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第32話 最後の投票

 三つの質問の解答を知ったところで、鎌田真澄の記憶を持たないクラスメイトならば、犯人を当てられなくても当然である。


 その証拠に、円の中心に立って、座っている全員の顔を確認してもピンと来た人が一人もいないように見えたからだ。


 転落事件の謎を解くには鎌田真澄の証言が必要だ。つまり死んでいたら完全犯罪が成立していたというわけだ。


「昨日、金曜日の午後、事件について調べようと思って鎌田くんが入院しているケア・センターに行ったんだ。そこで驚くべき証拠を入手することができた」


 ハッタリでも嘘が必要だった。


「美山さんも見舞いに訪れていたから、僕の言葉が嘘じゃないことは証明できる。しかし証拠を入手できたのは僕だけだったんだ」


 彼女とグルだと思わせてはいけない。


「なぜなら美山さんは門限の為に早く帰ってしまったので、鎌田真澄が意識を取り戻す瞬間に立ち会えなかったのだから」


 どよめきが起こったので、僕には嘘をつく才能があったようだ。


「目を覚ましたといっても、完全に記憶が戻ったわけではなかった。彼が憶えていたのは事件の直前、転落する前の、ほんの僅かな瞬間だ」


 大きな嘘をつく時は小さな嘘を重ねてはいけない。細部まで作り変えては説得力を失うからだ。


「事件当日、鎌田くんは特別棟の音楽室にいて、そこでカバンの脇ポケットに仕舞ってあったスマホに着信が入ったのを憶えていたんだ」


 宇崎さんや近江谷くん、岸くんや剣崎さんなど、無実の『村人』たちが固唾を飲んで話の続きを待っている。


「鎌田くんがカバンのポッケからスマホを取り出して確認すると、着信相手は美山さんだったそうだ」


 そこで小石川くんや瀬能くん、多田さんや勅使河原くんなど、無実の人たちが美山さんに顔を向けるのだった。


「そして電話に出ると、通話相手の美山さんが窓際に誘導して、『すぐ下の地上にいるから』と、窓を開けて下を覗き込むように指示を出したんだ」


 日比谷くんや古橋さんなど、無実の人たちが美山さんのことを犯人であるかのような目で見るのだった。


「そこで実際に鎌田くんは指示に従って、上半身を窓の外に投げ出して真下を覗き込んでしまって、その瞬間に背中を押されて転落してしまったんだ。今も背中にその時の感触が残っているそうだから、彼の不注意による過失ではない」


 本庄さんや諸星くんなど、無実の人たちがその時の様子を想像して深い溜息をつくのだった。


「ここで何か、おかしいって思いませんか?」


 最大の違和感である。


「ごめん、ちょっと解らない」


 無実の武藤さんが答えを促した。


「鎌田くんはスマホを耳に当てながら転落したのに、彼のスマホには傷が一つもついていなかったんです」


 病室で実物を見ている無実の蓮見さんが大きく頷いて納得してくれた。


「つまりどういうことかというと、鎌田くんが自分の物だと思っていたスマホの端末、それが彼の物ではなかったということなんです」


 無実の宍戸さんが何度も頷くのだった。


「特別棟の三階は、マンションならおよそ四階から五階に相当する高さがあります。そこからスマホを落として傷一つ付かないというのは考えられません」


 無実の美山さんの顔が不安げだ。


「落下して破損することを見越した犯人は、だからスマホを盗む必要があったのです。鎌田くんのカバンに自分のスマホを入れて、盗んだ蓮見さんのスマホから通話する。その時には電話帳登録も書き替えていて、着信が『美山さん』と表示されるようにしていたので、鎌田くんは他人のスマホだと気づくことなく、自分のスマホだと思って電話に出たというわけです」


 犯人は誰か?


「しかし、この事件はスマホの謎を解くだけでは犯人を見つけることはできません。なぜなら、すり替えたのはスマホだけではなく、通話相手も入れ替わっていたからなのです」


 無実の愛川さんが哀しい目をしていた。


「鎌田真澄を三階から突き落としたのは西村さん、あなたですね?」


 彼女だけが俯いたまま耐えているのだった。


「この事件は千葉くんや多田さんを知り尽くした者の犯行ではなく、鎌田真澄を知り尽くした幼馴染の犯行だったのです」


 その言葉もヒントだった。


「彼がスマホにロックしないことや、そのスマホを携行せずにカバンのポケットに放り込んでおくことや、美山さんの声と西村さんの声を判別できないことなど、すべてが犯行のトリックに使われたのです」


 お見舞いの時も間違えたが、あれが初めてではなく、日常的に間違えていたことを、彼女だけは知っていたわけだ。


 また、西村さんと同じOSのスマホだったので、すべて同じようにカスタマイズすることができたわけだ。


 同じOS使いで、事件後に新しいスマホに買い替えて、購入前と同じOSを継続使用しているのは彼女だけなので、西村さんが犯人だと確信した。


「壊れたスマホを買い替えても、蓮見さんが多田さんのスマホから転落直前に通話した記録は残っているので、鎌田真澄の証言と合わせれば充分に立証できる」


 ここで西村さんが小首を傾げる。


「じゃあ、鎌田くんが証言できなかったら立証できないんだ? そうだよね、失くしたスマホを見つけたから私のスマホに電話を掛けてみた、それだけのことなんだもん」


 ここで票が集まらずに指名を回避できれば夜の襲撃で逆転できるため、それを狙っているのだろう。ならば、切る札を使うしかない。


「次の投票で西村さんに投じてもらうために、ここで『村長』であることを公表します。つまり投票しなければ、彼女に全員殺されるということになる」


 そこで疑問を投げ掛けたのは武藤さんだ。


「でも、西村さんは怪文書で犯人だと名指しされてたよね? それが自作自演だったっていうこと?」


 諸星くんも懐疑的だ。


「それは有り得ないんだ。もしも千葉くんの後に追放されていたら、『村長』に助けてもらえない時点でゲームが終わっていたからね。『村長』が助ける判断をするかも分からずにリスクを冒すとは考えられないんだよ」


 それについては説明できる。


「みんなには黙っていたが、この人狼ゲームの特殊なルールは全て僕と西村さんで作ったんだ。『占い師』や『騎士』が存在しないのも、『村長』と『人狼』が戦う裏設定も、全て僕たちが互いに納得する形で始めたんだ」


 『村人』たちが静かに話を聞いてくれている。


「一回目の投票が終わった時点では、西村さんもリスクを冒すことはなかっただろう。しかし僕は二回目の投票が行われる前日の夜に『霊媒師』の能力を求めてしまったんだ」


 分からない人もいるので詳しく説明した方が良さそうだ。


「『霊媒師』とは追放した『生贄』の正体を暴く能力だ。それを求めてしまったということは相手に、この『村長』は手当たり次第に処刑する人ではないと思わせてしまうことになったんだ。全員を殺す気なら余計な能力は必要ないからね」


 『村長』が皆殺しタイプなら自作自演はしなかったということである。


「この特殊なルールを逆手に取ることができるのは『人狼』しかいないのだから、怪文書に名前が書かれた人物、つまり西村さんが犯人なんだ。二回目の投票で蓮見さんが選ばれたのは、通話記録の証拠を握っている彼女を消すのが目的だったのだろう、もちろん端末のデータは消去してるだろうけどね」


 異論がないということで、勝利を確信することができた。


「分からないな」


 問い掛けたのは、穏やかな顔をした瀬能くんだ。


「『村長』さんの行動がさっぱり理解できない。カミングアウトはリスクでしかないから、多田さんは間違いなく『人狼』なんだ。だったら追放しなければいけなかったんじゃないのか? 怪文書にしても多田さんが西村さんを陥れたかもしれないんだから」


 美山さんを疑っていたことは口にしたくなかった。


「それは動機だ。多田さんとは接点がなさすぎる。鎌田くんは地元の人だけど、この春から特進クラスに編入した人だ。それで一か月足らずで殺害計画を立てるなんて考えられないんだよ」


 これは本音だ。


「しかし動機なんて、いくらでも考えられるじゃないか」


 瀬能くんは納得していない様子だ。


「千葉くんにしても多田さんにしても、どちらも学力奨学生Sのラインに届いていないわけだから、学力優秀な鎌田くんを始末しようとしたとも考えられるからね」


「違う!」


 大きな声を出したのは多田さんだ。


「私は写真を、あっ」


 そこで慌てて口を手で隠すが、すぐに観念する。


「誤解だったの。『パパ活してることをバラされたくなかったら命令に従え』って脅迫を受けたけど、本当に、会ってゴハンを一緒に食べてあげただけだから、パパ活じゃないの!」


 それが売春かどうか分からないけど、特進クラスはアルバイト禁止なので普通にアウトだ。


「私のことを信じてくれてありがとうございました。これからは約束通り、『村長』様の言うことを何でもききます」


 『村長』は『教祖』にも成り得る危険な役職なのかもしれない。


「処刑されるような罪ではなかった、ただそれだけだ。千葉くんにも申し訳ないことをした」


 これで僕の仕事は終わったので自分の席に戻った。


「動機だけど、私も謝らなければならないことがある」


 武藤さんによる懺悔だ。


「私はユウナ、ああ、美山さんから鎌田くんとの関係を詳しく聞いていた。だから悪いけど、愛川さんとの関係は終わったと聞かされていたし、だけど付き合ってるって言うから、ずっと愛川さんが犯人だと思ってた。ごめんなさい」


 そこで頭を下げるのだった。


「あれは嘘」


 愛川さんが申し訳なさそうな顔で弁明する。


「ゲームが始まった時、むかし付き合っていた私が絶対に疑われると思って、それで今も好意を持っていれば、殺すような真似はしないって思ってくれるんじゃないかと思って、それで嘘をついてました。でも混乱させるだけでしたね、ごめんなさい」


 人狼ゲームではフェイク・カミングアウトでチームの足を引っ張る人がいるけど、そういうタイプかもしれない。


「じゃあ、西村さんの動機は何?」


 諸星くんだけではなく、僕にもさっぱり分からなかった。


「私たちを危険なゲームに巻き込んだ以上、あなたはそれを告白する義務がある」


 武藤さんによる審判だった。


「理由は知ってるでしょう?」


 西村さんによる質問返しだ。


「お見舞いの時も、みんなで私のことをバカにしてた」


 その場に僕もいた。


「幼稚園の時、鎌田くんと結婚の約束をした。それをあの男は守ってくれなかった」


 四歳とか、五歳の頃の話だ。


「それでも今までは許すことができた。だけど一緒のクラスになって、私の目の前で嫌がらせをするから、これ以上苦しまないためにも、殺すしかないと思った」


 美山さんとの交際をハラスメントとして受け取られたようである。彼女の中では、僕の方が村から追い出すべき『人狼』に見えていたのかもしれない。



 その後、最後の投票が行われたが、満場一致で西村さんの追放が決まった。いや、正確には十八票であった。


 事実上、『村人』チームが勝利したということで、白狼男がスクリーンからいなくなる前に相談することにした。


「『村長』として西村さんを追放することは決めているが、夜のターンが始まる前に彼女が警察に自首するならば処刑を止めてもらいたい」


 そこで白狼男がスクリーンから飛び出してくるのだった。悲鳴と共に男子も女子も壁際に逃げて行った。唯一、僕と西村さんだけが平然と椅子に座っているのだった。


「おいっ、どういうことだ?」

「説明した通りだ」

「自首なんてルールにないぞ?」


 これは彼女に対する、せめてもの罪滅ぼしだ。


「ルールにはないけど、この人狼ゲームはリアリティじゃなく、リアルを目指して始めたんだ。ならば現実世界に存在する自首を取り入れないわけにはいかないだろう? 僕の言葉に間違いはあるか?」


 すると白狼男が悔しそうに身もだえるのだった。そこで戸口から黒狼男が現れて仲間を落ち着かせるのである。


「なぁ、兄弟、もういいじゃねぇか。コイツのことはほっといて、新しい現場に向かおうぜ」


 白狼男が我に返る。


「新しい現場?」

「おうよ」

「なんだそれ?」

「Bow」


 黒狼男が楽しそうに説明する。


「悪いことして、のうのうと生きてる奴らがいるんだよ。そいつらを一か所に集めてよ、全員で人狼ゲームをやらせようと思うんだよ。賞金は百億だ。面白くなるぜ」


 そう言って、キャッキャッしながら廊下に消えるのだった。

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