終わりと始まり
私はルークが朝食の準備をしてくれている間に、シロさんを連れ、外に出ました。
「私は、ルークと生きていきます」
意を決し、シロさんに答えを告げます。
「一緒に生きて、一緒に歳をとって、…私はルークに見送ってもらいたいと思っています」
『それで良いのじゃな』
「はい」
もう、私の中に不安などなくなっていました。それは一重に、ルークのおかげでしょう。
『それはそれは、良い決断じゃ』
シロさんは、優しく私の頭を撫でながらそう言いました。
シロさんはいつも暖かく、優しく、私を肯定してくれました。それは、きっと私が母に求めていたものなのでしょう。だから、私はシロさんに肯定して貰えたことが、この上なく嬉しかったのでしょう。
私の瞳からは、静かに涙が流れていました。
『では、わしは準備をしてこよう。早い方が良いからのぅ』
私が泣き止んだ頃、シロさんは淡々とした様子でそう言いました。それは、私たちの終わりを意味していました。
「…分かりました。お待ちしています」
シロさんはそのまま、森の奥へと消えていきました。私はそれを、ずっと見つめていました。シロさんの後ろ姿が見えなくなっても、ずっと。ルークが朝食ができたと呼びに来るまで、ずっと。
──────そして、シロさんが帰ってきたのは、その日の夕方頃でした。
『準備は整った。さぁ、今晩にでも、全てを終わらせようかの』
シロさんが何を思っているのかは分かりません。
ですが私は、それが終われば二度とシロさんと会うことは無いと理解していました。理解しているが故に、独り、哀しく感じていました。
「はい。参りましょう」
私たちは、ルークやハイルたちを置いて、役目を終えんがために森の奥へと向かうのでした。
────そうして歩いて行くこと、数時間。
昔、儀式をした後にいた場所でした。そして、あの時と同じような祭壇と、その傍にはあの寡黙な少女が佇んでいました。
『揃いましたね。それでは、最後の仕事です』
少女を中心に、私たち三人は、最後の魔法を行いました。そうして、呆気ないものですが、私は役目を終えました。
『…ありがとうございました。300年前の世界で、私たちは過ちを犯しました。その尻拭いに、あなたたちを巻き込んでしまった。ごめんなさい。…この世界が、繁栄と喜びに満ちることを願っています。どうか、お二人に幸せな最期が訪れますように』
そう言い残し、少女は笑って消えました。あの子も、あの子のいるべき場所へと帰ったのでしょう。
『レイや、わしはこのまま帰る』
「えっ、もうですか?せめてあの子たちとも、別れを…」
『いや、やめておくよ。人の一生は短いからのぅ。人との繋がりまで持っては、哀しすぎる』
それを聞いて、私はシロさんを理解しているつもりで、理解出来ていなかったのだと気づきました。
「分かりました。…どうか、お元気で」
そう言いながらも、私の視界は涙で滲んでいました。あぁ、最後は笑顔で見送りたかったのに。今日は、泣いてばかりですね。
『ありがとう。さらばじゃ、レイシア』
シロさんは私の頭を撫でながらそう言いました。その声に、私が俯いていた顔をあげた時には、シロさんはもういませんでした。
──────その日、世界から魔力が消えました。
それは、〝魔法使い〟や〝魔術師〟と呼ばれる者の絶滅を意味していました。
そうして、魔女でなくなった私は、新たに有限な人生を歩み始めました。もちろん、ルークとともに。
街で生きることも出来ましたが、思い出が詰まったあの家で今も暮らしています。
セシオラは公の場では、魔術師のため罪を償わせることが出来ませんでした。そのため、罪滅ぼしとして、孤児院で働くことを決めたようです。
ディーナは正式にハイルの跡を継ぎ、女伯爵として、魔術が使えなくなった魔術師たちを雇用し、事業を始めました。
ハイルとゲートは、ディーナの強い希望もあり、屋敷の離れで暮らし始めました。魔力が世界から消えたため、同時に障りも消え、健やかに過ごせているようです。
「レイ、家事は俺がやるって言っただろ?レイは休んでて!」
「ふふ、ルークは過保護ですね」
洗濯物を干している私を見つけるや否や、ルークは私に駆け寄ってきて、家の中へと促してきます。私の身体を労りながら、支えながら…。
「うるさいよ。ほら、もう、大人しくしてて」
ルークは私を椅子に座らせると、暖炉に薪をくべ始めました。
「分かりましたよ。…全く、口うるさいお父さんですね」
大きくなってきたお腹の子に向けて、私は小さく語り掛けました。あぁ、これからが楽しみです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
初めと終わりを決めてから書くことが多いのですが、この物語では初めだけ書いていたので、苦戦しました。やっと、終わった…って感じです。
大分かかりましたが、一応完結です。ありがとうございました。




