第5話 ゲーム開始
ゲームに勝利するには自らの身に起こった転落事件を解明しなければならないが、下手に嗅ぎ回ると不審に思われるので、結局どうすることもできないまま約束の期限を迎えてしまった。
六月の第一週、土曜日の午後、いつも通り特別授業があるので、全員で特別棟の二階にあるディスカッション・ルームへ行って、机と椅子を並び替える。
ディベートの時は賛成派と反対派に分けて議論を戦わせるので、対面させるようにコの字型に机を並べるが、ディスカッションの場合は机を用いず、円を描くようにパイプ椅子を並べるのがS組の方式だ。
基本的には自力学習の一環なので、担任が立ち会う場合もあれば、不在の場合もある。それでも春までにいた普通科と違って、先生がいなくても自習できるのが選抜クラスの特徴だ。
普段は社会問題を議題として取り上げて、四十五分ずつ二回に分けて行われるのだが、この日は違った。
全員が教室と同じく出席番号順に着席して、いつものように議長でもある委員長の小石川くんが話し合いを始めようとしたところで、勝手にプロジェクターが作動して、スクリーンに白狼男が映し出されるのだった。
「なんだ、アレ?」
声を発したのはお喋りの千葉くんだ。
他の人も異変に気がつく。
背中を向けていた人も身体を捻ってスクリーンに目を向ける。
僕もスクリーンから目を離さないようにした。
ここで周囲の反応を観察すると『人狼モドキ』に悟られてしまうからだ。
「マンウィズ?」
「ぜんぜん、違うでしょ」
妹系の古橋さんとモデル系の本庄さんによる掛け合いだ。
そこで目立ちたがりの勅使河原くんが口を開く。
「てか、勝手に作動したよな?」
こういう時に声を上げる人は決まっている。
喋らない人は、本当に喋らない。
今回もいつもの四人以外は声を発しなかった。
僕も大袈裟に驚いたりせず、何が起きたか分かっていない演技をした。
白狼男が口を開く。
「おまえたちの命を預からせてもらった」
「え? なに言ってんの?」
古橋さんはテレビと会話しちゃう人のようだ。
「これからゲームを始める」
「なに? テレビ?」
そこで何人かが隠しカメラを探したので、僕も真似をした。
白狼男が続ける。
「探してもムダだ。おまえたちが人質になったことは誰も知らない」
「これ、録画映像じゃないぞ」
勅使河原くんの指摘だ。
「どういうこと?」
古橋さんの質問に答えられる人は一人もいなかった。
白狼男が続ける。
「ゲームを始める前に注意しておこう。今後、第三者に人質になった事実を口外しないこと。家族への報告も告げ口とみなし、破った者には罰を与える」
そこで床から音がした。
見ると、スマホを落とした宇崎さんが頭を押さえている。
隣に座る愛川さんが心配する。
それとは別に前方の入り口に向かう人がいた。
喋らない宍戸さんだ。
このチャンスを見逃してはいけないと思った。
立ち上がって、後方の入り口に向かう。
スライドドアに手を掛けると、そこで激しい痛みが走った。
本当に痛いので演技する必要がなかった。
見ると、宍戸さんも頭を押さえて蹲っている。
本当は彼女に説明してほしいけど、仕方がない。
その場でみんなに報告する。
「ダメだ、開かない」
とりあえず事実を事実のまま伝えることに成功した。
それでも半信半疑といった雰囲気である。
ただし、その間にもスマホの落下音が聞こえたので、罰を受けた人は他にもいたようだ。
地味な剣崎さんが宍戸さんを席に連れ戻す。
僕が自力で席に戻ったところで、白狼男が続ける。
「ムダな抵抗は止めておけ。自由になりたければゲームに勝利することだ」
ゲームマスターが神ならば、閉鎖空間を用意する必要がないということか。
知的メガネの武藤さんが僕を見ている。
「本当に? 騙してない?」
「試せば分かる」
そこで立ち上がったのがお調子者の日比谷くんだ。
窓に向かって、開けようとしたところで頭を抱える。
「ああ、いてぇ、マジだ」
リアクションが大きいので嘘くさい。
でも、痛いのは事実だ。
日比谷くんが席に着いたところで、白狼男が続ける。
「これではいつまで経ってもゲームを始められないので、これからは命令に従わない者には容赦なく罰を与える」
そこで私語がピタっと止んだ。
白狼男が続ける。
「さすがはS組だ。理解が早くてよろしい」
ここでも周囲への観察は避けた。
まだ何をやらされるか説明を受けていないからだ。
情報を得るよりも、まずは敵に情報を与えないようにした。
白狼男が告げる。
「おまえたちの中に鎌田真澄を三階の窓から突き落とした者がいる」
その言葉にザワめく。
ただし衝撃的というより、懐疑的といった感じだ。
委員長の小石川くんが立ち上がって、死神との対話に挑む。
「鎌田くんは自殺を試みたと聞いています」
「いや、間違いだ」
「警察が自殺と断定したんです」
「だから、間違いだと言っている」
「誰かが殺そうとしたということですか?」
「だから、そう言ってるだろう」
委員長らしくない会話だ。
まるで頭が回っていない。
でも、これが普通か?
演技だとしたら下手すぎる。
小石川くんが訴える。
「誰がやったか知ってるなら教えてください」
「それをゲームで見つけるんだよ」
そこで委員長は頷いて、席に着くのだった。
それにしても静かだ。
現実離れしているのに受け入れている。
人は脅迫されれば大人しくなるようだ。
白狼男が仕切り直す。
「これからおまえたちに人狼ゲームをやってもらう。なに、ルールは簡単だ。それを今から説明する」
そのルールとは以下の通りだ。
昼のターン
一、カードを引いて、自分の役割を知る。
二、話し合いで『人狼』を見つける。
三、参加者全員で無記名投票を行う。
四、最多得票者が、その日の追放者となる。
夜のターン
一、『人狼』が誰か一人を襲撃する。
二、『騎士』は誰か一人を守る。
三、『占い師』は誰か一人を占う。
備考
一、『騎士』は『人狼』が襲撃するプレイヤーを当てることができた場合のみ襲撃を阻止できる。
二、『占い師』は指定したプレイヤーの属性を知ることができる。
三、『裏切り者』や『霊媒師』は存在しない。
四、人狼は三人。
五、投票は毎週土曜日の午後に行われる。
六、『村人』側の勝利条件は、『人狼』をすべて追放すること。
七、『人狼』側の勝利条件は、『村人』と同数になるまで生き残ること。
以上のように白狼男は説明したが、それは表向きの話であって、僕と『人狼モドキ』のリーダーだけが知っている裏設定はこうだ。
昼のターン
一、カードを引いて、自分の役割を知る。
二、話し合いで『人狼モドキ』を見つける。
三、参加者全員による無記名投票を行う。
四、最多得票者が、その日の生贄となる。
五、生贄の処遇は、最終的に『村長』が決める。
夜のターン
一、『人狼モドキ』は襲撃か偵察、どちらかを選ぶ。
二、『人狼モドキ』は『村長』以外は襲撃できない。
三、襲撃に失敗すると、その情報が『村長』に伝わる。
四、『騎士』と『占い師』は存在しない。
五、『村長』が襲撃された時点でゲーム終了。
備考
一、『人狼モドキ』の数は三人。
二、その中で襲撃と偵察ができるのはリーダーのみ。
三、『村長』以外の役職は存在しない。
四、『人狼モドキ』のリーダーが追放された時点でゲーム終了。
裏設定を開示しないのは、昼のターンで選ばれた追放者が助かると分かったら、真剣に投票しなくなるからだ。命懸けで事件解明に努めてもらうには隠すしかなかった。
説明が終わったところで、妹系の古橋さんが隣に座っているモデル系の本庄さんに尋ねる。
「なんか、普通の人狼ゲームと違くない?」
「わたし、あまりよく知らないから」
人狼ゲームのブームは六、七年前なので知らないのも当然だ。
見た感じ、知ってる人の方が少なそうだった。
僕は動画を見まくったので知ってるけど、説明するのは控えた。
そこで隣に座るムードメーカーの岸くんが説明する。
「本来のルールだと無記名投票じゃないんだよ。誰が誰に投票したか分かるようにするの。それも人狼を見つけ出す手掛かりになるからね」
知的メガネの武藤さんが捕捉する。
「つまり当てずっぽうで投票するんじゃなく、話し合いで殺人事件の犯人を見つけろってことでしょ」
言葉のチョイスがストレートなので、場の雰囲気が瞬時に重くなった。
でも、これはいい流れ。
僕が出しゃばらなくてもよさそうだからだ。
それにしても武藤さんは理解が早い。
早すぎるか?
いや、彼女ならおかしくはない。
白狼男が仕切り直す。
「それでは早速だが、ゲームを始めるとしよう。各自、スマートフォンを取り出しなさい」
S組にスマホを持たない者はいないが、宇崎さんが罰を受けたのを見たばかりなので、様子を伺う人がいる。
白狼男が笑う。
「命令に従ってさえいれば何もしない」
その言葉を受けて、全員が素直に従うのだった。
説明を続ける。
「出席番号順にカードを引いてもらう。電源を入れたらサイトに自動接続されるので、映し出された二十枚のカードの中から、好きなカードをタップするように」
電源を入れると、特設サイトに繋がった。
憎たらしいほど手が込んでいる。
ホーム画面には戻らない仕様になっているようだ。
白狼男が呼び掛ける。
「それでは出席番号一番、その場で立ち上がって、カードをめくりなさい。確認したら着席して、次の者へ引き継ぐように。さぁ、始めるんだ」
元カノの愛川さんが立ち上がる。
緊張しているように見えるのはいつものことだ。
震えた手でタップする。
安堵の表情。
スクリーンの方をチラッと見る。
白狼男は何も反応しない。
そこで着席するのだった。
次に真面目な宇崎さんが立ち上がる。
一度罰を受けているので不安そうだ。
恐る恐るタップする。
小さく息を吐いて着席する。
次は友達の近江谷くんだ。
軽くタップ。
すぐに着席する。
次は僕の番。
タップする。
すぐに着席。
近江谷くんの振る舞いをコピーした。
次はムードメーカーの岸くん。
こんな時でもニヤけ顔だ。
なぜかスマホに願掛けするのだった。
それから画面をタップ。
「だよな」
勝手に喋ったけど、罰は受けなかった。
次は地味な剣崎さん。
泣きそうな顔。
タップする。
泣きそうな顔のまま着席した。
次は委員長の小石川くん。
タップするまで時間を掛ける。
画像からヒントを得ようとしている感じだ。
タップすると、すぐに着席した。
次は喋らない宍戸さん。
タップして着席する。
次は元イジメられっ子の瀬能くん。
集中して、慎重にタップする。
結果を見て、微笑む。
笑顔のまま着席。
次はグラビア系の多田さん。
タップする指が迷う。
結果を見て、すぐに着席。
次はお喋りの千葉くん。
タップをして、表情が固まる。
「は? なんで俺が『人狼』なんだよ」
その言葉に全員が驚く。
白狼男の方を見る者もいる。
だけど反応はなかった。
「おかしいだろ」
そう言われても、誰も彼と話そうとする者はいなかった。
間違いない。
一匹、早くも見つかった。
「いや、違うって」
誰も反応しないので、渋々席に着くのだった。
次は目立ちたがりの勅使河原くん。
珍しくナーバスな顔つきだ。
タップする。
「俺は村人です」
わざわざ宣言してから着席した。
次は幼馴染の西村さん。
タップする。
「私も村人です」
彼女も宣言してから着席した。
千葉くんから変な流れになった。
そこで待ったを掛けたのが知的メガネの武藤さんだ。
「それ止めよう。村人側は役職持ちを守らないといけないんだから、わざわざ殺人犯にヒントを与える必要はないよ」
と、そこで千葉くんが抗議する。
「いま俺のこと見ただろう?」
「見たけど?」
「俺は殺してないからな」
「死んでないから未遂だもんね」
「だから俺は関係ないんだって」
「でも『人狼』なんでしょう?」
千葉くんがスクリーンを指す。
「アイツが勝手に決めつけたんだろう」
そこで白狼男が二人に罰を与えるのだった。
「今は話し合いの時間ではない。十四番、続けなさい」
指名されたのは大人しい蓮見さんだ。
慌てて立ち上がり、急いでタップする。
結果を見て、すぐに着席。
次はお調子者の日比谷くん。
これみよがしに口元を固く締める。
タップして、着席する。
次は妹系の古橋さん。
タップする仕草がナチュラルにかわいい。
頷いてから着席する。
次はモデル系の本庄さん。
いつもクールでドライ。
淡々とタップして着席。
次はアイドル系の美山さん。
僕の彼女になるはずだった人。
いつも笑顔でいる人が、再会してからずっと無表情。
彼女から笑顔を奪った犯人が許せない。
この時も死んだような顔でタップして着席するのだった。
次は知的メガネの武藤さん。
タップする。
すぐに着席。
最後は孤高の諸星くん。
タップして、着席。
千葉くんは『人狼モドキ』で確定として、この中にまだ二人も紛れ込んでいるとは思えなかった。