レイラの過去1
────約300年も前になるだろうか。それはまだ、私の名前がレイシアだった頃。まだ、ただの人間だった頃。
私は死んだ。
それも呆気なく。立ち入り禁止の森に足を踏み入れて、獣に襲われ、そのまま死んだ。
私はまだ…16歳だった。
生きたまま肉を食いちぎられ、四肢をもがれた。泣いても叫んでも、助けなど来ず、そのまま絶望の縁で死んで行った。
ふと、重たい瞼を開けると、そこは深い海のような、何もない暗い世界。そんな世界で、どこからともなく声が聞こえた。
『蘇らせてあげるわ。その代わり、私に力を貸してくれない?』
藁にもすがる思いで、私は少しの迷いもなくその手を取った。その対価の内容も聞かず…。
死んだ愛娘が蘇って、両親は喜ぶか?
答えは、否だった。
「おかあ…さん…」
「いやぁ!!…死者が蘇るなんてっ!お前みたいなバケモノ、私の娘じゃないわ!」
母だった女はそう言って、私に物を投げつけた。私をなぶり、痛ぶり、罵り続けた。娘の死に、涙を流していた女は、一瞬で居なくなった。私に親は、居なくなった。
その後、私は不気味だと牢獄に監禁された。食べ物も、水もない、暗い牢屋。だが、不思議と空腹は感じなかった。バケモノ、そう言ったあの女の言っていたことは、正しいのだろう。
死ぬことも無く、ただ、孤独で寂しかった。それだけは覚えている。
─────ギィーーー
『見つけた。さぁ、行こう』
その部屋に光が差し込んだのは、一体何年ぶりだろう。ある日、外への扉が開き、その人はやって来た。
白い仮面を付けたその人は、私を外へ連れ出した。
白い仮面で顔は見えない。背が高く、落ち着いた声をしていた。陽の光を反射して白く輝く長い髪も、風に揺れる布地の赤い服も、どこを見ても綺麗だった。
私が投獄されてから随分と時が経っているようで、見知った顔の者たちは年老いていた。だが、私は16歳のあの頃と大して変わらぬ姿だった。
『…ではこの子はわしが連れてゆくが、かまわんのじゃな?』
白い仮面をつけたその人は、村の長と話をつけた。村の人たちは、私にか、その人にか、恐れを抱いているようで、全く抵抗することなく私をさし出した。
『主の足では山越えは辛かろう。わしの背に乗ってもろうても良いかのう?』
一瞬で大きな白い犬へと姿を変え、私が背に乗りやすいように屈んでくれる。少し戸惑いはしたが、それ以外に成すすべもなく、私はその人に従った。
『首元にでも、しっかり捕まっとくんじゃぞ』
優しい気遣いの声がする。それが酷く、心に染みた。
声に従い、首元に捕まった。首元に紐で繋がれた仮面に付いていた鈴が、シャランっと音をたてた。その瞬間、もの凄い風の抵抗を受け、目も開けられないほどのスピードを体全体で感じた。
確かに私の足じゃ、このスピードは出ない。でも、速すぎません!?
振り落とされないようにと犬にしっかりとしがみついていたが、しばらくするとスピードが落ちてきた。そして、ゆっくりと止まった。
『大丈夫かのう?着いたぞ』
必死につぶっていた目を開けると、そこは何とも神秘的な、森の教会だった。
「わぁ…」
犬の背から降り、辺りを見渡す。
森の至る所がキラキラと輝いていて、私の知っている森とは似ても似つかない。
『元気なようで結構結構。じゃが、他の者を待たせておるのでな、そろそろ良いかのう?』
いつの間にか人の姿に戻ったその人に急かされ、私はその人と教会に足を踏み入れた。
そうして着いた部屋には、私たちの他に7人の者がいた。
『揃ったな』
うちの誰かがそう言った。
「よく集まってくれた〝終わりと始まり〟をもたらす、運命の子らよ。儀式は明日の明朝。覚悟はしておいてくれ」
一通り説明があった後、リーダー核らしき若い男がそう告げた。
─────そして翌朝、暁の光と共に儀式を執り行った。
「儀式は、成功したの?」
『そのようじゃ』
気づけば、9人で儀式をしていたのに、3人になっていた。いるのは、私と白い仮面の人、そして寡黙で儚げな憂いに満ちた表情をする幼い少女。
『ありがとう』
少女は一言そう言うと、どこかへと姿を消した。その声は、いつだったか、私を蘇られてくれたあの声に似ていた。
『次に会うのは300年後じゃのう。……大丈夫か?人の身で永らくを生きるのは辛いぞ』
「やることもありますから、きっとあっという間です」
『そうじゃな…。ではまたの、人の子』
優しい声でそう言うと、その人は獣たちを導きながら森の奥へと消えていった。
私はというと、茫然としばらく太陽が登っていくのを眺めていた。




