第22話 四回目の追放会議
土曜日の朝、教室に行くと既に全員登校していたが、予想通り元イジメられっ子の瀬能くんがキレ散らかしていた。
「おい、『村長』! お前ぶっ殺すぞ?」
僕が言われたわけじゃなく、周りの人に対して見境なく言い放っている状態だ。
「なんで愛川が無事なんだよ?」
彼女は自分の席でじっと耐えている状態だ。
「『村長』、お前、頭おかしいだろ」
己の姿を見せてやりたい。
「このゲームには『騎士』も『占い師』もいないんだから『村人』だとしても減ったって構わないんだよ」
キレながらも頭は回っているようだ。
「確率を考えろ、確率をよ! 『人狼』チームは一回ごとに成功率が上がっていくのに、『村長』が保留を繰り返してたら、こっちの的中率はいつまで経ってもゼロのままなんだよ」
そこで瀬能くんに話し掛けに行く勇気ある人がいた。こういう時にクラスを落ち着かせてくれるのがムードメーカーの岸くんである。
「その話はみんな一度聞いてるから『村長』も理解している。その上で今回は犠牲にしないと決めたんだと思うよ」
瀬能くんがキッと睨む。
「君が『人狼』じゃないだろうね?」
口調が変わったけど、こっちの方が怖かった。
「俺は違うよ」
「じゃあ『村長』かな?」
「『村長』捜しをしてどうすんの?」
岸くんが冷静に続ける。
「思い出してみて。『村長』は何もしてこなかったわけじゃない。その証拠に一回目の投票で選ばれた千葉くんを救わなかったじゃないか。でも、それだと事件解決に必要な供述まで失われるから、そこで方針を変えたんだよ」
なんか暗に責められてる気分になる。
「俺も『村長』の判断はどうかと思ってる」
そこで口を挟んできたのが目立ちたがりの勅使河原くんである。
「ただし瀬能くんの意見とは違って、どうして千葉くんを留保しなかったんだろうって、そこが納得できないんだ。千葉くんは自ら『人狼』だと告白したのだから、リーダーってことはないだろう? だったら生かして供述させなければならなかったんだ」
やっぱり『村長』に不満があるようだ。そこで会話に割って入ってきたのがお調子者の日比谷くんだった。
「『村長』の判断としては仕方がなかったと思うよ。結果的に千葉くんはリーダーじゃなかったっていうだけで、リーダーと思わせないための演技だったかもしれないし、一回目の判断としては止むを得なかったと評価すべきだと思う」
それに同調したのが妹系の古橋さんだ。
「最初から正しい判断をするのは難しいと思うから『村長』を責めない方がいいと思う」
嬉しいけど、媚びを売っているようにしか見えなかった。
「取り敢えず今は自習に集中して、話し合いは午後にしよう」
そこでリーダーシップを発揮したのは知的メガネの武藤さんだった。こういう時、いつもなら委員長の小石川くんが声を上げるのだが、人狼ゲームが始まってから完全に立場が入れ替わってしまった。
午後からディスカッション・ルームに移動して、いつものように円形に椅子を並べて出席番号順に座った。
そして、いつものようにプロジェクターが勝手に作動して白狼男が現れたけど、目につく反応を示す人は皆無だった。超常現象も常態化すれば日常の一部になってしまうということだ。
「今日は諸君らに話し合ってもらう前に、先に片付けてもらいたい問題がある。それが『村長』のリコール問題だ」
聞いていない。
「見ての通り、これまで三回の投票が行われたが、『生贄』となったのは十一番ただ一人だ。諸君らの中には不満を持つ者もいるし、だったらそれも諸君らで決めたらどうかと思ってな」
今さらそれはない。
「ちょっくら話し合ってみてくれねぇか? まずは九番、何か言いたいことがあるんだろう?」
元イジメられっ子の瀬能くんだ。
「これはチャンスです。通常、人狼ゲームでは途中で役職が変わることなど有り得ないので、この与えられた機会を逃すべきではないと思う」
感情的に訴えれば反発を食らうと思ってか、努めて冷静に訴えかけるのだった。
「最大のメリットは、『人狼』チームが一から『村長』を見つけ出さなければならなくなったこと。つまり振り出しに戻るので『村人』チームの寿命をリセットすることができるんだ」
そこでなぜかピースサインをする。
「二つ目のメリットは、無能な『村長』をクビにできること。事件を解決できなければ交互に襲撃を受けるしかない状態になる。それだと十七回目で確実に仕留められる『人狼』チームが圧倒的に有利になるんだ」
ここで「犯人を知ってます」と言えれば良いのだが、それはあまりにもリスクが高すぎる。
「誰か僕に反論できますか?」
それに対して真っ先に反対したのが妹系の古橋さんだった。
「私はリコールに反対します。理由は、文句を言っているのは瀬能くんだけで、他の人は『村長』さんに感謝しているからです」
媚び方が、えげつない。
「感謝の言葉なんて聞いたことないけど?」
「私は感謝しています」
「じゃあ『他の人は』じゃなく『私は』って言おうか」
そこで手を上げて発言を求めたのが孤高の諸星くんだった。全員の視線を集めたところで口を開く。
「四回目の投票が行われたということは、『人狼』は『村長』を見つけられずにいるわけで、上手く役職を隠してゲームに参加してると評価できる。だったらリコールせずに続けた方がいい」
嬉しい評価だ。
「もしも他の人が『村長』になったとして、現『村長』よりもゲームを有利に進められる保証はないからね。もちろん、これは俺に対するリコールかもしれないので、判断は他の人に任せるけど」
『村人』が勇気を出して『村長』のように振る舞ってくれると、僕としては大助かりだ。
「瀬能くんは事件の解決が困難だと思っているようだけど、一歩ずつだけど確実に真相に近づいていることだけは言っておく。その上でリコールが成立したのなら、俺も諦めるよ」
そこで瀬能くんが再反論を試みる。
「諸星くんの発言は『人狼』チームの得にしかなっていない。容疑者を追放しない慎重派の現『村長』は敵チームにとっても理想的だからね。残り十四回の襲撃で確実に成功させることができるなら、現状のまま進行した方がいいわけだ」
最大でも三ヶ月半で生死が決まるということだ。
「僕の他に反対してる人?」
と手を上げるが、誰も手を上げる人はいなかった。
「なるほど、そういうことか。『村長』に歯向かうと助けてもらえないかもしれないもんね。だから少数派に見えてしまうんだ。でも、匿名での投票ならどうだろうね。僕は振り出しに戻した方がいいと思うけど、判断は各々に任せるよ」
そこで白狼男に呼び掛ける。
「言いたいことは言ったので決をお願いします」
実は、ここでの『村長』の交替は悪くないと思っている。なぜなら役職から外れた方が勝負に出やすいからである。
鎌田真澄であることを打ち明けて、美山さんが犯人であることを告げれば、今日は時間切れで信じてもらえなくても、一週間の猶予があれば信じてもらえる自信があるからだ。
一方で、新しく選ばれた『村長』が今日この場で見破られるようなボロを出すかもしれないので慎重になる気持ちもある。
「結果を発表する」
悩んだ末、僕は反対に投じた。理由は、探偵の諸星くんの言葉を信じたからである。
「賛成九票、反対十票で、リコール失敗! 惜しかった!」
コイツはどの立場で言ってるのだろう?
それにしても、最後は僕の一票で決まったわけだ。
それがいいのか、悪いのか。
「言っとくが、リコールはこれで最後だからな」
白狼男はそう言って通信を切るのだった。
「後悔しても、僕は知らないからね」
思ったよりも賛同者が多いことに手応えを感じたのか、瀬能くんだけが清々しい表情をしていた。
議長の武藤さんが仕切り直す。
「それじゃあ追放会議を始めるけど、ここから先は諸星くんにお願いする」
孤高の探偵が円の中心に立った。
「事件当日のことだけど、一点だけ考えられないようなことが起きていた。それをもう少し早く気が付くべきだった」
今まさに解決編が始まろうとしている。
「事件が起きたのは土曜日の放課後だけど、転落事件とは別にスマホの紛失事件が起きていたことに注目しなければならなかったんだ。なぜなら、通常そんなことは起こり得ないんだから」
そういえばそうだ。
「その日、特進クラスだけ三学年合同の記録会があったことを憶えているだろう?」
普通科と違って僕たちは体育祭への参加が免除されており、代わりに陸上競技の記録だけを測る特別授業がある。
全員参加ではあるが、全種目にエントリーするわけではなく、一人一種目の割り当てなので、単位を消化するだけの競技会だ。
午後の一時間で練習して、次の一時間で本番を行うので、最初から記録を期待されたような大会ではない。
僕と友達の近江谷くんは三段跳びにエントリーしたが、ほとんど練習せず、購買部の休憩所で時間を潰してから本番を迎えた。
つまり、それくらい緩い大会ということだ。
「あの日は運動会だったから、午後の授業から下校時間まで教室には鍵が掛けられていた。当然、スマホは教室に置きっぱなしだ。選択授業と違って、貴重品保管庫を利用することはないからね」
選択科目によって教室の利用者数が変わるので、移動する生徒は教室のロッカーにスマホを入れて鍵を掛けることができる。
僕はカバンに入れっぱなしなので一度も利用したことがない。理由は鍵を失くした時の方が面倒だからだ。
「運動会は選択種目が違うからグラウンドや体育館でバラバラになっていたけど、開会式と閉会式だけは三学年全員が一緒だった。それからクラス全員で教室に戻ったのだから、スマホを紛失する機会なんかなかったんだ」
しかも二人も失くしている。
「だから何者かによって盗まれたということになる。いや、最終的には見つかっているから、故意に隠したんだ。おそらくだが、それがどうしても犯行計画に必要だったからだと思う」
完璧な推理だけど、犯人である美山さんの意図が解らない。
「そして事件当日、教室に鍵を掛ける当番だったのが保体委員の千葉くんと多田さんだ。千葉くんが証言できない今、この件について説明できるのは多田さんしかいない。よければ証言して欲しい」
そう言って、円の中心に来るように手で促して、諸星くんは自分の席に戻るのだった。
グラビア系の多田さんに注目が集まるが、見ると、膝の上に置いた手が震えている。
どう見ても『村人』の反応ではないが、『人狼』だとしてもリーダーでないことは確かである。
「時間がないから早くしようか」
議長の武藤さんの口調が厳しかった。
急き立てられて立ち上がったが、歩みは遅かった。
「正直に告白します。『人狼』のカードを引きました」
あっさりと認めた。
「でも私は転落事件とは関係ないんです。本当の犯人に命令、違う。脅迫されて仕方なく教室に鍵を掛けないようにしただけなので、おそらく千葉くんも同じ脅迫を受けたんだと思います」
脅迫者の名を明かせばゲームは終わりなのに犯人の名前を告げないということは、誰が真犯人か分かっていないということだ。
武藤さんが尋問する。
「鍵を掛けなかっただけ?」
「スマホを失くしたことにして友達に探してもらえって」
「蓮見さんのスマホも失くなったんだけど?」
「それは知らないです」
どうして蓮見さん?
「千葉くんの自転車の鍵は?」
「知らないです」
「千葉くんから何か聞いてない?」
「聞いてないです」
この期に及んで嘘はつかないだろう。
「教室に鍵を掛けなかったのはどっち?」
「私です」
「千葉くんは何か言わなかった?」
「千葉くんに鍵を頼まれたので」
彼は多田さんに鍵を預けるように脅迫されたわけだ。
「ごめん」
議長の武藤さんが苦悶した表情を見せた。
「誰か他に質問してくれない?」
親しくしている一人なので流石に堪えたのだろう。
「じゃあ、僕から」
名乗り出たのは元イジメられっ子の瀬能くんだ。
「今まで幾らでも自白する機会はあったと思うけど、どうして教えてくれなかったの?」
口調は穏やかだが、表情が死んでるので怖かった。
「自分でも意味が解らなくて」
「解らないわけないよね?」
「いや、本当に……」
「あなた、『人狼』なんですよ?」
そう言うお前は『警察』ではなく、ただの『村人』だ。
「違いますか?」
「違いません」
声も言葉遣いもおかしくなってる。
「今まで自白しなかったということは、『村人』チームに協力する気はなく、あわよくば『人狼』チームとして勝利を願っていたということじゃないですか。つまり、僕たちを殺そうとしたわけだ」
そこで泣き顔を見せるが、涙は一滴も確認できなかった。
「いや、泣いてないで答えましょうよ」
「本当に怖かったんです」
「答えになってないなぁ」
彼だけが楽しんでいるように見えるのは僕だけだろうか。
「『村長』!」
瀬能くんが大きな声を出すものだから思わず反応するところだった。
「今回は必ず罰を与えてくれることを願います。生かしておいたら、大事な投票を左右させる一票になるかもしれないので、絶対に罰を下してください」
そこで立ち上がった。
「罰を与えるのが嫌なら、僕からの命令に従ったと思ってもらっても構いません。全ての責任は僕が取りますから、お願いします」
と言って、深々と頭を下げるのだった。しかし腰が痛いのか、すぐに頭を上げて着席した。それでもその顔は大きな仕事をやり遂げた表情をしていた。
「『村長』さんにお願いがあります」
訴えたのは多田さんだが、その顔は泣き顔から一転して、傲慢にも思える太々しい表情をしていた。
「私を助けてくれたら何でもします! 好きにしてください。セフレにもなりますし、好きなだけ写真も撮らせてあげます。動画でも、ハメ撮りでも、何でも構わないので助けて下さい」
むちゃくちゃだ。
「なに言ってんの?」
みんながドン引きする中、武藤さんが怒声を響かせた。
「『村長』が男とは限んないんだけど?」
「だったら一生その人の言うことを聞きます」
武藤さんが呆れてる。
「負けたら、その一生を失うんだよ」
「だったら私が勝たせる」
「どうやって?」
「脅迫者の情報を教える」
「それなら今すぐ教えなよ」
「助けてくれるのが条件」
武藤さんが大きな溜息をついた。
「あのね、こっちは負けたら終わりなんだよ?」
瀬能くんも追い打ちをかける。
「君は『人狼』チームなんだから、どの道おわりだよ」
多田さんが否定する。
「『村人』全員死亡エンドはあるけど、『人狼』全員死亡エンドは聞いてない。ルールにないっていうことは存在しないっていうこと。『村長』様が許してくれれば、私だって『村人』として人生をやり直せる。そのチャンスがほしいの」
確かに『人狼』チームの処遇については決めていなかった。
「だから『村長』様、お願いします。私を好きにしていいので、お救いください」
そこで両手を組んで祈りを捧げるのだった。