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第24話 四回目の猶予期間

 家に帰ってから、いつものようにリビングのキッチンテーブルの上にノートパソコンを開いて追放会議で得られた情報を整理しようと思ったけど、三匹の『人狼』を見つけたのでキーボードを叩く必要がなくなった。


 残された問題はただ一つ、どうやって美山さんに票を集めるか?


 それには動かぬ証拠が必要で、それが僕のスマホに残っていると思ったけど、探偵が調べたのに記録が無かったということで、それで途方に暮れているというわけである。


 考えられるとしたら?


 やはり背中を押した犯人、つまり美山さんが転落直後に僕のスマホを操作して着信履歴を消したと、それ以外には考えられなかった。


 警察が預かったといっても、事件性がなければ通話履歴までは調べないだろうし、高校生の飛び降りなら、初動の段階から自殺と断定して捜査を行っても不思議じゃない。


 しかし、そんな杜撰ずさんな捜査をするだろうか?


 いや、どんなに疑問を呈しても自殺による転落事故と処理された現実があるのだから否定しても仕方がない。


 それよりも美山さんを追い詰める方法だ。


 人狼ゲームの最大の難関は、いくら僕一人が『人狼』の正体を見破ったとしても、仲間が票を投じてくれないことには勝つことができないところである。


 それがゲームの醍醐味でもあるが、それはあくまで遊びだから勝負を仕掛けられるのであって、命のやり取りをしていれば話は別だ。


 先週までのまとめは、こんなところだ。



 今週はどうしてもやりたいことがある。


 頑張っている孤高の諸星くんを疑うわけではないが、どうしてもスマホに関しては自分の目で確かめてみないことには納得できないので、もう一度だけ僕のお見舞いに行く必要があった。


 そこで友達の近江谷くんと一緒に行くことを思いついて、学校が終わって校門を出たところで声を掛けてみた。


「前に話したことだけど」


 東京出身者のように喋らなければいけない。


「鎌田くんのお見舞いに行ってすごく良かったと思ったんだ。余計なお世話かもしれないけど、行くなら後悔しないように早い方がいいと思って声を掛けてみた」


 返事はないけど、真剣に考えている様子なので悪くない反応だ。


「遷延性意識障害というのは、親しい人が話し掛けてあげるのも効果的な治療法の一つだと言っていた。だったら他の人よりも近江谷くんが会いに行った方がいいと思ってさ」


 そこですごく晴れやかな顔になったが、これこそが医学の道を志す人が持っている表情なのだ。元来、医学部志望は気持ちのいい人が多い。


「そうだった、僕の問題じゃなかった。鎌田くんの力になる、それだけだったんだよね」


 頭の回転が早い人は心の切り替えも早い。


「一緒に行く?」

「うん、一緒に行こう」

「それは良かった」

「誘ってくれてありがとう」


 S組の生徒は、本来こういう人たちなのだ。


 人狼ゲームによって本性が暴かれたなどと思ってはいけない。戦争ではなく、死神と対話させられていることを忘れてはいけないからだ。


 僕に与えられた『村長』の力は人間業ではないし、『人狼』が持つ力も死神から借りた能力だ。


 『村人』にしても、その村は人間界には存在せず、死神が作り出した世界に強制移住させられたわけで、その時点で浮世離れしているのである。


 グラビア系の多田さんだって、死神によって『人狼』にさせられたのであって、本性を現したわけではない。


 元イジメられっ子の瀬能くんはどうだろう? 心に秘めてあった第三の人格が顕在化したように見えたが、それらも全て人狼ゲームによる産物かもしれないわけだ。


 そういえば地味な剣崎さんが言っていた。「独裁者は『村長』ではなく、ゲーム・マスターだ」と。


 人類の長い歴史を学べば、独裁政治にも善政を見つけるのは可能だ。しかし『村人』同士で殺し合いをさせるのは悪政でしかない。


 現に、村の住人を争わせて喜んでいるのがゲーム・マスターだからだ。だったら怒りの矛を向けるべきは悪政を敷く独裁者じゃなければならない。


 『村長』も村の住人なのだから『村人』に悪感情を抱くことなく、共に力を合わせて生きていかなければならないのだ。


 『村長』に課せられた仕事というのは、理不尽にも悪政を敷く独裁者に対して、『村人』同士が協力するよう一つにまとめることではなかろうか。


 ゲーム・マスターと一緒になって『村人』同士の争いを喜ぶようになったらお終いだ。


 美山さん……。


 そこで不意に彼女のことを思い出して、思考が途切れてしまった。気が付くと、既に一人になって電車に乗っていたのだった。



 特に事件捜査に進展はなく、お見舞いに行く約束をしていた金曜日を迎えた。それでもバスでの移動中は近江谷くんと二人きりなので、会話は自ずと人狼ゲームの話になった。


「それにしても転校早々災難だったね」

「うん、確かに」


 乗客は五、六人ほどなので後部座席で並んで座ることができた。


「新しい生活に慣れるだけでも大変なのに」

「解ってくれる人がいるだけでも有り難いよ」


 嘘がつらい。


「それよりも事件解決に協力できなくて、それが悔しくて」

「転校生なんだから仕方ないよ」


 いい機会なので質問することにした。


「鎌田くんって誰かに恨まれるような人だったの?」

「そりゃ、恨まれるよ」


 え?


「誰に?」

「男子全員に」


 え? 全員に?


「どういうこと?」

「美山さんと仲良くしてたから」


 あっ!


「美山さん……」

「みんなの憧れだからね」


 そこで慌てて否定する。


「いや、だからって僕が背中を押したわけじゃないよ? それは絶対に許されない行為だ。でも、中学の頃から美山さんがストーカー行為に悩まされていたのは有名な話だし、おかしな野郎に逆恨みされても驚かないんだ」




 僕は何か大きな思い違いをしているのではないだろうか?




「正直、僕も鎌田くんには嫉妬してた。美山さんとは小学生の頃から一緒で、僕の方が美山さんのことを知ってるのに、それでも彼女が好きになったのは鎌田くんで、どうしてなんだって」


 近江谷くんにとっての初恋の人だったようだ。


「あっ、でも全員っていうのは言い過ぎた。委員長のように一緒のクラスになっても他の人を好きになる男子もいるもんね。それに今は女子だって好きになる人がいるかもしれないし」


 美山さんは本当に犯人なのか?


「ちなみに美山さんと同じ中学出身の人って、近江谷くんの他にもクラスにいる?」


 即答せず、ゆっくり思い出す。


「岸くん、瀬能くん、千葉くん、勅使河原くん、日比谷くん、宍戸さん、多田さん、武藤さん、本人や僕も含めると十人かな」


 そこで不安そうに尋ねる。


「もしかして、その中に犯人がいるって疑ってる?」

「ごめん、動機が分からなくて」


 友達は意外にも冷静だった。


「そうだよね、『人狼』の二人が同じ中学出身なんだもん。三人目も同じだと思っても仕方がないよ。多田さんは脅迫されてるって言ってたけど、本当はグルかもしれないからね」


 美山さんのストーカー被害を知りつつ、犯行の動機を持つのは愛川さんしかいないと言っていた人がいた。あれは誰だったろうか? 思い出せないまま目的地に到着した。



「失礼します」


 病室を訪れると、この日も母親が僕の身体をさすって優しく声を掛けていた。その瞬間を目にして泣きそうになったが、なんとか我慢した。


「あら、先週の」


 そこで近江谷くんが自己紹介して、学校で親しくさせてもらったお礼を言い、お見舞いに遅れたことをお詫びして、母親の世間話に付き合ってあげるのだった。


 僕の目的はスマホを確認することだけなので、音楽療法の話になるまで待って、話題になった一瞬を見逃さず、そこで話に割って入った。


「鎌田くんがどういう音楽を聴いているのか見せてもらってもいいですか?」

「どうぞどうぞ」


 母親のこういうところが苦手だったが、こんなところでその性格が捜査のプラスになるとは思いもしなかった。


「では、失礼します」


 サイドテーブルから拾い上げたが、懐かしの感触に危うく感動するところだった。


 すぐに頭を切り替えて中身を調べてみたが、何もかもが諸星くんの言っていた通りであった。


 それでも二人が会話中であっても、ガッカリした顔を見せるわけにもいかないので、平常を装ってスマホを戻した。


 結局、収穫を得られないまま帰路に着いたが、心のどこかでモヤモヤした違和感があった。


 それが何か分からないのである。記憶もあやふやで、違和感の正体も掴めず、この日はダメな一日となった。

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