室から勝手に持ち出したであろう刷毛と塗料により、大理石の床に大きなコートが描かれています。
おそらくその光景を目撃したショックで、ぶくぶくと泡を噴き気絶した学園長が担架に乗せられ運び出される中、集まった生徒達にパーディープは、自らが考えついた世にも奇妙な競技のルールを嬉々として説明します。
「……まあ、大体ざっとこんなところだな。では、質問がある者はいないか?」
「兄上。そもそも、どうして私達が兄上の考案したスポーツで遊ばなければならないのですか?」
「どんなに素晴らしいゲームも、実際にやってみなければ楽しさが分からないだろう! さあつまらない事を言ってないで、早速始めるぞ!!!」
攻撃者に指名されたアランは「カバディ、カバディ」と繰り返し呟きながら、最も近くに立っていたイザベラへと足を向けます。しかし、何故か彼女はアランを真っ直ぐ見据えたまま、全く逃げる素振りを見せません。
不審に思いながらも彼がイザベラの肩に触れた刹那、すかさずその腕を見事な早業で掴み返しました。
「イザ……ベラ……?」
「……私は……何があろうと絶対にアラン様を手離しません!」
公爵の友人である武術家により護身術を習っていた彼女は、体格差や腕力の違いをものともせず、華麗な動きでアランの腕を彼の背中の後ろに引っ張り捻り上げ、鮮やかに関節を極めました。
目の前で明らかなルール違反が行われているのですが、ゲームの考案者であるパーディープは一切止めようとせず、逆に興奮して両者に声援を送っているため生徒達も黙って見守るほかありませんでした。
苦悶の表情を浮かべたアランですが、それと同時に虚ろな目に光を取り戻しました。
「っ!! ……ああ……何だか……今まで悪い夢を見ていたようだ……」
「ア、アラン様!! ……ついに正気に戻られたのですか!?」
試合中であることを忘れたかのように手を取り合い、互いにじっと見つめ合い涙を流して喜ぶ二人。
(そ、そんな!……こんな訳の分からない競技のせいで、私の魅了魔法があっさり破られるなんて……! そもそもカバディって関節技ありなの!?)
「どうした? 隙だらけだぞ!」「あっ……」
呆然としているルイズの腕に、素早くタッチするパーディープ。
その時ルイズは、カバディという言葉を連呼しているはずの彼が、自分へと語りかけているように感じました。
「欲しいものがあるなら、姑息な手段で奪い取るんじゃなくて、体を動かし額に汗かき、自らの手で掴み取る方が気持ち良いだろ?」
タッチを終えても自陣へ戻らず、彼女の目の前で反復横跳びを続けるパーディープ。そして、何かを悟ったようなルイズ。
「ああ……パーディープ王子……カバディって……すごいです!!!」
意味の分からないやり取りが繰り広げらている中、半ばヤケクソ気味に、せめてこの状況とゲームを楽しまなければ損だと思い始めた生徒達は、気付けばカバディ、カバディと呟き出していました。
その後も彼らは全身汗だくになりながら、夢中になって試合を続けました。パーティーの終了時刻になり迎えに来た保護者達や、学園外まで響き渡る奇声に通報を受けて駆け付けた警邏隊まで巻き込んで、日付が変わってもカバディ祭りは延々と続きました。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
後日、ルイズはアラン王子に魅了魔法を掛けたことを正直に自白しました。本来極刑に処されてもおかしくない犯罪行為でしたが「カバディ好きに悪い奴はいない」という謎理論を振りかざすパーディープにより、最終的に彼の世話係を任せられるという非常に重い刑罰が科せられることになりました。
張本人のルイズは目を潤ませ、頬を赤らめて喜んでいたそうですが。
それから王国内でカバディが、貴族も平民も関係なく楽しめる娯楽として熱狂的な人気を集めるまで、さほど時間は掛かりませんでした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ルイズ! 新しい競技を思いついたぞ!」
「流石ですわ!!! パーディープ様!!!」
「その名もダイビングチェスだ! 素潜りとチェスを合体させることにより、体力と知力を総合して競わせることが出来る画期的なスポーツだぞ!」
「素敵ですわ!!! パーディープ様!!!」
世話係というよりも、ただの敬虔な信者と化したルイズと共に、今日もまたパーディープが新たな暴走を始めるのでした。