集合1
「その部屋で見つけたのは、先生の一家とレイラ様との間で交わされた契約書。【終焉の魔女】という魔女の起こした戦争という名の虐殺と、それを止めるための犠牲について」
目の前の女は、嘲笑するような笑みを浮かべ、語り続ける。
「かつて、文明を崩壊させ、国を滅ぼした。一体どれだけの者が死んだことか。それを止めるために、先生の一家が、一族が犠牲になった。何をさせられたと思う?…殺しよ」
「は?」
「レイラ様はずっと、文明の衰退を、魔法使いや魔術師の消滅を望んでいたのよ。魔法使いは殺し、魔術師の持つ文献を燃やし尽くした。先生の一家に、それをやらせたの。レイラ様の魔法は、多大な犠牲しか生まないからと言って」
「……」
「人々の努力を無下にし、自分の手は汚さない。こんなにも腹立たしいことはないでしょう?…ねぇ、ルーク?人類のための小さな犠牲になってよ。レイラ様の蛮行を止めるのを手伝って?」
この女が言っていることと、レイが言っていたこと。何が真実で、何が嘘か、俺には分からない。ただ、8年も一緒にいたんだ。レイがこの女が言っているような非道な人ではないと知っている。
「俺がお前とレイ、どっちを信じると?どっちの味方に付くと?お前がした仕打ちを、俺が忘れるとでも?」
俺はセシオラ、お前を忘れた事なんか一度もない。でも、それと同じくらい、仲間の死に際の声を忘れられなかった。だから、俺はこんなに幸せでいいのかと、不安になった。レイといるのが幸せな反面、死んだアイツらに申し訳なかった。
俺の中で、ふつふつと再び怒りが溢れてくる。
「何が真実であろうと、お前にレイを罵倒する資格があると思うなよ」
「多少の犠牲じゃない。そんなに怒らないでよ。…私は家族のためなら、何だって出来たわ。ルーク、あなたの中で眠るその力があれば、あの方を殺せるわ」
「そう、でも残念。俺は、レイを殺さない」
「どうして?まだ、私の家族を苦しめるの?」
「お前の家族?おかしなことを言うんだな。お前の家族のために、俺の家族を犠牲にしろと?」
セシオラは目を見開き、驚いた顔をした。
俺の想いは変わらない。少なくとも、俺はレイの見方でありたかった。8年間、俺の見てきたレイは、隠し事があっても、嘘をつくような人ではなかったと思う。
あの人は…レイは…独りを嫌う、ただの寂しがり屋の女の子なんだから。
「そんなにも、あの方を想っているの?あんな人を?あんなクズを?…私から全部奪っていったあの方を?」
「随分な言いようですね?」
背後から、聞き慣れた、心地よい声がした。
目の前で驚いた表情をしているセシオラ。女の視線の先には、見た事のある紫色のローブを来た少女が立っている。
「お久しぶりです。セシオラ、私はあなたの望み通り、ルークをここへ導きました」
本当に、レイが…。
「ルーク、セシオラが話した内容は大体真実です。…彼女らの師匠を奪ってしまった対価として、あなたを使いました。…私がお願いしても、ここにを、セシオラの居場所を、教えてくれなかったでしょう?ごめんなさい」
「私が頼んだんだ。セシオラと、どうしても話がしたくて。…私たちの問題に巻き込んですまない。私からも、詫びるよ」
レイの隣には、ハイルと呼ばれていた男がいる。…だが、この女の言うことが正しいなら、こいつは偽物だ。
「久しぶりね。ディーナねぇさま」
セシオラが不機嫌にそう言った。
ディーナ…ハイルの弟子の一人で、養子の娘という話だったが…。
思い出していると同時に、ハイルの姿が変わっていく。背は少し小さくなり、髪は伸びる。…ハイルは、どこからどう見ても、女の姿になった。
…魔術はそこまで出来るとは。
「なるほどね、私を表に出させるために、私と取引をしてくれたって訳ね?それで?…ディーナねぇさまが説得すれば、私が諦めるとでも?」
───サッ
背後から手が伸びてくる。あと少しで喉を掻っ切られる、そんな位置に短剣が突きつけられた。
「愚かね?あなたの意思なんて関係ないわ。あなたは私の作った、お人形さんなんだから。方法はいくらでもあるのよ」
「…っ!」
「是が非でも、レイラ様を殺そうと言うんですの?罪のない子供たちを犠牲にして?…セシィ、あなたは勘違いしていますわ。レイラ様を殺したって」
「黙って!ねぇさまを守るためでもあるのよ。お願いよ、邪魔しないで」
そんなことを他所に、レイは声をこぼした。
「……遅かったですね、お二人さん」




