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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

時空渡りクロニクル外伝(1)〜定めは斬れないとしても、俺は斬る

作者: 東杜 伊三技

 走る、走る、はやく、はやく、もっとはやく。


 俺は山の中を疾走していた。

 道なき道。折り重なり立つ木々を躱し、足場を確保しながら身体の重心を移動させ、できる限りの速度で、走る。


「菊童さまぁ、お待ちくださいー」

「早すぎますー、菊童さまぁ」

「お前たち、遅れるでないぞ」


 俺は後ろを振り返ることなく、声を残す。


 ここは朽木の谷から登った山中。そこでの疾走は、まぁ早駈けの訓練と言っておこう。

 しかし俺にとって、そのような前向きの意味があるのだろうか。

 俺は、ただ可能な限り、この鬱蒼とした木々が立つ山の斜面を、はやく走る。



 俺は今、数えで14、満13歳になった。

 今年、細川の重臣である長慶が、主導権争いと様ざまな思惑から同族の政長、政勝父子と兵刃へいじんを交え、摂津の国で政長側に立つ細川のおっさんも巻き込んだ合戦となった。

 そして6月、政長が江口城で敗れたことから細川軍は敗走し、細川のおっさんはみやこに逃げ帰ると、父上と俺を伴って近江の坂本まで逃れたのだった。

 そしてその後、俺たちに忠義の厚い朽木のじいさんの本拠地、この朽木谷に移って今に至る。



 俺はこの世界この時代に、21世紀の未来から過去転生して誕生した。

 29歳で突如訪れた死に遭遇し、その魂と意識と記憶を持ちながらこの16世紀の過去に飛んで、新たな生を得た訳だ。


 未来に生きていた大人としての意識がある俺は、日々、環境の違いに戸惑い我慢をしながら、赤子から成長して行く。

 幸いにというか、俺が生まれ落ちた先はかなりの地位がある家だった。

 いや、初めはそんなことしか理解ができなかった。

 しかし月日が過ぎ、徐々に置かれた立場、そして自分が何者かが分かって来るにつれ、俺は深い絶望感へと落ちて行った。


 この乳幼児の頃、俺を過去へと転生させた神、神話にも登場する名の知れた女神なのだが、この女神が周囲の女房たちに紛れて俺の側にときどき現れ、なにかと話し相手になってくれていた。

 おそらくそれは、俺の心のケアにでも来ていたのだろう。

 なにせ俺は、絶望感に囚われた幼子だったのだから。

 そう、俺は自分が何者であるかを知り理解すると同時に、この時代この世界の人生でも、前世と同じ29歳で死ぬことが分かってしまったのだから。



 俺はその絶望感を押しのけるために、可能な限りの時間をただただ剣の腕を磨くことに費やした。

 正式な剣術や弓の稽古は満6歳からだが、4歳の頃からは木刀を振っている。

 今も俺の後ろから、必死に俺を追いかけているひとり、幼いときから小姓の万吉が俺といつも一緒に木刀を振っていた。


 それ以来、身体を鍛え剣術の技を磨く年月を送りながらも、俺は置かれた立場のゆえに周囲に翻弄され続けてきた。

 渦巻く政治と戦乱のなかで、みやこと近江などの避難場所を幾度も往復する生活。

 数えで11、満10歳の暮れには、無理矢理に元服させられて父上からその地位を譲られた。


 俺は3月31日生まれだから、前世なら小学4年生だぜ。

 それなのに、もう成人だと言われるのだ。

 そのくせ地位に見合うことなどほど遠く、周りの大人たちが思うがままに子どもとして操ろうとする。

 人生の絶望感に加え、そんな周囲の思惑に翻弄される少年時代。

 それが俺の今世だ。



 だから、山の中を駈ける。すべてを払い、置き去りにするように駈ける。


 少し開けた場所に出た。

 俺は足を緩め、やがて立ち止まる。

 自然に屈伸運動やストレッチで、今までの疾走で高ぶった身体を宥めて行く。

 このストレッチをすると俺の小姓たちが、「どうして菊童丸さまは、そんな不思議な動きをするのですか」とよく聞いてきたものだ。


 ふと、俺の特殊能力である探査・空間検知・空間把握を発動させる。

 あいつら、しっかり追いかけて来てるな。


 俺は前世から過去に転生するにあたって、女神からいくつかの特殊能力を授かっている。

 そのうちのひとつがこの能力で、これ以外には、どんな大きさのものを何でも、いくらでも収納して持ち運び取り出すのことのできる無限インベントリ。

 どんなものでも、材料もなしにコピーして同じものを作製できる写し。

 それから、普通の人には見えない妖異や鬼、そして神様さえも見ることができる見鬼の力。


 これらを授かっているが、無限インベントリや写しはどうも活用できていない。

 前世からこの力があったら、21世紀の物を大量に持って来て量産してしまったかも知れないが。


 その点、情報獲得手段がきわめて少ないこの時代では、探査・空間検知・空間把握はとても有用だ。

 仮に見知らぬ場所にひとりで置かれたとしても、即座に位置や周囲の状況を把握することができる。おまけに、敵意のあるものが接近すればアラートも頭の中で鳴る。


 見鬼の力については、これがあるから女神の姿も俺だけ見ることができるのだ。

 しかしその分、発動すればこの世のものとは思えない妖異を見てしまう。

 特にみやこには、妖異がそこら中に存在する。もっとも俺に敵意を向けるやつはそんなにいないのだが。


 最近ではこの力によって、人間が発する闘気のようなものも見えることが分かった。

 どんなに強そうに見えても、その闘気の強さとは異なることが多々ある。

 大口を叩いて強がっている男の闘気が、じつはとても弱々しく乱れている様子など、何回も見たものだ。



 そんなことを考えているうちに、俺を追いかける小姓たちが、筆頭の万吉を先頭に追いついて来た。


「はぁはぁはぁ……菊童さま、やっと追いつきましたぞ」

「いつも速すぎます。我らが先行してお護りせねばならないのに」


 いつもなのだが、口々にそんなことを言う。


「万吉、又六、今回は追いつくのが早かったな。松之助は大丈夫か?」


 松之助は、朽木のじいさんの息子である弥五郎さんの年の離れたいちばん下の弟で、ここにいる中でも最年少だ。

 松之助より少し上が又六。俺より年下だが、弓馬と剣の師匠である小笠原のおっちゃんの息子で剣はなかなかできる。

 万吉は俺よりふたつ年上で、もちろんもう元服しているが、少年たちだけのときはお互いを幼名で呼び合う。


「は、はい、大丈夫です。ここは俺の生まれ育った山ですから」


 そうだな。でも少し休憩しようか。

 なんのことはない、俺の我が侭に付き合わせているだけなのだから。




 そのとき、不意に俺の頭の中でアラートが鳴る。

 なにかが接近して来る。人か獣か、それとも妖異か。いや、これは人だな。

 しかし複数だ。しかも敵意がある。


「誰かが近づいて来るぞ。用心しろ」

 俺は小声で、少年たちにそう伝える。


 皆ははっとした顔になり、あたりを伺う。

 少年とは言え、日々身体を鍛錬し剣術の訓練を怠ることのない者たちだ。すぐに隙無く身構える。

 だがおそらく万吉以外、本格的な戦闘はまだ経験したことがない。

 そしてそれは俺も同じだ。



 そいつらは木々の間から飛び出て、いきなり襲って来た。

 同時に三方からひとりずつ、合わせて3人。

 同じような黒装束を身に着けた3人の男が、俺を目がけて刃をきらめかし突進する。

 すでに俺を囲むように護っていた万吉、又六、松之助が刀を抜き、構えている。

 万吉がひとりの刃を弾き、又六と松之助がもうひとりの刃を防ぐ。

 俺は最後のひとりの刃を弾きながら、そのままの姿勢で後ろへと飛んだ。


 長慶の手の者か。いやあいつは、主君の細川に歯向かっても、俺にまで手を伸ばそうとはしないだろう。

 それでは他の誰かか。

 俺を操ろうとするやつ、利用しようとするやつは山ほどいるが、直接命を狙おうとする者はそうそういない筈だ。

 ならば何かの脅しか警告か。

 しかしこの世の中、絶対にそうだということなど何もない。



 後ろに飛んだことにより、俺は少し距離を空けた。

 俺が刃を弾いた相手の、顔を覆った覆面から覗く眼が見開き少なからず驚いたようだ。

 おそらく常人では不可能な跳躍だったかも知れないが、それはまぁいい。


 その男に意識を集中させながら前方を見る。

 万吉はなんとかひとりの男と渡り合い、又六と松之助もふたりで呼吸を合わせ、もうひとりの男と闘っている。


 よし何とかなるか。

 俺は、刀を油断なく構える正面の男を見据えながら、そのままの姿勢でまた少し後ろに跳躍する。

 こいつらの狙いは当然俺だ。

 俺の再度の跳躍を見て、逃がしてはまずいとでも思ったのか、男は素早く霞の構えから刃先を前にして突進して来た。


 その瞬間、俺は刀を上に掲げて八相に構え、今出せる限りの闘気を身に纏う。

 俺の周りの空間から何かが俺に向かって急速に押し寄せ、それが俺の身体のなかを激しく循環して、更に炎が燃え上がるように噴出する。

 これは俺を転生させた女神が言うところのキ素というもので、人が出せるすべてのエネルギーの源なのだそうだ。

 だが今は、そんな理屈はどうでもいい。

 俺に必要なのは、敵に立ち向かい打ち倒すための、闘う気力なのだ。



 俺の放つ闘気を感じ取ったのか、男の突進にやや躊躇いが混ざる。しかし俺との間合いはもう目の前だ。

 始めの勢いに頼るかのように、その男は俺の顔面に向け刀を突き出す。

 俺はその刃を見切り、体幹を崩さないように身体を少し開いて、全身に纏う闘気を刀に伝達するようにしながら振り下ろす。

 おそらく俺が今込められるのは、この一刀のみだ。


 俺の刃はその男の肩口から身体に入り、斬り下げて抜けた。

 血が噴き出し、男は倒れる。

 俺は呆然と、その倒れた男を見ていた。

 人をこの手で、この刀で斬ったのは初めてだった。



「菊童さまぁー。ご無事ですかー」

 俺を呼ぶ声に我に返る。


「ほかのやつらはどうした?」

「はい、我らはなんとか闘っていたのですが、いずこからか刃物がやつらに飛んで来て肩や背中に刺さり、やつらは逃げて行きました」

「倒れているこやつは、菊童さまがお倒しになったのですか?」

「あぁ、そうだな……」

「どこの手の者でしょうか。まだ他にもいるやも知れませんから、早くこの場を離れましょう」


 そのとき、音も無くどこかの樹木の上からか、ふわっと人が飛び降り現れ、俺に手拭を差し出した。

 そばにいた皆は、突然のことに呆気にとられ言葉を失っている。


「……彩凪さなか」

「はい菊さま。お顔に血が飛んで汚れています。これでお拭きください」

「ほかの敵に刃物、飛び苦無クナイを投げてくれたのはお前か」

「はい、菊さまがこちらの敵をお斬りになられたので」

「そうか……ありがとう。それで、半三さんはいるのか?」

「あちらに」



 そこにはいつの間にか、たっつけ袴を穿き武士とも商人ともつかぬ身なりの男が、静かに立っていた。


「半三さん、見てたのか」

「見てましたな」

「助けようとはしなかったか」

「若には、その必要はありませんでしたな。時分の花ですから」

「時分の花……」


 半三さんは、おそらく名のある忍びだ。そして俺の隠れた師匠でもある。

 本人がそう認めたことはないが。

 俺が5歳になる頃から、俺の前にときどき現れるようになり、その都度、身体の鍛え方や刀の使い方、体術などを教えてくれるようになった。

 小笠原のおっちゃんが表の師匠なら、この半三さんは裏の師匠だと俺は思っている。

 一昨年辺りからは、この彩凪さなという幼い娘をときどき伴って現れるようになった。


「いずれこのが、若のお世話をすることもあるでしょう」

 そのとき半三さんは、よくわからない紹介の言葉を告げていた。



「俺は初めて人を斬ったよ」

「そうですな。しかしそれで若の迷いが斬れた訳でもない」

「そうだな。でも、前に進むために必要な何かは、斬れたような気がするよ」

「人の定めは斬れませんが、前を向いて歩を進めることはできるかも知れませんな」

「そうかもな」


 半三さんは彩凪さなに合図すると、ふたりは音もなく木々の奥へと消えて行った。


 俺はこれからも、様ざまな困難に向かい合うことだろう。

 残された時間は、あと16年ほど。

 それが長いのか短いのかは、俺にはわからない。

 しかしこれからは、斬るときは斬らなければならないだろう。そうして前に進んで行かなければならない。

 斬ることで拭えない何かをひとつ背負い、その重さを感じながらまた歩むのだ。

 転生した俺に与えられた役割が本当は何なのか分からないが、もう後戻りはできないのだから。


「さあ帰ろうか」

「はい、帰りましょう」

「走って行くぞ」

「えーっ、また置いて行かないでくださいよ、菊童さま」

「死ぬ気で俺を追いかけろっ」

「はいっ」


 俺は走り出す。

 はやく、はやく、もっとはやく。

お読みいただき、ありがとうございます。

この短編は、現在連載中の「時空渡りクロニクル 〜過去から異世界へ二度転生した俺は、今回は早死にしない人生を歩みたい」の外伝になります。

もしよろしければ、本編の方もお楽しみください。

本編へのリンクはこの下段にあります。

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