近づく終わり
『…レイ、主の恋人か?…あ、夫じゃったか?』
「はっ、はい!?」
「ブッ、…ゴホッゴホッ…」
シロさんは、何を言い出すんでしょう。
取り乱す私の隣では、顔を赤くしたルークが紅茶でむせています。
『その子と添い遂げるつもりなら手を貸すが、どうするつもりじゃ?』
何でもないように、シロさんは私の想像斜め上の話を始め、訳の分からないことを問うのでした。
「……どういう…意味ですか?」
『役目が終わるのじゃ。生も死も、わしらの自由。わしは元々長寿の種族じゃが、主ら人間は短命じゃ。ちゃんと歳を経て添い遂げたいと願うなら、わしは応援するぞ?』
私はシロさんに会うことばかり、役目を終えることばかり考えていて、その後のことなど何も考えていませんでした。
そうなのですね…。
死とは程遠かった数百年は終わって、私は普通の人間になれるのですね。
このまま生きていけば、私はまた、先立たれるのでしょう。失い続ける人生を送るのでしょう。…ハイルもゲートも…ルークでさえも…。それは、あまりに…悲しく寂しいことです。
私はそれを、知っています。だから…ずっと、誰とも関わらず生きようとしたのです。誰にも心を開かないように…。
「レイ…?」
隣にいるルークが出した寂しげな声が、私の心に響きます。
少し前の私なら、すぐにでも死にたかったのです。この運命を呪い、死を願っていた。ですが、今すぐ死を決めれば、この子は泣いてくれるのでしょう。悲しんでくれるでしょう。生きて欲しいと言ってくれるでしょう。
その姿を想像するだけで、私は死ねなくなるのです。死にたくないと思ってしまうのです。
いつの間にか、閉じたはずの心の扉は開かれていたのですね。
「……少し、考える時間を頂いても大丈夫ですか?」
『構わんよ。好きなだけ悩めば良い。その権利を、主は持っておるのじゃから』
シロさんは優しい声で、私を許してくれました。この方には、どこまで分かっているのでしょう。私には、決してこの方のことなど分かりません。
─────私は〝これから〟を考えることにしました。答えのない、その〝未来〟を。
シロさんは、私の決意が固まるまで待つと言ってくれました。そして、役目を終えたら、また森の奥深くからこの世界を見守っていくつもりだとも。
私には、その選択は地獄のようなもの。
その選択を自らしたシロさんを、私は心の底から尊敬すると共に、心の底から理解できないと思いました。それは、酷いことなのかもしれません。ですが、私にはそう思うほどに、残酷な選択だったのです。
「私は…どうしたらいいんだろ…」
シロさんを理解出来ないと言いながらも、特別こうしたいという意思もない。滑稽な話です。
生きたいという思いと、死にたいという思いが、私の中でずっと渦巻いているでした。
───コンコンコン
「レイ……ちょっといい……?」
決して答えなど出ない問題に頭を悩ませていると、ルークが私の部屋をノックする音が聞こえました。
「いいですよ。どうかしましたか?」
私は考えるのを一旦やめ、部屋の扉を開けました。
「あっ……えっと………………」
ルークは何か用があったのかと思いきや、何を言うでもなく、言葉を詰まらせています。
無理に聞くのもどうかと思ったのですが、かれこれ10分はこうしています。そろそろ、私が口を開いてもいいですよね?
「……えっと………………その…………」
「どうしたんですか?」
「うっ…………」
私の問いに、本格的にルークは黙り込んでしまいました。…私が悪んでしょうか?というか、この後はどうしたらいいのでしょうか?
「あっ、あの、……レイは…役目を果たしたら、死ぬの?」
ルークの口から途切れ途切れに発せられたのは、彼にしては珍しい寂しげな、か弱い声でした。
「それを今、考えているんです。まぁ、答えが出る気がしないんですが…」
「俺は、レイに死んで欲しくない!」
今度は強い口調で、ハッキリとした声でした。その言葉は嬉しいのです。ですが……。
「レイ、俺はレイが好きだ。レイと一緒に生きたい。俺、絶対長生きしてレイのこと見送るから!」
顔を真っ赤にしながら、ルークは熱く、そう言うのです。
「まるでプロポーズですね…」
「プロポーズだよ…バカレイ…」
茶化すように言った私の言葉に、ルークは自分が言った言葉を理解したのか、その言葉に時間差で恥ずかしくなったようで、そっぽを向いてしまいました。
そして、そっぽを向いたまま、何やら呟いたのを私はしっかり聞いてしまったのでした。
「えっ…」




