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第29話 六回目の猶予期間

 犯人である『人狼モドキ』が夜の襲撃を出席番号順でローラー作戦を行うなら、残りの命は二週間を切った計算となる。しかし裏を返せば、次回の襲撃は回避できるということなので、ひとまずは安心することができた。


 しかし残り二回しか猶予のない投票で、岸くんを選んで無駄にしてしまったため、次の土曜日までに犯人検挙に繋がる確実な証拠を見つけ出さなければならなくなってしまった。


 そこで事件を解明すべく、違和感の正体を突き止めるために、早上がりの金曜日の放課後を利用して、もう一度だけ鎌田真澄のスマホを調べてみようと思った。


 三回目のお見舞いだが、僕一人で行くのは初めてだった。しかし母親が治療に協力的なクラスメイトを歓迎していることを知っているので、図太く堂々と会いに行くことにした。



「あら、風野くんまで」


 病室を訪れると、いつものように母親が僕の肉体をケアしていたのだが、驚いたのは先客があったことだ。


「一緒に来たんじゃないよね?」

「はい、別々です」

「そうだよね、バス一本分違うもんね」


 その先客とはアイドル系の美山さんだった。彼女もベッドの横の椅子に座りながら僕の肉体をケアしているのだった。


「指先を刺激するのがいいって言うので、手伝ってくれて本当に助かってるの」

「あっ、じゃあ、代わりますよ」

「ほんと、それならお願いする」


 そう言って席を譲られたが、母親も医学の心得があるので、こういうところでの遠慮は良くないと知っている人だから、僕も積極的に願い出たわけだ。


「風野くんのお見舞いは嬉しいし、美山さんに対しては感謝しても感謝しきれないほどのことをしてくれたと思ってる。だけど私からお礼の言葉を口にするのは止めておく」


 母親が腕を組んで、ベッドで横たわる僕を見下ろしている状態だ。


「それは真澄が直接お礼を言わないといけないことだと思ってるから。これ以上は担当の先生に怒られるから止めておくけど、美山さんや愛川さんに謝るためにも目を覚まさないとダメだと思うの」


 遷延性意識障害を持つ障害者の前ではネガティブな発言は禁止だ。それをケア・スタッフに注意されているのだろう。


 それはいいとして、美山さんが母親にどのような恋愛相談をしたのか気になった。いや、それよりも引っ掛かる言葉があった。


「あの、『美山さんに対して感謝しても感謝しきれない』とは、一体どういうことなのですか?」


 母親が驚いた顔を見せる。


「あれ? 知らないの?」


 そこで美山さんの方を見る。


「ああ、それは風野くんが転校生で、だから事故のことはあんまり知らないのだと思います」


 他のクラスメイトは情報を共有していても、僕だけ知らないことがあるのかもしれない。


「美山さんが真澄を発見して救急車を呼んでくれたの」


 彼女が第一発見者?


「少しでも通報が遅れていたら助かってなかったと思う。だけど、それも真澄に直接お礼を言わせないとね」


 違和感の一つが解明された。友達の近江谷くんと一緒に現場検証を行ったが、目撃者がいない人気ひとけのない場所で、どうやって発見されたのかと、それが奇妙な違和感としてあったのだ。


 美山さんは犯人じゃない。


 これは計画犯罪であり、わざわざ人目のつかない場所を選んで犯行に及んでいることから、明確な殺意があるので、犯人が自ら進んで怪しまれる第一発見者を装うことなど有り得ないからだ。


 ここにきて事件が根底からひっくり返った。


 人間の記憶とは曖昧で、思い出した記憶も事実とは限らないわけで、つくづく思い込みによる犯罪者認定は危険だと思った。



「美山さん!」


 門限があるからと一足先に辞去した彼女を追い掛けて、ケア・センターの敷地からバス停に向かう歩道を歩いている背中に声を掛けた。


 電車が通っていない郊外の森林地帯で、見舞客は自家用車で訪れる人がほとんどなので、バス待ちしているのは僕たち二人しかいなかった。


「ごめん、どうしても事件の話が聞きたくて追い掛けてきた」


 待合所にはベンチがあったけど、それには座らず立ったまま十分後に到着するバスを待つようである。彼女が美しいのは、こういった小さな努力の積み重ねでもあるわけだ。


「美山さんが第一発見者だったとは知らなかった」


 何か言葉を返してくれると思ったが、口を開こうとしなかった。そこで今度は質問することにした。


「もし良かったら、発見時の状況を教えてくれないだろうか?」

「動かしたら危険だと思って、救急車が来るまで、ずっと、そばにいた」


 断片的すぎるので、こちらから細かく尋ねることにした。


「多田さんのスマホを捜してたんだよね?」

「うん」


 焦ってはいけない。


「それで特別棟の方に捜しに行ったんだ?」


 それには首を振るのだった。


「一人でスマホを捜している時に、自転車置き場に鎌田くんの自転車があるのを見つけて、『家族との約束があるから早く帰る』って言ってたのに、それでおかしいなって思って、それから鎌田くんを捜すために特別棟の方に行って、そしたら……」


 あの日はゴールデンウィーク中の土曜日で、父親と釣りに行く予定で、釣り場に前乗りするため早く帰る約束をしていた。


「見つけた時は転落した後だったわけだ?」


 コクリと頷いた。


「誰か見掛けなかった? 気配とか?」


 首を横に振った。


「現場の状況で憶えていることは?」


 喋らせる質問に切り替えた。


「見つけた時に、すぐに足が骨折しているって分かって、それで特別棟の上を見ると、窓が開いていて、それから救急車を呼んで、それから武藤さんに電話して、事情を説明して、先生方を呼んできてもらって、それから職員室で説明して」


 頑張って思い出してくれている姿に胸が締め付けられる思いがした。それでも、もっと詳しく尋ねなければならない。


「転落現場だけど、何かなかった? これは犯人が存在する事件なんだ。その犯人が落下地点を訪れていても不思議じゃない。何か落ちていなかったかな?」


 重要な質問だと察してくれたのか、すごく時間を掛けて思い出そうとしてくれている。


「何もなかった」


 その答えを聞いた瞬間、すべての謎が解けた。


「力になれなくて、ごめんなさい」

「なんも」


 これで事件は解決だ。


「ところで愛川さんのことだけど、どう思ってる?」


 予想外の質問だったのか、そこで初めて僕の目を見て、驚いた表情を見せるのだった。


「これは事件を調べると、どうしても動機の壁にぶつかって、申し訳ないとは思うけど、知っておきたくて質問した。確か、鎌田くんと愛川さんが付き合っていることに驚いていたから」


 そう言うと、首を何度も横に振るのだった。


「知らなくて驚いたんじゃなくて、知ってたから驚いたんです。鎌田くんは全部正直に話してくれていたので。付き合っていたことも、自然消滅したことも、今は気持ちがないことも、全部話してくれていたんです。だから愛川さんがまだ付き合っているって思ってることに驚いて……」


 あれは僕と同じ驚きだったわけだ。


「だけど私は愛川さんに対して何も思いません。すれ違っているのは私じゃなくて、鎌田くんと愛川さんなので。だから愛川さんの気持ちを否定も肯定もしないんです。これは二人の問題なので」


 すごく大人に見える。


「鎌田くん──」


 僕のことを好きか聞こうとしたけど、それは余りにも卑怯なので止めておいた。


「目覚めるといいね」

「必ず目を覚まします」


 そこで「もう一度だけ鎌田くんの様子を見る」と言って別れた。理由は美山さんと一緒にいる風野我路に嫉妬したからだ。


 その時、目覚めは近いと思った。

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