魔術協会
「ルーク…」
何かあったのだろうか、珍しくレイが弱って、机に突っ伏している。
ハイルとか言う名前の男に会って、何があったのかとすごく気になるが、「あとは聞かないでください」と途切れ途切れに言うレイに、俺はそれ以上聞けるはずもなかった。
そして、ネガティブ発想が俺の頭の中で展開されたことは語るまでもない。
─────眠れぬまま布団に入っていたら、いつの間にか夜が開けようとしていた。
「動揺し過ぎだろ…俺…」
こんな自分が本当に嫌になる。
平然を装って午前中は過ごした。が、やはり気が気ではなく、扉を叩く音が聞こえた時には…時が止まらないかと本気で思った。
「どうぞ」
まぁ、そんなことはなく、レイがハイルという男を中へ招く。
こいつが…ハイル。レイ…こういうのが好きなのかな。
俺とは違って誰にでも人当たりの良さそうな、陽気な感じの男だった。そして、二人の従者らしい者を連れている。ガタイのいい男と、冷たい雰囲気の女だった。
俺とレイは横に並んで座り、俺の前にハイルという男が座った。従者らしい人は、ハイルの後ろで立っている。
「…レイ?」
ハイルはレイの方をチラチラと見ていた。つられて俺もレイを見ると、これ以上ないくらい笑顔だった。
「ルークの前です。気にしないで下さい」
レイは笑顔のまま、そう言った。レイとハイルはアイコンタクトを取っているのか、少しの間見つめ合っていた。
「えっと、ルーク君だね?改めまして、魔術師のハイルだ。今回は魔術師の組織、魔術協会の幹部として来させて貰った。いくつかの質問に答えて欲しい」
魔術師という言葉に、体が強ばるのを感じた。
「ルーク、彼らを追い出して欲しくなったらそう言ってください。家に強制送還します」
レイは笑顔のままでそう言った。が、目が笑ってないよ?
俺はこの人たちはレイに用があったんだと思っていたが、要件は俺にあったようだ。
「大丈夫だよ。…それで、何ですか?」
俺は声が震えるのを隠しながら、ハイルという男に尋ねた。
「ありがとう…。えっと、…いくつ?」
「今年で二十歳です」
思っていたような質問ではなく、少し戸惑ったが、正直にそう答えた。
「えっ」
「…何でレイが驚いてるんだ?」
ハイルはレイから出た驚きの声に、驚いたようだった。そういえば、言ってなかったな…。
「えっと…レイにいじめられてない?」
「あるわけないだろ!?」
斜め上な質問に、声を荒らげてしまったが、どういうつもりなのだろうか…。
「なら、いいんだ。…えっと、呪いってのを見せて欲しいんだけど、いいかな?」
優しげにハイルは俺に尋ねる。こいつは、貴族だと聞いていたのに、何故こんなにも低姿勢なのだろう。
「…、…いいですよ。…レイ」
レイと目が合う。
レイが指をスっと動かすと、俺の体に気持ちの悪い呪いの文字が浮かび上がり、あの女に付けられた首輪が現れた。
普段は街に買い出しに行ったりもするからと、レイに魔道具で見えなくして貰っていたのだ。
「…はぁ…ルーク君、近くてみせてもらっても?」
ハイルは少し苦しそうな、悲しそうな表情をする。だが、直ぐに先程までの優しい雰囲気に戻って、俺を気遣った。俺が首を縦に振ると、席を立って、俺の隣に来た。
俺は肩くらいまである髪を、後ろで一つに結っている。その髪を少し持ち上げて、呪いの文字を見ているようだった。見終わったハイルは俺の前に座ったかと思うと、レイを見た。次に後ろの二人を。
そして少し何かを考えた後、レイの方を見て口を開いた。
「レイ…取引しないか?」
「…まだ諦めていなかったんですね。…条件は何ですか」
俺にはよく分からなかったが、レイは理解したように、微笑みながらハイルを見ている。
「・・・」
「…いいだろう。お前の師が招いた惨劇だ。まぁ、せいぜい足掻け」
完全に、二人の世界で、俺には何が何だか分からなかった。…それが酷く、自分はただの人間なのと…レイとは住む世界が違うのだと言われている気がして、悲しくなった。
「んじゃ、後は任せたよ」
そう言って、ハイルは部屋を出た。そして、目の前には従者らしい二人が残った。
「…戦争でも起こす気か?」
怖い顔をした女の声が、静かな部屋に響く。
「ですから〜、お前ら風情が私と殺り合えると思うなよ?私は私の役割に従ったまで。私の領分にまで口を出そうと言うなら、相手が誰であろうと容赦はせんぞ?」
レイが声を荒らげているのを初めて見た。でも、そんな所もかっこよくて好きだ。言葉には出せないけど…。




