少年の運命の出会い
俺は、捨て子だった。物心着く前からスラム街に住んでいる孤児だった。
生きていくには、食べ物が必要だ。お金が必要だ。
盗みや詐欺、ゴミ箱漁りに、運び屋。なんでもやった。
その日は、割のいい仕事があると聞き、仲間たちとその女について行った。それから、その事を後悔するのに、時間はそうかからなかった。
その女は魔女だった。何かの実験をしているようで、俺たちは奴の道具に過ぎなかった。
「さぁ、実験を始めましょうねぇ」
あの女の甘ったるい声は、いつまでも耳に残っている。そして、聞く度に、思い返す度に、虫唾が走る。
女は俺達を縛り、魔法陣の中に入れた。そんな実験が、毎日毎日続いた。
「っ…あ"ぁっっっーーー!!」
女が何か呪文を言うと、魔法陣が急に光り出し、その途端、全身に激痛が走る。
痛い、痛い、苦しい……助けて……。
酷い実験だった。俺と俺の仲間以外にも何人かいたが、いつしか俺一人になっていた。仲間たちはその痛みに、苦しみに耐えきれず、精神を崩壊させられ、死んでいった。
「うふふっ…かわいい、かわいい、私のお人形。この実験は成功ね」
女は、ずっと笑っていた。
女の言動すべてが、気持ちが悪い。
女は定期的に買い物に行っていた。その隙をついて逃げ出せたのは、本当に奇跡だと思う。
そして、真っ先に出会った、あの女じゃない人に、俺は助けを求めた。生まれて初めて、願った。『たすけてくれ』と。
「……たす…け…て。お願い…何でもするから…殺さ…ない…で…」
長いローブを着たその人は、俺を助けてくれると言った。その人は、この国には珍しい服を着ていた。
外から来たのだろうか、なら外に出れるだろうか。逃げられるだろうか。そんな淡い期待が、俺の中に浮かんだ。案の定、その女の人は街を出ようとしていた。
本来なら、通行書がないと街を出ることは出来ないが、奴隷とでも思われたのか、あっさりと街を出ることが出来た。
そこから少し歩いていると、突然その人は立ち止まった。
「…手を出してください」
その手には、あの女も持っていた〝魔法の道具〟があった。俺が助けを求めたのも、魔女だったのだと悟った。
誤ったものに、助けを求めてしまったかとも思ったが、なぜかその人はあの女とは違う気がした。それでも体は強ばり、この人が魔女だというだけで震えてくる。恐る恐る手を出すと、その人は急に手を握ってきた。
身体がビクッと跳ねる。その魔女は、何かをボソッと言うと、魔法の道具が光り、次の瞬間には俺たちを包み込む。
気が付くと、知らない森の中にいた。
「ここが我が家です。…まずはお風呂場に入りましょうか」
自分で入るか否かを、その魔女は尋ねてきた。だが、俺はそれどころではなく…恐怖で足がすくむ。
何か言わないととは思うが、頭が全然働こうとしない。どうするべきか、俺には分からなかった。その魔女は、痺れを切らしたのか、俺の襟元を掴んで持ち上げる。
「…離してっ…やめろっ!」
全身が恐怖で強ばっているのが自分でも分かる。昔の俺なら、こんなことはしないだろうが、恐怖がまとわりついて、今の俺は惨めったらしく喚くしかなかった。
恐怖で、涙が零れてくる。あの女のせいで、枯れてしまったと思っていたのに…。
魔女は、俺の服を引っペがして、風呂に入れた。その時、初めてその人と目が合った。
「…私は魔女、レイラです。私は魔女ですが、私はあなたが思うような非道を好みません。私はあなたの味方ですから、そう怯えないで下さい」
あの女は、ただただ怖かった。気持ち悪かった。
だが、その魔女は優しかった。言葉のひとつひとつには優しさが篭っていた。優しい手だった。
あの女とは、全く違う…。
だからだろうか、風呂に入れられたあと、俺は安心してしまって直ぐに眠ってしまった。
その日俺は、久々に深く眠ることが出来た。
─────その次の日、目が覚めると知らない部屋にいた。その部屋は、ベッドと本しかない部屋だった。
…夢じゃないんだ。あの女から逃げられたんだと実感する。あの女の部屋でないことに、安堵したのも束の間だった。
あの魔女の部屋だろうかと思いつつ、部屋から出た。他人の家で不躾な気はしたが、あの人を探した。昨日見た食卓…風呂場…。見覚えのある場所だが、あの魔女だけが居ない。色々な部屋を見て回ったが、魔女はどこにもいなかった…。
そのことに、恐怖を感じたのはなぜだろう…。