まどろみの時代
それは、魔王の呪いだという。
遥か太古の管理神の楔を蝕み、久遠の石棺から染み出したそれは、人々から「死」を奪い、そして「不死」を与えた。
不死の隷属となったものは、魔王の軍勢として再び歩き出し、その足音は病のように広がり、毒のように人々の尊厳を貶めていった。
かくして人々は、世界の今を「まどろみの時代」と呼ぶ。
目覚めることのない悪夢、果てのない奈落。
明けることのない夜、滅びるのとのない隣人が、今日も戸を叩く。
僕は雨の日が嫌いだ。
母さんが買い物に出て行ったきり帰ってこなかった日も、僕が死ぬことになった日も、土砂降りの雨だった。
今でも雨雲が近付いてくると、それだけであの惨めな気持ちが蘇ってくる。無力で、虚しい、あの感覚が。
そんなわけで、雨の降りそうな日は部屋にこもって布団を頭までかぶって、外の雨音が聞こえないようにやり過ごしてしまいたいというのが、僕の偽らざる本心なのだ。
しかし、いまの僕の仕事は、主に今日みたいな雨の日の夜に始まることがほとんどだ。まことに遺憾ながら。
付近の家屋の雨戸は締め切られ、灯り一つ漏れていない。
普段は明け方まで騒ぎ声が聞こえる広場の角の酒場さえも、宵闇の中で沈黙している。
周囲に、僕以外の気配は全くなかった。
――――つい、先ほどまでは。
ざわざわと空気が淀む。影はより黒く、闇はより暗く、肉の腐敗を思わせる異臭があっと言う間に充満する。
次いで、土を耕すような音、水溜まりを這い回るような音、呻き声、唸り声がどんどん数を増していく。
気付けば、この広場はすっかりお祭りのような人だかりだ。
もっとも、「生きているもの」の気配は、未だに僕以外にはないのだけれど。
「早く終わらせて、早く帰ろう」
やつらは火気と陽光を嫌う。
故に、こんな日には群を成してよたよたと歩き出す。
あるものはかつての住処を目指して。
あるものは家族との再会を願って。
またあるものは、恋人の抱擁を求めて。
やつらは【魔王の軍勢】。
【失ったもの】、【夜行種】、【不死の隷属】。
僕は【救済者】
【還すもの】、【再殺技能】、【墓守】。
そして僕は、【冒涜者】。
【手繰るもの】、【無明】、【墓暴き】。
これは、魔王の呪いで【絶対に死ねない】この世界を救うために、きわめて物騒な二足のわらじを強制的に履かされて放り出された僕の、旅の記録である。
なお、達成難易度は奈落だとか……