第4話 参加者について
自分の身に起きた転落事件がどのように報じられているか調べても、見つからなかったのは自殺未遂として処理されたのが原因だったようだ。
それでも動揺している様を誰かに見られてはいけないので、家に帰るまでは感情を表に出さないように努めた。
家に帰って一人きりで食事をしても、考えることは事件のことばかり。見えない犯人に対して憎悪が増幅していく。
でも、よかったと思う気持ちもある。心のどこかで、驚かせるつもりで背中を押して不運な事故に繋がったのではないかと思っていたからである。
だけど自殺に偽装したとなると話は違う。計画的な犯行であることが分かったからだ。
ならば躊躇する必要はない。僕を殺そうとした犯人を必ず自分の手で断罪してみせる。そこで気持ちを切り替えて勉強に集中した。
翌朝、地下鉄のプラットホームで宇崎さんを見掛けたけど、初日に顔を合わせただけなのに顔を憶えているのは不自然だと思って無視した。幸いにして彼女はスマホに見入っていたので、僕の存在に気づいてなさそうだった。
同じ中学出身で、二年間も同じクラスにいたけど、一度も話をしたことがない間柄だ。っていうか、男子と話をしているのを見たことがない。目立たないから男子の間でも話題になったことのない女の子だ。
教室では愛川さんと一緒のグループだけど、接点がないので事件とは関係ないだろう。そのグループには他にも二人いるけど、いずれも大人しいタイプの女の子なので完全に除外できる。
本当は一人一人じっくり観察しながら考察したいところだけど、在校中に下手に嗅ぎ回ると不審がられるので、転生者になりきることに集中した。
それでもある程度の個人データは揃っているので、考察は可能だった。特に男子に関しては比較的簡単に判断できる。
僕は春まで普通科にいたので聞いた話になるが、S組にはイジメ問題があったそうだ。
瀬能くんというイジメられっ子がいて、同じクラスに中学時代にイジメていた二人組がいた。高校に入ってから目立ったイジメ行為はなくなったそうだが、中学時代のイジメを告発して開かれたのがイジメ裁判だ。
その時に原告(瀬能くん)側の検察として法廷に臨んだのが、岸くんと千葉くんの二人である。対して、イジメっ子二人組と同じ中学出身ということで、近江谷くんと武藤さんが弁護に当たった。
結果、陪審員十人の評決は有罪。
裁判は検察側の証人として出廷した勅使河原くんと日比谷くんの証言が決め手となった。当時、二人の証人は普通科にいたが、瀬能くんの相談に乗っていたらしく、それでイジメの証拠を掴んでいたそうだ。
検察側が証拠として提出したのが、スマホで撮影された暴力行為である。高校に入ってからもイジメが継続していたということで、そこで流れが決まった。量刑は心からの謝罪と、貸したお金の全額返済で、そのどちらも適切に行われたということで一件落着。
その後、イジメっ子二人はクラス替えを望んで普通科に移り、証人二人が入れ替わるように選抜クラス入りした。つまり原告団の五人組はイジメ問題と戦った正義の味方であり、悪を許さぬヒーローということだ。
だからクラスメイトである僕の背中を突き飛ばすような、そんな卑劣な真似はしないのである。ただし、その強い正義感によって僕も裁かれてしまったので、やれやれ感は否めないけど。
ちなみに僕が裁判にかけられた時に弁護団として選ばれたのが、西村さんと蓮見さんの二人だ。二人とも幼稚園の頃からの知り合いで、特に西村さんとは家族ぐるみの付き合いなので幼馴染のようなものである。
二人とも弁護を引き受けてくれたから犯人である可能性は低いけど、完全なシロとは言い切れない。古い知り合いというのは傷つけた方は忘れても、傷つけられた方は忘れていないことがあるからだ。小学校に上がってからはほとんど会話をしていないので大丈夫だと思うが、グレーといったところだろうか。
愛川さんのいる四人組が陰のグループなら、武藤さんのいる五人組は陽のグループだ。五人ともキレイなので、普通科の男子の間でも話題になっており、僕も五人全員の顔と名前が一致できたくらいだ。
モデル系の本庄さん、妹系の古橋さん、グラビア系の多田さん、アイドル系の美山さん、そしてメガネが似合う知的美人の武藤さん。あまり使いたくない言葉だけど、スクールカーストでは頂点に立っている五人なので、わざわざ罪を犯すとは思えない。
その中でも美山さんとは特別な関係なので、彼女を疑いたくないというより、信じたい気持ちがある。一緒のクラスになって一週間も経たないうちに彼女の方から話し掛けられて、すぐに仲良くなった。成績上位者は掲示板に名前が載るので、僕だけではなく、彼女の方も僕のことを知っていたわけである。
キッカケは何でもない会話から始まった。
一緒に特別教室の掃除をしていた時に勉強方法を尋ねられたのだ。そこから学校に早く来て、自習室で一緒に勉強するようになり、時間がある時は放課後も一緒にいた。恋愛感情が勉強の邪魔になるどころか、むしろ一緒に向上できたので、僕にとっては理想的な相手だった。
そして真剣に付き合いたいと思った四月の第四週、僕たちは裁判にかけられてしまった。罪状は、校内で不適切な行為に及んだとして、校則違反でもある不純異性交遊に問われたのである。昭和の時代からある校則だが、基本的に恋愛は自由なので、実際に違反を咎められることはない。
では、なぜ存在するかというと、交際は自由だけど、学校の敷地内での性行為を禁止させるためだ。これは管理責任を問われた時に教職員側を守るためのものであって、生徒を守るためのものではない。
いま振り返っても、本当にくだらない裁判だったと思う。いや、彼女のイメージを傷つける悪質な裁判なので、今さらながら怒りが湧く。
金曜日の朝、生徒用の玄関ホールにある掲示板に、僕が廊下で彼女にフェラチオさせている写真が貼られてあったのだ。
真実は、解けた靴ひもを結んでくれて、その時に僕の股間と彼女の頭が重なり、それを彼女の背中の方から写真を撮られただけだ。
盗撮した奴は真実を知っているのに、疑惑であるかのように貼り出したわけだから悪質極まりない。これには先生方もちゃんと味方になってくれて、講堂に集められた全校生徒の前で、改めて動画や画像の取り扱いについて注意してくれたのだった。
それでもS組の変わっているところは、実際に裁判をしてしまうところである。
選抜クラスは土曜日の午後にディスカッションと自力学習の時間がそれぞれ九十分ずつ設けられているので、前半を裁判に充てられたわけだ。
その時に不純異性交遊について話し合えたので無駄ではなかったが、美山さんのイメージが傷つけられたので、やはり怒りが収まらなかった。
ん?
その翌週に突き落とされたということは、彼女のスキャンダルではなく、最初から僕が狙われていたということか? 真実とは違うけど、世間一般的には、写真が貼られた直後に自殺を試みたことになっている。
なぜ?
美山さんがターゲットじゃないのは良かったけど、僕が狙われた理由がまるで分からない。命を狙われたことと、盗撮された事実から考えられるのは、美山さんを追い掛けるストーカー説だが、断定はしないでおこう。
しかし、少なくとも美山さんを含む五人組の中に犯人はいないだろう。裁判でも怒りを露わにしていたからだ。
あっ
もう一人、諸星くんという男子生徒がいることを忘れていた。窓際の一番後ろの席で、いつも本を読んでいる人。無口なタイプだけれど、協調性がないわけではない。単純に一人でいるのが好きなのだと思う。犯人グループの一人とは思えないけど、シロとも断定できないのでグレーにしておこう。
こうして帰り道に容疑者十九名について振り返ってみたが、やはり殺したいほどの動機を持っている人は見当たらなかった。強いて言えば、やっぱり美山さんのストーカーによる逆恨みだが、自殺に偽装するか疑問に残る。
そんなことを考えているうちに、あっという間にゲームの幕が開かれるのだった。