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第26話 五回目の投票

 土曜日の朝、いつものように朝自習が始まるギリギリの時間を狙って登校したのだが、グラビア系の多田さんの姿がないということで教室内がざわざわしていた。


 僕は彼女が無事なのは知っているけど、生存の事実を把握しているのは不自然なので、不可解なことが起きたと、そのように見える演技をした。


 これまで『村長』の正体が見破られなかったのは、こういう時に犯人捜しをせずに、しっかりと『村人』に化けているからだ。


「多田さん、来たよ」


 廊下に出ていた目立ちたがりの勅使河原くんが教室に戻ってきて報告した。


「間違いない、生きてる」


 それを聞いたクラスメイトの反応は微妙だった。大人しい蓮見さんの生存が確認された時とは明らかに違うのである。


「おはようございます」


 『人狼』の多田さんが教壇に立ってニコやかに挨拶をした。


「『村長』様、助けて頂き、本当にありがとうございました。男か女か分かりませんが、『村人』チームが勝利した場合は、必ず約束を果たしたいと思います」


 そこでぺこっと頭を下げるのだった。


「どういうこと?」


 疑問を呈したのは妹系の古橋さんだった。しかし非難の目を向けたのは教壇に立つ多田さんへではなく、前の席に座っているお調子者の日比谷くんに対してだった。


「ねぇ、なんで?」


 古橋さんが執拗に詰めるも、日比谷くんは俯いたまま答えないのだった。


「どうして『人狼』なのに助けたの?」

「ケイちゃん、どういうこと?」


 知的メガネの武藤さんが、古橋さんを下の名前で読んで尋ねた。


「日比谷くんが『村長』なの。それで多田さんを助けたということは、誘惑に逆らえなかったんだと思う」


 教室中が静まり返った。


「ケイちゃん、ソレ、言ったらダメなヤツ」


 日比谷くんによる成りすましはファインプレイなのだが、古橋さんの暴露はミスなので喜ばないように心掛けた。


「今日の投票でゲームを終わらすことができなければ、私たち一週間後に死ぬよ?」


 武藤さんの後ろの席に座る孤高の諸星くんが二人の会話に割って入る。


「ちょっと待って。俺たちが死ぬのは日比谷くんが本当のことを言ってたらの話だ。ただの自称ならば死ぬことはない。といっても、嘘であることを願うしかないけど」


 そこで元イジメられっ子の瀬能くんが立ち上がった。


「教室の隅で話をするのは止めてくれないか? 勝手に喋って、勝手にゲームを終わらせて、君たちがやったことは万死に値するよ」


 「万死に値する」は「死ね」と同じ意味なのでリアルでは使ってはいけない言葉だが、殺人ゲームの真っ最中なので口をついて出たのだろう。


「今後どうするかは話し合って決めるけど、ゲームに関係のない『村人』は、もう喋らないでほしい」


 ゲームに関係のない『村人』に瀬能くん自身も含まれているのか気になるところだが、こうして殺伐とした状態のまま、午後の追放会議を迎えたのだった。



 いつものようにディスカッション・ルームで円になって座っているが、いつもと違って会議を進めたのは瀬能くんだった。


「問題を整理しよう」


 そこで瀬能くんが立ち上がって円の中心に向かうのだが、明らかに探偵の諸星くんを意識して真似た立ち居振る舞いなので、思わず笑いそうになってしまった。


「まずは古橋さん、今朝の発言、つまり日比谷くんが『村長』であることを知った経緯を聞かせてください」


 彼の進行の仕方は会議というより裁判だ。


「本人から直接聞きました」


 それから古橋さんは説明を続けたが、僕が踊り場で耳にしたことを、そのまま伝えたのだった。


「古橋さんの話に間違いはありませんか?」

「間違いありません」


 今さら事の重大さを思い知ったのか、お調子者の日比谷くんが素直に証言するのだった。


「つまり明日二人きりで会う約束を取り付けるために秘密を暴露したわけだ」

「いや、それは曲解です」

「何が違うんですか?」


 問われた日比谷くんが被告人のように見える。


「それは『村長』とか関係なく、『村人』だとしても、いつ死ぬか分からないので誘おうと思ってました」


 この期に及んでスケベ心を認めないところが、男の悲しいさがなのかもしれない。


「まぁ、いいですよ、そんなことはどうでもいいので」


 そう言って、瀬能くんは手を後ろで組んで円の中を歩き始めるのだが、それが全然カッコよくなかった。背中を丸めているので爺さんの散歩にしか見えなかった。


「日比谷くんは」


 そこでもったいぶるが、早くしてほしかった。


「本物の『村長』じゃない、違いますか?」


 そこで人差し指を口に当てて小さく「You don't have to reply.」(返事はいらない)と言うが、それも全然カッコよくなかった。


「答えることはありませんよ、もう、判ってるので。日比谷くんが本物の『村長』なら多田さんを助けることはなかった。その方が古橋さんを騙し続けることができるんだから当然ですよね」


 日比谷くんは反論しなかった。


「『人狼』であることを自白した千葉くんに罰を与えた前例を知りつつ、それでもデートの誘いを受けたのだから、多田さんに罰を与えたところで古橋さんの態度が変わることはなかった。それなのに罰しなかったということは、君にそんな力はないからだ、違いますか?」


 ここでの沈黙は暗に認めたのと変わらない。


「ただね、僕は最初に言った通り、君が本物の『村長』かどうかなんて関係ないと思っている。意味のないフェイク・カミングアウトだから褒めはしないけど、非難するつもりもないんだ。だって、全ての元凶は多田さんにあるんだから」


 気持ち良さそうに演説しており、誰も横から口を挟む者はいないが、それは全員が彼のことを無視しているわけではなく、今朝、彼自身が『村人』に対して「喋らないで」と要請したからなのだが、そのことに瀬能くんは気が付いているのだろうか?


「元はと言えば、多田さんが『村人』をたぶらかしたから、古橋さんが邪推して、日比谷くんが淫蕩いんとうに溺れたと思ったわけだ。彼女がふしだらなことを言い出さなければ秘密の暴露なんかなかったんだからね!」


 追放会議というよりも魔女裁判だ。


「ただし元凶は多田さんでも、責任を取るべきは彼女じゃないと思っている。一番悪いのは『村長』だよ。こうして揉めているのは『村長』の判断ミスが招いた原因なんだからね」


 とうとう魔女裁判の被告席に『村長』を立たせてしまった。


 彼のようなトップに責任を求めるタイプの人は、犯人を見つけることが唯一の解決策なのに、事件そっちのけでリーダー降ろしに血眼になるから性質が悪い。


「今回はもう一度だけ多田さんに投票するというのはどうだろう?」

「え? なに言ってるの?」


 これには流石に多田さんも黙っていなかった。

 しかし聞く耳を持たないのが瀬能くんである。


「聞いてほしい。この人狼ゲームの裏設定は裁判と同じなんだよ。一回目の投票が地方裁判所の決定で、それを受けて『村長』が判断するのは高等裁判所の決定なんだ。それが不服ならばもう一度投票すればいい。なぜなら、それこそが最高裁判所の決定に相当するんだからね」


 ルールを独自に解釈するのも現実世界で多く見られることだが、このゲームでは僕に決定権があるので、どれだけ訴えても無駄である。


「『村長』は最高裁の判決を順守せねばならない」


 こんな意味のない説得に誰が応じるだろうと思ったが、その後の投票で多田さんが十票も獲得して再選したのだった。

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