魔女の家
私は街からかなり離れたところに住んでいます。
ここから乗合の馬車に乗って、ギリギリ日が沈みきっていない時間につけるくらいの距離です。
ですが、この少年と一緒となると、馬車は乗れそうにありません。さすがにここまで汚れていては、目立ちますしね。つまり、帰るに帰れません。
え?転移魔法ですか、使えませんよ?
え?飛行魔法ですか、使えませんよ?
破壊しか能のない私はどうするか、そんな時はこれです。
少年を連れ、私は街から出て少しした所で立ち止まります。誰もいないことを確認して、取り出したのは『魔道具』です。
魔道具とは魔石を核として、魔法使いでは無い人でも魔法の恩恵を受けられる道具です。これは魔術に近い代物ですね。
欠点としては、消耗品なので回数制限があったり、用途が確定していることです。
そして、最近では後継者不足なのでしょう、作れる人が減ってきています。まぁ、需要自体減ってきているのが現状ですが…私にとっては死活問題です…。
それは置いといて、今日は『魔道具』のこの腕輪を使って家に帰ります。これは、覚えさせた所に転移することが出来るだけの魔道具です。
「少年、手を出してください」
そう言うと、少年はビクッと肩を跳ねさせました。そして、恐る恐る私の方に手を出します。
だから、私のどこが怖いんですか?私、何か恐れられることしましたっけ?
私は差し出された少年の手を握り、呪文を唱えます。すると、腕輪が光り始めました。
─────気が付くと、周りが森林に変わっています。目の前には木でできた、こじんまりとした家が見えます。そう、ここが我が家です。
私はずっと俯いている少年を見ました。
痩せていますから、ご飯を食べさせないといけません。それから、手入れもせず、ずっと伸ばしっぱなしにしてきたのであろう髪も整えたいです。服もヨレヨレですね。サイズの合う服があるといいのですが。
やる事は山積みですね。何より、話もしないとですが、それは後でいいでしょう。
「…さぁ、私の家に着きました。まずは、どうしてくれましょう」
少年が、少しビックとしました。からかいがいがありそうな子です。
「まず、お風呂ですね。自分で入れますか?私が入れてあげましょうか?」
これまた、少年はビクッとしました。少年の口が、開いたり閉じたりを繰り返しています。
「あ…えっと…その……」
これは埒が明かないですね。
私は、少年を猫のように持ち上げます。…というか、猫みたいに軽いですね。私より背は低いですが、そこまで小さい子供ではなさそうですから、この体重は異常ですよ…。
少年が何か言っている気がしますが、気にしません。そのまま、私はお風呂場に直行です。
少年の身ぐるみを剥ぎ取って、お風呂に入れます。魔道具で、お湯を出して、少年を洗おうとしました。
この時私は、初めて少年と同じ目線に立ちました。
今まで、少年は俯いていたし、私は上から見下ろしていたので気が付かなかったのです。
…少年が泣いていたことも、震えていたことも。そして、その長い髪の隙間から見える、その重苦しい首輪も。何より、その顔に、身体に刻まれた呪印に。
随分と厄介なものを拾った事に、今更ながらに気付きました。
私は、心の中で深呼吸します。なるほど、さっきから怯えているのは、私が魔女だからでしたか。
「改めてまして、私は終焉の魔女、レイラです。私は、非道は好みません。魔法も好みません。大丈夫ですよ。私はあなたの味方ですから、そう怯えないで下さい」
私は出来る限りの優しい声で少年に語りかけます。
少年は何も言いませんでした。
その後は、そのまま少年をお風呂に入れてしまいました。服は持ち合わせがないので、なるべくシンプルな服を貸しました。…私のお古なのは内緒ですよ。
一瞬、嫌そうな顔をしたのを見た気がしますが、気のせいだと思うことにします。
「デカいですね…」
街に行って、色々と買い揃えないとですね。
次は、食事です。誰かに食べてもらうなんて久々で、緊張します。
そんな調子で、料理が完成しましたが…少年よ、寝るなら食べてからにしてください。こんなに作って、私一人じゃ食べきれないのですが。
少年は、眠っていました。
まぁ、ずっと気を張っていたようですから、疲れたのでしょう。私は少年をベッドまで連れていき、寝かせます。
「起きたら食事ですよ。今晩の残りでも、許してくださいね。あなたが寝てしまったのがいけないんですから」
私はそっと少年の瞳から流れ落ちる涙を拭い、少年の頭を撫でると部屋を後にしました。
「……何の因果でしょうね?」
今作では、〝魔法〟とは使い手自身、または外界にある魔力そのものを使った、異能の力としています。
逆に〝魔術〟とは、術式及び、魔石や生贄などの魔力の代わりになるものを利用した、異能の力としています。