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美貌の彼氏殿~~マネージャーの心得~~

作者: もっちょ

連絡先も知らない美貌の彼氏殿との喫茶店での会話はのんびりしておりますが、実は「私」と「マスター」の会話も大好きです。

 ねえ、好きな人ができたんだけど。


 モーニングには遅くランチタイムには早い、客の少ない喫茶店。明るくて冷たい冬の日差しをささやきあった直後の言葉は、私をつかの間宇宙へ連れていってしまった。我にかえった私は、目の前の人物をまるで未知の生物に出会った気持ちで見つめた。


 彼は非常に人目をひく存在だった。本があるところで人を見ない私が目を奪われたほどだ。人からじろじろ見られるようなタイプでない人間からすると、光から現れたようなまばゆさである。

 まっすぐ艶のある黒髪から切れ長な目が覗いている。すっと通った鼻筋にこれまた厚くもなく薄くもない赤い唇が配置され、肌の白さと互いに引き立っている。下に目をやるとバランスの取れた体躯に長い手足。明らかに高級な生地でできた服を身に纏い、オタクの妄想をこれでもかと詰め込んだフィギュアかという代物だ。美しいはずなのに存在に違和感を覚える。見ているのに見ていない硝子玉みたいな瞳が人の好奇心と想像力をくすぐるのだ。

 彼を見て一番初めに感じたのは、『水槽の魚を見ている気分』だった。第一印象を訊かれてそう答えたら彼は嬉しそうに笑っていた。赤い唇の端がくっと持ちあがるのに少し怯え、我ながら失礼だと反省した。


 接触のきっかけは思い出せないが、図書館が舞台のジ〇リ作品の展開ではない。きっかけは只のきっかけ、覚えてないならたいしたことではない。そういう縁だろう。図書館の通路で出くわす度に軽く会釈をしているうちに、彼にテリトリーに入れても害のない生き物だと思われたに違いない。私だって、見た目以外は個性的な人間だと思うが。少しずつ近づいた私たちの関係を友人と名のつくものにしなかったのは、単に事故としか言い様がない。やむにやまれぬ展開にめんどくさい顔を必死に隠した私は偉いと思う。



 花はそこで咲いているだけで虫をおびき寄せ、しかし追い払うことができないようだ。会話に入る気はなかったのだが、無視もできなかった自分に後悔した。私としては図書館ハイツの寮母さん的立場にいたかったのだが、彼の閃きが悪いところで光り、恋人にされてしまっていた。彼の性格は見た目とは裏腹になかなかしたたかだった。だからこそ、知り合いでもない「見かけ合い」の間柄の私を巻き込めたのだ。



 色めきたった女性陣のエネルギーは私がマネージャーに徹する態度で軟化しており、すこぶる良好な間柄である。まったく、連絡先も知らない彼氏殿は図書館に押し掛けてきては、見学者を引き連れている。当の本人はどこ吹く風という態度である。ハーメルンの笛吹きみたい。

 一つ季節がかわる頃には、たまに引っ張られて風情のある喫茶店でコーヒーを飲んだり彼氏殿の話を読書の合間に聞いたりする仲になっていた。気のおけない関係にされたと言えども、彼氏殿のプライベートに首を突っ込むのはいかがなものだろうか。もやもやしていると頬杖ついた彼氏殿から聞いてやるとの手振り。


「相手は大人ですか」

端的に訊きたいことはそれだけだ。性別がなんであろうと、子供でさえなければ恋愛は両成敗だ。刺しつ刺されつ(お酌でなくね)になってもそれこそ恋の醍醐味というものだ。彼氏殿の硝子玉じみた目ん玉がめらりと燃えると思うと面白い。


 向かいの椅子の主はとうに去っていき、隙間からそのまた向こうのテーブルが見える。私といえば手元に開いた本に集中できないでいた。彼氏殿の癇癪は何だったのか。先ほどの問いかけに彼氏殿は予想外なことを聞いたような顔をして「そうだ」と答えた。それならばと思ったことを言っただけだ。みるみる機嫌が急降下し、不味そうにコーヒーをすする音だけが響いた。恨みがましい目付きに貴方の問題であって私の問題ではないんだがなぁと思う。

 コーヒーは冷めてしまっていた。マスターの淹れたコーヒーは冷めても美味しいのだが、カフェオレは熱いうちがより美味しい。


 飲みほしたら席を立つつもりだったが、マスターはニコニコとお代わりを持ってきてくれた。

「ねえ、マスター」いつも心の中で呼んでいたまま呼び掛けてしまった。しかし、白髪混じりの店長さんはにこりとするばかり。促されるままに先ほどのやり取りを語り、気になったことを訊いてみた。

「彼氏殿は、私にどうしてほしかったのでしょうね」

マスターの表情は変わらない。

「人を好きになったのならその気持ちを大切にすればいいと言ったつもりだったんですけど」

言葉は伝わらないですね。ごまかしたため息がカップの水面を揺らした。


 マスターはニコニコしているはずなのに、どうにも不自然に歪んでいる。彼氏殿の鉄壁の表情筋を見ていた私には分かる!何か含むところがあるのだな。しかし教える気はないようだ。お代わり分の駄賃にはなっただろうか。また来てねと言われて、そういえばここには本を読むために来るばかりだったことに気づいた。彼氏殿に引っ張られてくるときには読む暇がいつの間にかなくなっていた。つまり、私はここを彼氏殿と話すための場所にしていたのか。彼氏殿との関係がなくなったら、私はここをまた読書の場にできるだろうか。逃げるようにドアを押した。


 図書館に行かずにすごすのは意外と簡単だ。家でネット空間の無料電子小説を読んでいたら1週間は経ってしまった。雪の降り積もる時期なのだから自然に倣って冬眠したいが、学生の本分は勉学。カイロを体にくっつけて歩き出す。


 教室の固定椅子は座っていてもなかなか暖まらない。薄曇りの天気は気持ちばかり落ち込ませる。友達に誘われたけれど帰巣本能が勝ったので、本屋によりながら帰るとしよう。


 行きつけの店内は歩くだけで心が浮き立つ。明るい児童書コーナーはカラフルな本が多くて目に楽しい。『おしり探偵』という本に目を奪われ手に取る。探偵なのにおしりという発想に衝撃を受けて、財布を開けてみたが足りなかった。君の素晴らしさはよく分かる。ただ私の力(財力)が及ばないだけだ。すまない。深く謝る。


 どうにか金が手に入れられんものか。アルバイトをしようか。いや、クリスマスプレゼントに親にねだればいいのか。冬って素晴らしいな!よしそうとなればさっさと帰ろう。早足になったところでカバンが引っ張られた。振り返ると、彼氏殿だ。どうしたんだろう。

「久しぶり、元気だった?」

軽い挨拶に彼氏殿は無言で私を見下ろす。

「…帰るのか」

「そう、ちょっと大事なプレゼン(プレゼント貰おう大作戦)が待ってるんだ」

うす曇りのせいか彼氏殿の顔が白い。白すぎて体調が悪いのかわからない。子供の頃からなら、たぶん周りに心配かけてきただろうな。通り過ぎる人々が彼氏殿に目を奪われて人溜だまりができそうだ。しょうがないから袖を引っ張って歩く。着ぶくれた私と美貌の男。そろそろ夕飯時だからお家に帰りたい。母に風邪引き友達連れてくとメールを打つ。引っ張られてふらふら着いてくる彼氏殿なんてあり得ない。絶対風邪だ。


 家についた彼氏殿は母を見て飛び跳ねんばかりに驚いた。よく似た親子だとは言われるが、それを見た私たちもビックリである。そのままふにゃふにゃと座りこみそうになる彼氏殿を引っ張りあげ、どうにか布団に横にさせる。冷えピタを貼ってある顔が赤い。熱がぐんぐん上がっている。寂しいだろうからあんたもいてやりなさいと母に布団を敷かれた。夕飯後にレンチンした湯タンポを持って寝床に入る。起きていた彼氏殿と目が合い、反らされた。恥ずかしかったようで、ぼそぼそと看病ありがとうと言われた。

「困ったときはお互い様だよ」

「ああ」

「そういえばプレゼンはできたのか」

「それね、今練ってる最中。この調子ならいける気がする」母は彼氏殿をいたく気に入ったようだし。

「そうか」

「もう寝なよ」

「あんたが眠いんだろ」

「そうとも言う」

とりとめのない話をしているうちに眠ってしまった。


 翌朝、彼氏殿の熱は上がってしまったようで、苦しそうに呻いている。顔面力は20%増し、中を覗いた父と弟は微妙な表情で襖を閉めた。何か話し合ってるのを母に聞いたら、あんなに色気があったら外など歩けないだろうと良からぬ想像が働いたらしく、守ってあげなさいと言われてしまった。


マネージャーの次は護衛か。


 私が帰ってきたら、彼氏殿は梅湯とスポーツドリンクをひたすら摂取し、夕方には回復したらしく母とおしゃべりしていた。夕飯まで食べたら帰るらしい。父母はしきりに今日までいなさいと言った。父と目が合う。説得ですね。はいはい、了解。

彼氏殿の目を見て言う。

「明日行きたいところあるから、泊まってって」

彼氏殿の体が固まり、ぎこちなく首を縦にふった。どうだと見渡すと、家族みんなが私を非難する目で見た。


寝込んで三日目。彼氏殿は母に常備の貼るカイロを貼られて出発よしとなった。

「行きたいところってどこなんだ」

「彼氏殿の家」

がしゃっ。彼氏殿の手からスポーツドリンクの入った袋が落ちた。やっぱりまだ本調子じゃないな。私は母から持たされたタッパー袋をもつ手に力を入れた。


彼氏殿と目が合わないまま電車に乗り、着いていく。気分は遠足だ。

彼氏殿の住まいは、予想通りに値段と安全が比例するタイプのマンションで、お家まで送る気だった心がしぼむ。暗証番号を打ち込み、彼氏殿はエレベーターから私を手招きした。一般人、行きますッ。


すごく広い3LDK。フローリングは軽く10回くらいゴロゴロ転がれそうな広さ。どこもピカピカなので、料理はしないのかと思いきやお手伝いさんが来るとのこと。金持ちだ。とりあえず冷蔵庫に母のご飯を入れてお茶を頂く。向かい合わせの美貌が昨日まで冷えピタを貼っていたとは思えない。

「これでおあいこだね」

「何がだ?」

「おうち訪問」

彼氏殿は沈黙している。

「そういえば、好きになった人って私の知ってる人?」

彼氏殿の手からお茶がものすごい勢いでこぼれた。布巾を探すが見つからないのでティッシュを渡す。何か言おうとしているが、あたふたとお茶を拭いている。家では油断しちゃうよねー。

彼氏殿の顔を見たら真っ赤になっていた。風邪ぶり返したみたいだ。

立ち上がりカップをシンクに置き、帰るからゆっくり休んでと言う。


家に帰った私に家族が食いぎみにどうだったと訊いてきた。立派なマンションで家政婦がいるんだって、と驚きを伝えるとやれやれのジェスチャーで去っていかれた。


いつもの喫茶店で待ち合わせ。この前のおうち訪問の際、ようやく連絡先を交換したのだ。彼氏殿の喜ぶ様子に、もしや友達いないのかという疑惑がよぎった。

カフェオレを頼んで本を読み始める。マスターがカップを置いて、然り気無く私に訊ねた。

「わかりましたか」

「いいえ、さっぱり。でも、」

「でも?」

「楽しいからいいのかなって思います」「そうですね、それでいいでしょう」

ニコニコと笑い合う。

そうやっているうちに、美貌の彼氏殿がドアを開けるのだろう。

鈍感女子を書いてみました。美貌の男子を観賞用置物のように扱いまったく意識しない「私」に右往左往する彼氏殿を楽しんでいただけたら幸いです。撃沈していますが幸運にも(?)私の家でのお泊り、添い寝、彼女そっくりのお母様に看病されるというコンボを受けました。諦められるわけがありません(笑い)

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