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第16話 三回目の追放会議

 土曜日の朝、いつも通りに大人しい蓮見さんが登校してきたことで、教室では様々な反応があった。


 先に登校していた妹系の古橋さんが大喜びして、戸口に立つ彼女の元に掛けつけて、体調に変化がないことを確認した後、ぎゅっと抱きしめるのだった。


 それを一緒に登校してきた幼馴染の西村さんが微笑みながら見守り、会話には入らず、遠巻きに見ながら自分の席に着くのだった。


 他の人も近くの席に座るクラスメイトと嬉しそうな顔をしながら話をしているが、さすがに全部は聞き取ることができなかった。


 そうした雑然とした状況で、率先して質問攻めにできるのが目立ちたがりの勅使河原くんである。


「なんで追放されないの?」


 デリカシーのない発言だが、みんなが聞きたいことでもある。


「わからない」


 蓮見さんが自分の席に座りながら答えた。


「これから処刑されるってことはないよね?」


 これに反応したのがモデル系の本庄さんだ。


「そういうこと聞く?」


 軽蔑した目が怖かった。


「いや、でもおかしいだろ」

「分からないけど、言い方ってあるよね?」

「今はそんなことに拘る時じゃないだろう?」

「言い方ひとつで怖い思いをさせるでしょう?」

「いや、もう大丈夫だよ」

「その根拠は?」

「それは知らないけど」

「だったら黙ってようか」


 美形が怒ると般若のように見えるから怖かった。


「私たちで守るから心配いらない」


 口にしたのは知的メガネの武藤さんだが、普段はクールなのに、見たことがないような優しい顔で言うものだから、女というのは本当に分からないと思った。


 こういう時、本来ならアイドル系の美山さんが優しく声を掛けるのだが、顔すら向けずに、ずっと俯き加減でやり過ごしているのだった。


 おそらくだが、襲撃した孤高の諸星くんが何事もなく登校してきたので、それどころではないのだろう。


「どうしてって思っただけなんだけどな」


 勅使河原くんの疑問に答えられる者はいないので、結局は有耶無耶のまま、三回目の追放会議を迎えたのだった。



「諸君、ご機嫌はいかがかな?」


 特別棟の二階にあるディスカッション・ルームで十九人全員が円形に並べた椅子に座った後、すぐにプロジェクターが作動して白狼男が語り掛けたのだが、挨拶を返した者は一人もいなかった。


「今日も、そしてこれからも、俺が担任に用事を入れて職員室に足止めしておくので、諸君らは集中して話し合いを行ってほしい」


 お昼に先生から私用で立ち会えないとの連絡を受けていたが、死神が裏で手を回したようだ。


「さて、三回目の追放会議を始める前に、一つ諸君らに謝っておかなければならないことがある。もう既に分かっていると思うが、なぜ十四番が追放されなかったのか、それを今から説明しよう」


 謝罪のていで話すようだ。


「諸君らが参加している人狼ゲーム、実は従来のルールとは異なっており、開始の段階から裏設定でゲームが進行していたんだ」


 全員がスクリーンを見つめたままでいるので、僕も同じように目を逸らさなかった。


「新しい人狼ゲームには『騎士』や『占い師』などの役職は存在しない。あるのは『人狼』三匹と、『村長』だけだ」


 スクリーンにルールが映し出された。白狼男はどうなったかというと、テレビでよく見る画面右上にあるワイプ映像の中に収まっているのだった。


「ルールは至って簡単だ。昼のターンで『村人』が『人狼』だと思われる人物に投票し、夜のターンで『村長』が追放するかどうかを決める。十四番が助かったのは、諸君らの中に潜む『村長』が救ったからだな」


 そこで全員が互いの顔を見回したので、僕も同じように反応を窺ったのだが、特に不審な目を向ける人はいなかった。


「夜のターンでは『人狼』が襲撃できるようになっているが、殺せるのは『村長』に限られている。しかも襲撃の権利を持つのは三匹のうち一匹だけだ。つまり、どちらが早く互いの正体を見破るかの戦いってことだな」


 なんとなくだけど、そこで気が緩んだような感じがした。何人かがホッと息をついたからだ。予想していたが、あからさますぎる。


「『村長』としては諸君らがいち早く真犯人を見つけてくれることを願っているだろうし、一方で『人狼』のリーダーは諸君らよりも早く『村長』を見つけ出そうとしているわけだ」


 僕の方が不利なような気がする。

 美山さんが犯人だって叫ぶか?

 いや、誰が信じるだろうか。


「『人狼』は十九回襲撃を行えば勝てるので有利に見えるが、『村長』には諸君らという大勢の仲間がいるんだ。設定上の有利か、数で上回る有利か、どちらが勝つかは諸君ら次第ということだ」


 仲間を信じるしかないわけか。


「何か質問はあるか?」

「はい」

「七番」


 手を上げたのは委員長の小石川くんだ。


「『村長』が襲撃されたら、どうなるんですか?」


 僕が死ぬ。


「当然、死ぬことになるが?」

「そうではなくて、『村人』はどうなるのか?」


 自分がどうなるか尋ねたわけだ。


「そりゃ、『人狼』チームの勝利に決まってるだろ」


 そこで口を挟んできたのが目立ちたがりの勅使河原くんだった。


「ああ、そっか、だから『人狼』チームが勝利した時、残りの『村人』チームがどうなるのか知りたいんですよ。まさか、事件と関係ないのに殺されるってことはないですよね?」


 そういえば決めていなかった。

 どうなるんだろう?

 白狼男も黙ってしまった。


「いやぁ、どうすっかな? 俺は全員死亡エンドでも構わないんだけど、おもしろそうだから、そうすっか」


 そこで再び場が凍り付くのだった。


 申し訳ないけど、これに関しては白狼男の決定がありがたかった。僕が生き返るには、全員の協力が不可欠だからである。そのリスクを負ってくれた分、絶対に勝たなければならないが。


「よし、もうないようなので、しっかり話し合ってくれや」


 そう言うと、ワイプごと消え去るのだった。


「余計な質問だったな」


 残念そうに、それでいて攻めるような口ぶりで呟いたのは元イジメられっ子の瀬能くんだ。


「俺と委員長が悪いっていうのか?」


 目立ちたがりの勅使河原くんが反論した。


「あの感じだと、全員死亡エンドは決まってなかった」

「そんなわけないだろう」

「ゲーム・マスターにとってはどちらが勝ってもいいお遊びなんだから、どうでもいいことだったんだよ」


 鋭い指摘だ。

 ほぼ正解である。

 勅使河原くんが突っかかる。


「じゃあ、どうすれば良かったんだ?」

「質問なんかするべきじゃなかった」

「それでも結果は変わらないかもしれないけどな」

「それならそれでいい」

「じゃあ、問題ないじゃないか」

「全然違うね」


 これが瀬能くん?

 イメージと違う。

 いや、よく知らないけど。


「どう違うんだ?」

「有耶無耶にできた可能性をゼロにしたということだ」

「そんな可能性があったかどうか分からないけどな」

「それを可能性っていうんだよ」


 瀬能くんのイメージは控え目。

 勅使河原くんは人当たりが良い。


 そのイメージが崩れた。


 いや、イメージなどそんなものかもしれない。

 美山さんが天使から悪魔になったのだから。


「これは僕が悪かった」


 謝ったのは委員長の小石川くんだ。


「余計な質問をしたのは僕だし、僕が手を上げなければ勅使河原くんが発言することもなかっただろうから、僕が謝るよ、ごめん」


 そこで二人の議論が終了したので、謝罪を受け入れたようだ。


「じゃあ、本題に入ってもいいかな?」


 尋ねたのは知的メガネの武藤さんだが、誰の返事も待たずに会議を進行するのだった。


「みんな大丈夫だよ、『村長』さんがよっぽどのポカをしない限り、この勝負は勝てるから」


 嬉しい言葉だが、そのポカをするわけにはいかないので、表情が緩まないように気をつけた。


「どうしよっか?」


 彼女が相談したのは孤高の探偵・諸星くんである。


「どうすべきかは武藤さんに任せるけど」


 出席番号順なので隣り合って座っているけど、二人ともカッコイイので、まるで映画を観ている感じだった。


 といっても、先週までの諸星くんは暗い人という印象だったので、イメージとは本当に当てにならないものだ。


「じゃあ、私は会議の進行があるから、それに専念させてもらって、捜査状況の説明は諸星くんにお願いしようかな」


 それを孤高の探偵は「わかった」と言って立ち上がり、快く引き受けて、円の中心に移動するのだった。


 譲り合うわけじゃなく、二人とも信頼して役割を分担しているので、理想的な関係のように見えた。


「はじめに、警察でもない俺たちの事情聴取に快く応じてくれて感謝しています。ありがとうございました」


 どうやら順調に捜査することができたようだ。


「そもそもどうして俺が事情聴取をしようと言い出したかというと、先週ここで転落事件当日のアリバイ確認をしていた時に、明らかに嘘だと分かる証言をした人が二人もいたからなんだ」


 そこで会議に参加している十八人と一人ずつ目を合わせるのである。


「その二人は、残念ながら事情聴取でも嘘をついていた。念押しして確認したのに正直に打ち明けてくれなかった」


 証拠があるのにしらを切る犯人と対峙する刑事のように見える。


「自分から名乗り出なければ、俺の方から名指ししなければならないけど、それでいいかな?」


 たっぷりと間を取るも、名乗り出る者はいなかった。


「仕方ない。だったら名指しするしかなさそうだ。嘘をついているのは愛川さんと宇崎さんの二人、そうだよね?」


 二人に全員の視線が集まるも、それを無言で受け止めているだけであった。


「愛川さんと宇崎さんは、二人とも同じ証言をした。『一緒に下校して、同じ地下鉄の電車に乗った』と。だけど同じ電車に俺も乗っていたんだ」


 それは重要な目撃証言だけど……。


「学校を出てから最寄り駅に降りるまで、俺は宇崎さんが一人で帰宅したことを知っている。だから宇崎さんのアリバイは証明できるけど、これで愛川さんのアリバイは消えたことになるんだ」


 愛川さんが共犯関係にある『人狼』だろうか?

 だとしても、大事なのは美山さんに投票すること。

 その流れにもっていけるのだろうか?


「宇崎さんは友達のために嘘をついたとして、良くはないけど理解はできる。だけど愛川さんはどうして嘘の証言をしたのか、それを説明してもらいたい」


 そこで役目を終えた孤高の探偵が自分の席に戻った。

 代わって武藤さんが会議を進行する。


「まずは宇崎さん、諸星くんの話に間違いがないか教えてくれる?」


 真面目な宇崎さんって、嘘が判明した後では虚しいけど、彼女が立ち上がって証言に臨むのだった。


「信じてほしいんですけど、みんなを騙すつもりで嘘をついたわけじゃないんです。先週、先に証言した愛川さんが『私と一緒に帰った』って言うから、『ああ、そうだったかな?』って思って、でも愛川さんが言うなら間違いないと思って、それで同じように答えただけなんです。だって一か月前の記憶とか、普通に間違うことがあるじゃないですか」


 確かに絶対ではない。「赤色だ」と思っていても、記憶に自信がない人だと、誰かが「青色だった」と言っただけで、簡単に記憶が塗り替わってしまうからだ。それが人間の記憶力というものである。


「今はどう? 諸星くんは事件当日一人で帰ったって言ってるけど」


 議長の言葉に宇崎さんが答える。


「そう言われてみれば、そうだった気がします」


 曖昧だけど、現実とはこんなもんだ。


「うん、わかった。じゃあ、何か思い出したら、また教えてくれる?」


 その言葉に頷いて、宇崎さんは着席するのだった。

 続けて議長の武藤さんが隣の席に視線を移す。


「次、愛川さん、お願いします」


 元カノの愛川さんが立ち上がった。


「……あの、私も、嘘をついたわけじゃなくて、頑張って思い出して、それで、宇崎さんと一緒に下校したような気がして、その後に、宇崎さんも同じことを言ったから、間違いないと思って、事情聴取でも同じことを言いました」


 主犯でないことは分かっているので冷静に聞いているが、記憶が戻っていなかったら、フツーに疑っていたと思う。


 あやふやな記憶でも、宇崎さんが証言の補強をしてしまうと、愛川さんの曖昧だった記憶が確信へと変わってしまうわけだ。


 これが事件捜査の難しさかもしれない。その点を配慮してか、武藤さんも優しく尋ねるのだった。


「宇崎さんのアリバイは諸星くんの目撃証言によって裏付けられたんだけど、じゃあ、愛川さんは事件当日に何をしていたのか思い出せる?」


 愛川さんが思い出そうとするが、これが長い。

 時間を計ったが、六十を数えたところで止めた。

 しびれを切らしたのが目立ちたがりの勅使河原くんだ。


「アリバイがないのは愛川さんだけだよ?」

「それって、どういう意味?」


 反応したのはモデル系の本庄さんだ。

 今朝も口論してた二人だ。


「そのままだけど間違ってないだろ?」

「アリバイがないだけで犯人なの?」

「そんなこと一言も言ってない」

「わざわざ口にしたということは投票への誘導だよね?」


 よくない流れだ。


「それを全員で話し合うんだろう?」

「誘導は否定しないんだ?」

「投票まで時間がないんだよ」

「それは、そうだけど」


 ここは勅使河原くんが正しい。

 そこでムードメーカーの岸くんが割って入る。


「どっちも正しいよ。アリバイがないというだけで愛川さんに投票しても、『人狼』じゃなかったら昼のターンを一回無駄にすることになる。それに根拠が薄いと『村長』だって困るに違いない」


 さすが岸くん、わかってる。


「一方で、時間がないのも事実だよね。投票まで一時間を切ってるんだけど、それまでに誰かを指名しなきゃいけない。前回と同じやり方だと、結局は昼のターンを無駄にするだけなんだ」


 そこで武藤さんが尋ねる。


「じゃあ、どうすればいいの?」

「それは分からないけど」


 さすが岸くん、肝心なところはポンコツだ。

 議長の武藤さんが仕切り直す。


「ただね、事件当日のアリバイはハッキリとさせておきたい。厳しいように聞こえるかもしれないけど、捜査では『思い出せない』というのも嘘である可能性を疑わなければならないから」


 正しいけど、犯人は美山さんなので、愛川さんは本当に思い出せないだけだ。それを伝えることができないのが辛い。


「どう、思い出した?」


 武藤さんの質問に、愛川さんは首を振るのだった。


「じゃあ、もう、座っていいよ」


 この気詰まりの雰囲気の中で発言するのは、やはり目立ちたがり、というよりせっかちな勅使河原くんだった。


「今日はもう時間がないから自由に投票して、結果を『村長』に判断してもらうことになるけど、来週からは全員で事件について調べるしか助かる方法はないんじゃないかな?」


 素晴らしい!


「ちょっと待って」


 異議を唱えたのは元イジメられっこの瀬能くんだ。


「自由に投票するのはいいとして、結果の判断を『村長』一人に委ねるってどうなのかな?」


 なんの話だ?


「蓮見さんを助けたのは仕方ないよ、あれは民意が反映された投票結果ではなかったからね。でも、これから行う投票は賛成多数で決まったことだよね? なぜそれが『村長』一人の判断で否決されないといけないの? そんなの民主主義に反するじゃないか」


 どんどん話が逸れていく。


「それにだ、証拠不十分を理由に無罪放免、勝手に釈放するのはどうかと思うよ。投票結果には僕たち全員の命が懸かっているんだ。処刑すれば早くゲームが終わるかもしれないんだから、『村長』は民主主義に従って死刑にしなければいけないんだよ、それができなきゃ、ただの独裁者だ」


 僕は犯人が分かっているから落ち着いていられるけど、知らなければ瀬能くんのように追い詰められていたかもしれない。


 それでも彼の言動には怖さを感じる。「独裁者」という言葉を用いる彼の方が恐怖を与えているような、そんな恐ろしさだ。


 そこでスーッと手を上げる者がいた。


「どうぞ」


 議長が発言を促したのは地味な剣崎さんだった。


「全員ご存知かと思われますが、単純な多数決を民主主義とはいわないんです。投票結果は不特定多数であらればなりませんので。つまり投票に際して特定があってはいけないということなんです」


 話が事件から違う方向へ。


「これは日本の選挙でも同じです。投票所での立ち合いが必要なのは、郵便やオンライン投票だと第三者による圧力によって投じられる危険性があるので。だから不特定であることを原理原則として守っていかなければならないわけです」


 瀬能くんと違って落ち着いている。


「私たちが参加している人狼ゲームですが、投票は無記名なので、一見すると不特定のように思われますが、ここにいる全員が強制的に投票しているという確定要素があるので、その結果を不特定多数と呼んではいけないのです」


 話のオチが見えない。


「つまり投票によって選ばれた人は、そもそも民主主義の原理原則によって選ばれた人ではありませんし、民意ではありますが、正しい方法で選出されたわけではないので、『村長』が決定を撥ね退けても、イコール独裁者であるという暴論にはなり得ないわけです」


 まだ続ける気だ。


「そもそも独裁者というのは──」

「ちょっと待って」


 話を止めたのは議長の武藤さんだ。


「よく解ったけど、結論は?」


 剣崎さんがゆっくり考えてから答える。


「『村長』さんはルールに則って決断しているだけですので独裁者とは呼べません。そして、真の独裁者とはゲーム・マスターのことだと言いたかったのです」


 こうして犯人を特定できないまま時間だけが流れていくのだった。

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