第7話 一回目の投票
結局、転落事件について積極的に調査しようとする人は現れず、無言のまま気詰まりな時間を過ごした。
おかしな反応だが、話し合いの時間がたっぷり残っていたということもあり、スクリーンに白狼男が現れた時にはホッとした表情を見せる人がいるくらいであった。
「おまえたちにはガッカリだ」
白狼男の発言だが、僕の気持ちを代弁しているかのようだ。
「期待外れもいいとこじゃないか」
ホントにそう。
「おまえたちが話し合いを放棄することで得をするのは『人狼』チームじゃないのか?」
そうだ、もっと言ってやれ。
「ここで話し合わなかったことを後悔しなきゃいいんだけどな」
ん? 僕に言ってるのか? だとしても、今は動けない。動かなくても、まだ僕の方が圧倒的に有利なはずだ。
「せっかくのアドバイスだが、おまえたちが話し合いを望まないのなら、それはそれで構わない。今から投票を行うのでスマホを用意するんだ」
罰を受けた人たちの動きが機敏なので、僕も動きを合わせた。
「電源を入れたらサイトに自動接続されるのは同じだ。後はランダムに表示されるので、適当にスクロールして、その中から一人、追放者を選ぶんだ」
周りを必要以上に観察しないこと。
すぐに仕組みを理解しないこと。
他人の目を引く芝居をしないこと。
今回もその三点に注意した。
「他人のスマホを覗いても見えないから、カンニングしようなんて思うなよ」
悩んだ末、やはり自爆した千葉くんに投票した。
投票者の確認を求めてくるので誤投票はない。
白狼男がキレる。
「おい、早くしろ」
そこで友達の近江谷くんと、地味な剣崎さんと、幼馴染の西村さんと、大人しい蓮見さんと、孤高の諸星くんが同時にスマホを床に落とした。
五人とも頭を押さえているので罰を与えられたのだろう。全員が同じタイミングで痛がったので演技者はいないと思う。
逆にいうと他の人はすでに投票を済ませたわけだが、そこに意味はないだろう。
「よしっ、集計結果が出たから発表するぞ」
そこで、もったいぶる。僕が選ばれるはずはないけど、余裕を見せてはいけない。全員が集中して白狼男を見ている。
「一回目の追放者は、九票を獲得した、十一番だ」
全員が千葉くんに顔を向ける。当の本人は、予想はしていたが、納得していない様子だ。
「事件とは関係ないって、ずっと言ってるからな。俺が犯人かどうかは、投票した奴らで証明しなきゃいけなかったんだぞ? 立証もせずに有罪って、完全に冤罪だから」
正義感の強い小石川くんが尋ねる。
「でも、引いたカードは『人狼』なんだよな?」
「引いたカードはな」
千葉くんは否定しなかった。
議長の小石川くんが総括する。
「僕たちの中に自白を強要した者はいなかった。だから多くの人は、自白が信用できるものと判断し、証拠として採用したんだよ。君がやらなければいけなかったのは、黙って判決を待つのではなく、提訴して争わなければいけなかったんだ」
S組は裁判慣れしているので、それが正解だ。訴える相手は死神で、ゲームの廃止を求めればよかったのだ。そうすれば事件と無関係だと思う人が増えたかもしれないし、裁判の流れから真犯人を見つけることができたかもしれない。
主犯を追放できたらゲーム終了なので、たとえ『人狼モドキ』の手先であっても、千葉くんには生き残る可能性があった。現に、満票だと予想していたが、九票しか投票されていない。
無記名投票なので分析は難しいが、最終決定に関わりたくないか、それとも事件の真相を知っているか、そのどちらかだろう。
要するに、しっかりと話し合いをしなければ票を固めることができないということだ。それが無記名投票の怖さでもある。守勢に回るだけではダメで、どこかで攻勢に出なければいけないということだ。
「それでは諸君、また会おう。それまでの間に夜の襲撃が行われるので、楽しみにするんだな」
と言って、白狼男が姿を消した。すかさず妹系の古橋さんがスマホを確認する。
「閲覧履歴にないよ」
次に知的メガネの武藤さんが報告する。
「スクショを撮ったけど、こっちもない」
勝手な行動ではあるが、ゲームの妨げにならなければ罰は与えられないようだ。
「それより誰だよ、俺に投票した奴はよ」
怒ったのは千葉くんだ。
「今さら犯人捜ししたって意味がないだろう」
応じたのは、やはり委員長の小石川くんだった。
「お前には聞いていない」
「だから誰に聞こうが無駄なんだって」
「俺に絡んでくるな」
「君も、みんなに絡むな」
何を言っても言い返されるので、お喋りの千葉くんが黙った。そこで口を開いたのは、古橋さんだ。
「でも、千葉くんで決まったのに、追放されてないよね?」
その言葉に、全員がハテナ状態になる。
ここはチャンスだ。
あえて頭の悪い発言をしてみる。
「過半数に満たないから追放されなかったのかも」
「でもゲームマスターはハッキリと『追放者は十一番だ』って言ってた」
すかさず知的メガネの武藤さんに否定されたが、これでいい。話に加わっても不自然じゃない空気を作るのが重要だからだ。これが後に効いてくるはずである。
武藤さんが冷静に捕捉する。
「それに『人狼』は三人で『村人』は十七人だから九票でも過半数に達してるしね。ま、関係ないと思うけど」
ここは頷くだけにした。あと、頭が悪すぎる発言もほどほどにした方がよさそうだと思った。このクラスだとバカの方が目立ってしまうからだ。
ここで委員長の小石川くんが仕切り直す。
「とりあえず、これまでと変わらない日常生活を送るのがゲームマスターの命令なので、罰を受けないためには従った方がよさそうだ」
と言って、椅子を片付けるのだった。
他の人も追従したので、僕も真似をする。
小石川くんがスライドドアに軽く触れて、振り返る。
「大丈夫だ」
それから全員で自習室へ移動した。
そこで九十分の自力学習を行うのが普段通りの日常だが、それを予定通りに行うのが選抜クラスの生徒である。僕も生き返った時に成績が落ちるのが怖いので、頭を切り替えて勉強に集中した。
時々顔を上げて周りを見渡す人がいたけど、そこで私語が発生することもなく、何事もなかったかのように下校の時間を迎えるのだった。
現実では有り得ないことが起きたのに、瞬時に適応してしまう人たちを見て、自分も含めて怖くなった。それは、例えば戦争が起こったとして、僕たちならば、すぐに適応できると思ったからだ。
そして、意外と冷静なまま殺し合いができるのである。それはどういうことかというと、敵も冷静な状態で殺しにくるということだ。