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ゲートの思い出1

─────魔女狩りによって住む所を追われた祖母は、私を身ごもった母を連れ、幾日もの間、森をさまよったという。


 そうして向かったのは、【終焉の魔女】レイラが住むという森だった。レイラだけは魔女狩りの対象から外れていたのを、祖母は知っていたからだろう。


 当時のレイラは、その悪名を各地に轟かせていた。


 その中でも有名なのは、人々の長年の成果と云われる書物の眠る図書館を、片っ端から燃やしたという話だった。残った物はただの炭…。それによって、私たちの文明は進むどころか退化していったそうだ。


 その書物を読んだ者は生きているはずだが、レイラの怒りを買うまいと、新たな書物が書かれることはなかった。また、多くの魔法使いや魔術師が、力の扱い方を教えるだけで、魔法や魔術そのものは教えないことが多かったという。


 それもまた、魔法や魔術の衰退の原因のひとつだ。


 だがここで重要なのは、レイラはその数少ない魔術に関する書物を唯一所持する者であり、燃やされた書物に内容を全て頭に入れているということだった。


 レイラが魔女狩りの対象から逃れたのは、その強さ、悪名さではなく、その知識のためだった。






───コンコンっ

「魔女様っ、魔女様っ!どうか、どうかお助け下さいっ!」


───ギィィーー

 音を立てて、重い扉が開いた。そこには、死んだ目をした少女が一人。


 少女は客人を中に招いた。何も言わなかったが、軽蔑するような憎悪を抱いているような冷たい目だった。


「魔女様っ!私たちは魔女狩りの追手より逃げてまいりました。どうか、どうか娘とその子だけは救ってやっては頂けませんか!?」


「なぜ?なぜ、私がそんなことを?」


 少女は、女の言葉には全く聞く耳を持たない。悪名高き魔女と言われるのも、納得がいく。だが、それで諦められる程、弱い覚悟で来てはいない。


「どうか、お願いします」

 女は何度も頼んだ。喉が痛くなるほど、声を張り続けた。頭を下げ続けた。


 だが、少女は女を見ることさえ、しなかった。


「どうか、お願いします。…さもなくば、私の全てをとして、この地に災いをもたらしましょう」


 女は知っていた。誰も知らないレイラの弱点を知っていた。レイラが一人、街から離れた森で暮らす理由を。


「私の家の者は、夢を見るのです。それは未来であったり、異界の地であったり」


 その言葉に、少女は少しの反応を見せた。


「貴方様は人を待っておられるのでしょう?森に住まうお方を。…私の願いを聞いていただけないならば、この地の森を全て枯らす呪いを振りまきましょう」


「ふっ…この私を脅す気か?」


 少女は怒りの眼差しを女に向けるが、女はそれでも強い意志を見せた。


「ふっ、契約してやる。お前の娘と、その子を守ろう。ただし、対価は貰うぞ?私は神ではないのだから」


「構いません」


 そうして、契約は交わされ、祖母と母はレイラの家で住むようになった。そして、それから間もなくして、私が生まれたそうだ。


「ゲート!!」

「はーい」


 私が生まれて、10年が経った。母や祖母は昔から、レイラ様はそれはそれは恐ろしい魔女だと言っていたけれど、私にとってはとても優しい姉のような人だった。


 その頃には、祖母と母は亡くなっていた。流行病だった。二人が亡くなっても、レイラ様は私を追い出すことはせず、ずっと面倒を見てくれていた。


「このお墓はレイラ様の御家族?」


 レイラ様が祖母と母のために建ててくれたお墓の隣には、もう2つ分の墓石があった。


「いや、人里では埋葬出来なかったから、私の土地を貸してやっただけだ」


 よく分からないが、家族のものでは無いということだろうか?レイラ様は、それ以上聞くなと言うように私を置いて出かけて行った。






─────ドンドンドン

「魔女様!」


 扉を叩く者が訪れたのは、それからもう数年ほど経った頃だった。


「来たな」


───ギィィーー

 レイラ様が扉を開けると、そこには男がいた。見知った間柄のようで、気さくに世間話をしていた。


「あぁ、そうだ。本題なのだが、ハイル、その娘を頼みたい。私を除く、世界で最後の魔女だ。…魔女の血筋も随分と廃れた。その子の子供でさえ、ただの人として生まれよう」


 私もハイルさんも突然の話に声も出ず、顔を見合わせる。


「これも縁だ。頼めるな?」


「は、はい…」


「ということだ。ゲート、お前は人に世で生きて行け」


 決定事項のようで、拒否権はなかった。荷物は既にまとめられていたのが、何よりの証拠。


 少しくらい、家族の情を持たれていると思っていたから、捨てられたようで悲しかったのを覚えている。後から思えば、ルークと違って、私は外界に興味が無さすぎたのだろうが。

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