客人1
───コンコンコンっ
「魔女様、魔女様……いらっしゃいませんか?魔女様っ!」
俺がこの家で過ごし始めて、数ヶ月が経った頃。誰かが扉を叩く音がした。
もう深夜だというのに、こんな時間に誰だろう。男の声なので、あの女では無いのは確かだが、時間が時間だ。不気味であることに変わりない。
「レイっ!レイっ!…誰か来たよ」
不安と恐怖を胸に、レイを起こした。
レイは眠そうに目を擦りながらローブを羽織ると、戸を開けに玄関の戸にいつものように平然と近づいていく。
───ドンドンっ
「魔女様っ、魔女様っ……どうか、どうか」
その間にも、扉の奥から声がする。
なんだか、息も絶え絶えで…いつかの自分みたいに感じた。
「はいはい、今開けますから」
レイは戸惑う様子も、特別急ぐ様子もなく、眠そうな声だ。
俺は部屋の扉から、レイが扉を開けるのをこっそり見ていた。扉の奥の闇には、人がいるようだが、よく見えない。
「はぁ、来てしまったのなら仕方ありません。中にどうぞ。……ルーク、暖炉に火を付けてください」
「分かった」
誰が来たのか分からないが、レイの態度から察するに悪い人じゃないんだろう。
今は冬、街からここまで来たのなら、だいぶ冷えているだろう。レイは優しいな。
そんなことを思いながら、俺は暖炉に火をつけた。玄関の方を見ると、客人なのか、背中が膨らんでいる男が立っていた。
「近くにどうぞ」
先程の俺みたいに警戒した様子の客人を、暖炉の近くに促した。
男は、戸惑いながらも暖炉の前で座った。着ていた分厚そうなコートを脱ぐと、膨らんでいた背に女がいることに気づいた。
明るい髪の綺麗な女だが、何やら体調が悪そうだ。
「……愛ですね」
俺の背後から、レイは暖かい飲み物を手に、呟いた。その目は、憐れんでいるような、悲しんでいるような、軽蔑しているような…そんな目だった。
レイは手にしていたコップを男に差し出す。男はそれを受け取ると、少し俯いていたが、顔を上げ、レイを見つめた。
「……ありがとう…ございます。あの…この子を助けてくれませんか?」
「あなたは私を何だと思っているんですか?頼られても困るのですが。……あの人はどうしてますか?」
「まだ、眠っています」
「そうですか…」
「魔女様、私は奇跡を求めているのではありません。ただ、彼女が幸せに暮らしてくれるなら…俺はそれでいいのです」
「っ、…まぁいいでしょう。あまり期待しないでくださいね」
何か俺には分からない話をしていたが、分からないのでどうしようもない。
ただ、レイは何かを言おうとした。それは、なんだったのだろう。
その後、レイは彼らに部屋を貸してあげた。俺も眠かったし、そのまま布団に戻った。何かおかしかった気がするんだけど…。
「なんだ…っけ……」
気付く間もなく、俺は重い瞼を閉じた。
『お母…さま…?良かった…』
『バケモノっ!…お前なんて、私の娘じゃないわ!』
見知らぬ女が、罵声とともに何かをこちらに投げつけてくる。
「うわぁっ!?……はっ!……?」
何か夢を見ていた気がするんだが…何だっけ…。まぁ、いいか。
俺は着替えて自分の部屋を出た。
「……っ、おはよう…ございます」
部屋を出ると、暖炉の前に例の男と、その男にもたれて眠っている女の人がいた。
男はずっと無表情で、少し怖い。
ぎこちなくも挨拶をと、会釈をしたが、少しこちらを見るだけで男は何も言わない。空気が重い。居心地が悪く、俺はレイの部屋へレイを起こしに行った。
「レイっ、レイっ」
「……うーん、……もうちょっと……」
「起きろよ!……ったく、ここで起こさなかったら文句言うくせに!レイっ!!」
いつものように、何とかレイを起こした。毎朝、毎朝、こうやって起こす俺の身にもなってくれ。
レイが着替えを始める前に部屋を出た。それくらいの気遣いはできる。
「寒い」
暖炉の方を見ると、薪が少なくなっていた。女のために男が、一晩中、火を絶やさなかったのだろう。
「おはようございますルーク。ご飯の支度しますね」
眠そうに大きな欠伸をしながら、レイが部屋から出てきた。
寝癖ついてる。…レイは自分の見た目に興味が無いからなぁ。後で直してあげよ。そんなことを毎朝思うのは、もはや俺の日課になりつつある。
「おはよ。俺、薪取ってくる」
冬が来る前にレイと一緒に沢山割って、積んでおいた薪がまだ残っていたはずだと思い、その役をかってでた。
「分かりました。行ってらっしゃい」
「はいはい、いってきまーす」