第28話 六回目の投票
土曜日の朝、教室に行くと先週と同じようにグラビア系の多田さんが教壇に立って『村長』に感謝を述べたが、この日は誰も反応しなかった。
多くの人が関心を持っていたのは彼女ではなく、教壇の前の席に座る元イジメられっ子の瀬能くんであった。
僕も彼の様子を見ていたが、一言も喋ろうとせず、すぐに朝自習を始めたので、何を考えているのか分からなかった。
午後からディスカッション・ルームに移動して、いつものように円になって座ったが、ここでも瀬能くんは口を開こうとしないのだった。もう、なんだか、すっかり、諦めたかのような顔をしていた。
プロジェクターが作動して、白狼男が話し合いを促すも、この日は議長を務めてきた知的メガネの武藤さんも口を開こうとしないのだった。
「『人狼』は日比谷くんを襲撃したのかどうか」
呟いたのは孤高の諸星くんだが、それも以前のように立ち上がって話すわけではなく、取り敢えず議論のキッカケを作った感じだ。
「襲撃したとしたら日比谷くんは偽者で、襲撃しなかったとしたら今回は別の人を襲撃して外したということになる」
そこでお調子者の日比谷くんが手を上げる。
「ごめん、俺『村長』じゃない」
「それ、言わない方がいいんだけどね」
ツッコんだのは武藤さんだが、言葉に元気がなかった。
「嘘なら最後まで吐き通した方がよかったな」
ムードメーカーの岸くんだが、彼ですら表情が死んでいるので、みんな疲労の極致にあるのかもしれない。
ここで僕だけ元気いっぱいに振る舞うのは不自然なので、みんなに合わせて床の一点をじっと見つめることにした。
「『村長』は何を考えてるのかな」
妹系の古橋さんの疑問だ。
「だって私は犯人じゃないもん」
多田さんが訴えるが、古橋さんは取り合わなかった。その代わりに反応したのが諸星くんだ。
「命を狙われている『村長』は多田さんに質問したくてもできないんだ。だとしたら『村長』が何を知りたいのか、俺たちが代わりに聞き出さなければならないんだ」
彼も精神的に参っているはずだが、それでも諦めないところに探偵としての資質が備わっているように感じられた。
「仲良くしてたから言おうか迷ってたけど」
前置きを入れたのはモデル系の本庄さんだ。
「『村長』は多田さんを助けたけど、私は彼女を警察に突き出してもいいと思ってるんだよね。狼男から罰を受けるかもしれないけど、それでもいいと思ってる」
彼女も限界なのだろう。
「警察への通報はできなかった」
武藤さんによる体験談だ。
「いま、どっちの勝利を願ってる?」
本庄さんが多田さんに尋ねた。
「『村人』チームだよ」
「だったら全部話してよ」
「何を?」
「事件のこと」
「もう全部話したよ」
「私は聞いてない」
僕も聞いた憶えがなかった。
「犯人じゃないなら、その犯人とのやり取りを全部説明して。それを隠してどっちが勝ってもいいように保険を掛けてるから疑ってんの」
優しい二人の探偵よりも、性格がキツイ本庄さんの方が刑事事件の捜査には向いているのかもしれない。そんな彼女に気圧されてか、多田さんがポツポツと語り始める。
「脅迫を受けたのも、事件当日の指示も、紙だったから犯人は知らないよ。それが下駄箱の靴の中だったり、カバンの中だったり、いつの間にか入れられてたんだもん。だから分からない……、あっ」
そこで何かを思い出したようだ。
「その紙だけど、もう手元には残ってない。だけど、人狼ゲームの最中に送られた紙、『西村さんが犯人だ』って書かれた怪文書、あれと一緒だった。紙のサイズとか、定規を使って書いたような角ばった字とか」
それは彼女しか知り得ない重要な暴露だ。犯人、もしくは『人狼』チームのスパイならば黙っていた方が無難な情報である。
「ここで話題になった時、どうして私じゃなくて西村さんなんだろうって思ったんだ。それは私を助けてくれるためだと思って、それで正体がバレるまで黙っていました」
実際に探偵の諸星くんが謎を解くまで彼女はノーマークだった。
「でも、私を救うために自首をしてくれるような犯人ではなかったので、もう『人狼』チームに協力することはありません。『村長』様のおかげで更生できたので、これからは『村人』の一員としてチームのために頑張ります」
正直、民意に押されて彼女を処刑するところだったが、追放しなくて良かったと思った。
考えてみると、その民意というのも瀬能くん一人だったように思う。大きな声の人を民意だと錯覚してしまったわけである。
「はい」
そこで律儀に手を上げて発言を求めたのはその瀬能くんだった。議長の武藤さんに許可を得てから座ったまま口を開くのだった。
「このままでは埒が明かないので、人狼ゲームを表の設定に戻して、誰が誰に投票したのか判るように、すべてオープンにした方がいいと思う」
彼にしかできない大胆な提案だ。
「誰かを指名するということは、現時点で最も疑わしき犯人だと思っているわけだから、その理由を説明してもらおう。自分に投票できるシステムだけど、今回はそれを禁止する」
教室内がギスギスしてでも犯人捜しをしなければならないわけで、これはファイン・プレイだ。
このクラスの中で瀬能くんが最も精神的にマッチョなのかもしれない。命が懸かっている、とリアルに受け止めることができているからだ。
他の人は夢の中にいて、いつか覚めるのではないかと、いつまでも受け身の姿勢であり続けるのである。夢から覚めた時には死んでいるというのに。
「いつも出席番号が一番からでは不公平なので僕から発表するよ」
言い出しっぺの瀬能くんが先陣を切る。
「千葉くんと多田さんの弱みを握れる人間って限られているんだ。同じ中学出身で、犯行時に学校にいた人。その中で鎌田くんを殺したいほど憎んでいるのは、美山さんの盗撮画像を集めている岸くん、君だね?」
暴露されたムードメーカーの岸くんが反論せずに、顔を真っ赤にして俯くのだった。
「僕ね、知ってたんだよ。ウチの近くで君を見掛けたことがあって、何してるんだろうと思ってたら、美山さんの家の周りをウロウロしていた。中学の時に美山さんの自転車のサドルが盗まれたことがあったけど、あれ盗んだの君だろう?」
性格が明るくて、顔も悪くないのに、そんな男が女子に対して怖がらせるようなことをするとは思わなかった。
おそらくだけど、自分が女子に恐怖を与える存在だと自覚していないのかもしれない。
「多田さんの自作自演だと思ってたけど、そうじゃないなら、岸くん、君が犯人だ」
「違う!」
そこはハッキリと否定するのだった。ということは、ストーカーに関しては認めたということか。
「君が容疑を否認しようが、僕は君に投票するだけだ」
瀬能くんの提案は有り難かったが、彼には一つだけ致命的な欠点があったようだ。それは推理力の欠如である。
ここで話し合わなければならないのは僕の転落事件であって、美山さんに対するストーカー事件ではないのだ。
彼が最初に岸くんを指名したことで、それ以降、全員が岸くんを指名することになってしまった。
探偵の武藤さんや諸星くんですら流れには逆らえず、岸くんへの投票に賛意を示し、それを見て瀬能くんが満足そうな表情を浮かべるという、絶望的な状況になってしまった。
そういう僕も異なる人を指名するのは不自然なので、怪しまれないように同調したので人のことは言えないけど。
結局、その日の投票で岸くんが選ばれてしまったのだった。