客人3
─────夜が明けた。その日の朝、何故か俺は息苦しさで目を覚ました。
「うっ…」
俺をガッチリと締め付けているのは、レイだ。
いつもは違う部屋で寝ているのだが、レイの部屋は滅茶苦茶で、足の踏み場もなくなってしまっていた。あの紫色の液体を作るために、部屋を荒らしたりするから…。
絶対、大掃除してやる。
と思いもしたが、時間も時間だから、明日にしようということになった。そのため、今日は俺の部屋でレイと一緒に寝ることになったのだ…が…。
「レイ…!…はな…して…っ!」
「うーん……?」
寝ぼけているのか、増々締め付けがキツくなる。
「助け…レイっ…」
「うーん、……ルーク…?」
「離して…死ぬ…」
「あっ、すみません…。大丈夫ですか?」
やっと状況に気がついたのか、お目覚めのレイは締め付けを弱めてくれる。
正直大丈夫じゃないけど、大丈夫。
何とか、絞め殺されずには済んだらしい。
「ふぅ…おはよ、レイ」
「おはようございます、ルーク」
まだ眠そうなレイと共に、部屋を出た。今日の朝食はなんだろう。
「…あっ、お、お邪魔してます」
明るい女の声がした。
暖炉の前には、あの男と女がいる。女は元気になったのか、目を覚ましたようで、笑顔でこちらに挨拶した。男は相変わらず無表情だったが、その目は昨日より優しげになっていた。
「朝食の準備をしますね」
レイは何事もないように、朝食の準備を始めた。
「出来ましたよ」
レイは、今日は四人分の食事を用意してくれた。
4人で席に着き、朝食を摂ることになる。全くもって、殺伐とした雰囲気の食卓に、何だか居心地が悪かったが。
「う~んっ!!おいしぃっ!」
そんな雰囲気をぶち壊してくれるように、女はそう言った。
女の方はずっと寝ていたからか、お腹がすいているようで、いい食べっぷりだった。男はその隣で、無表情のまま食べていた。せめて、美味しそうに食べてよ…。
「はぁ〜、美味しかったです!」
「お粗末さまです」
レイはいつもの笑顔でそう答えた。
「何だか、雰囲気変わりましたね」
「うるさいですよ」
俺は皿洗いを終えると、4人分の暖かい飲み物を持って食卓に座った。
「どうぞ」
「ありがとう」
「…………」
女の人は人当たりのよさそうなのだが、男の方は相変わらず無愛想だ。
「…それで、これからどうするんですか?」
「春が来る前に発つつもりだ」
レイの問いに、男は静かにそう答えた。
窓から外を見る。一面真っ白で見た感じは幻想的だが、俺の身長くらいの高さに雪が積もっている。朝に家の近くだけは、レイが雪かきをしてどうにか戸が開く高さだが。……大丈夫なのかな?
そんなに親しいわけではないが、心配くらいするのは勝手だよね。
「ルークは優しいですね」
「え?」
「はぁ…特別ですよ?ルークの優しさに免じて、手を貸しましょう」
そう言いながらも、レイの顔には〝面倒臭い〟という文字が見える。
「お世話になりました」
それから、一週間も経たずに二人は出て行った。
俺はレイと共に、二人を見送った。
二人の周りは何故か雪が溶けて、道が開けていく。そして、二人は遠くへ消えていった。
「結局、何だったんだろ…あの人たち…」
「魔術協会に追われている魔女と、そんな魔女に恋をしてしまった哀れな魔術師の男ですよ」
レイはいつもの笑顔でそう言った。
「…女だったけど、魔術師だったけど、いい人そうだったね」
「さて、それはどうでしょうね」
「え?」
レイは何も言わず、ただただ、微笑んでいた。
─────レイははるか昔のことを思い出していた。
「魔女様。頼みがあると言ったら、どうしますか?」
「まどろっこしい。要件は何だ?」
「…全てを承知で願います。あの子たちを頼めませんか?」
二人は、目の前で眠る少女に目を向けた。全身包帯まみれの、憐れな姿の少女。少女も男も、傍から見れば十分すぎるほどに憐れなものだ。だが、そんなもの私にとってはどうでもいいことだった。
でも、この日は機嫌が良かった。これは、ただそれだけの話。
「契約は契約…叶えましょう。ただし、私は傍観者に過ぎない。己が何をしたのか、ゆめゆめ忘れるなよ?人間」
「はい…」
「まったく...愚かな…。いや、私もか...」
男が帰った部屋に、ただその言葉だけが響いていた。
憐れみのような、悲しみのような、軽蔑のような…そんな声が。