白い人
「それから、2人で白い人とやらが目覚めるのを待っていたんだ。ただ、何度か魔力が身体に障って、魔女様に助けを求めることもあったが」
きっとその一例が、8年前のあの日だったのだろう。
「…そう、偽物だったのね」
「騙して、すまなかった」
「いいえ、先生が無事ならそれでいいんです」
「ええ、そうですわ」
ハイルは申し訳なさそうな表情だったが、ディーナとセシオラは気にしていないと笑っていた。それだけ、ハイルという師は大切な存在だったんだろう。
その様子を見ていた俺と、セシオラの視線が合った。
「……あなたにも、他の子供たちにも酷いことを…ごめんなさい」
もはや、覇気のない大人しいその女に、怒りをぶつける気にはなれなかった。だが、だからといって許せるものでもない。
事情は分かっても、あの日々を俺は一生、忘れられない。
「あ、そうだわ。…これ、返すわね」
そう言って、セシオラは耳飾りを俺の前に置いた。
片方だけの耳飾り。血で錆びてしまっているが、確かに俺のものだった。…親に捨てられた時から、ずっと持っていた耳飾り。
「どうも…」
殺伐とした空気が流れる。
ここで許した方がいい雰囲気になるだろうが、俺はそんな善人にはなれない。
「…そ、そうだわ。ゲート、体調は大丈夫なの?」
嫌なその場の空気を変えようと、明るい声でディーナさんが唐突にそう尋ねた。
「もう、大丈夫…って、そうだったわ。レイラ様、私たちがここに来たのはレイラ様からの連絡を受けたからもですが、もう一つ理由があるんです」
ゲートさんとハイルさんは、顔を見合せたかと思うと、レイの方を見つめる。
「…レイラ様、あの方がお目覚めになりました」
その発言に、全員の意識がそちらに向く。
さっきから話題に上がる〝白い人〟についての話。謎多き人…その人が、起きた。
「その方は、やる事があるから少し遅れ…」
───ドンっ!!
ハイルさんの言葉をかき消すように、外から凄まじい音が聞こえた。
反射的にレイは外に飛び出すものだから、つられて全員が外に出た。外は、砂埃が立ちこめて、視界がはっきりしない。
その砂埃がだんだんと晴れてくると、その奥にひとつの人影を見ることが出来た。
『イタタタタ…急ぎ過ぎたのう。……おぉ、そこにおるのはレイシアか!久しいのぅ』
「遅いです…」
『すまん、すまん。力を使いすぎて、回復に手間取ってしもうたのじゃ。…わしも歳かのう?』
仮面越しだが、穏やかそうな物腰がにじみでている。
砂埃の中から出てきたその人は、噂に違わぬ白い人だった。白い仮面に、白を基調とした服装、光の反射でキラキラ輝いて見える白髪。色と言えば、少しの赤と金の刺繍くらいで、本当に白!という印象を受ける。
実際の歳は分からないが、穏やかな好青年といった雰囲気を醸し出す声や仕草。故に、雰囲気と言葉遣いにギャップを感じた。
『初めましてじゃな、人の子らよ。わしは…名前が無くてのぅ…。大昔には、あったのじゃが、忘れてしもぅた。好きに呼んどくれ』
仮面越しでも優しい笑みを向けられているのが分かる。警戒していたのが馬鹿みたいに感じられるほどに、この人は良い人だと感じた…。
「今はレイラと名乗っています。レイラかレイと呼んでください」
『そうなのか?わしはお主の名、結構気に入っておったのじゃが…では以後、レイと呼ぼうかのぅ。…久々の再会じゃ、話でもしよう』
「はい、もちろんです!私は…そうですね、シロさんとでも呼びましょうか。いかがですか?」
『シロ…?…ふふふ、シロか…構わんよ』
白い人改め、シロさんの言葉に、いやシロさんが来たということがなのだろうが、レイはとても嬉しそうだ。
満面の笑みで、シロさんとの再会を喜ぶレイを見ていると、良い人と分かっていてもシロさんが気に入らなくなってくる。
どういう関係なんだろう。
レイにとって、俺は子供で、あの人は年上の大人。
もしかして、あの人のことが…?人として勝てる気がしないのが、イライラを加速させる。
「私の家です。狭いですけど、どうぞ」
『あぁ、すまんのぅ』
─────そうして、みんなで席に着いたが、全員がどうしていいのか分からず、その場に座っているだけ。
全員がシロさんをジっと見つめているのに、シロさんは気にしていないのか、レイと他愛もない話をしていた。
部屋の内装とか、茶菓子のこととか。そんな他愛もない話。
そんな2人を見ていると、ふとシロさんがこちらを見る。シロさんは俺を指さして唐突に口を開いた。
『主の恋人か?……あ、夫じゃったか?』
「は、はいっ!?」




