第10話 村長
金曜日の夜、カップ焼きそばを食べた後、リビングでノートパソコンを開いて白狼男が現れるのを待った。
この日、『人狼モドキ』の襲撃を受ければ、そこでゲームが終わるけど、流石に一回目のターンで死ぬことはないと思っている。襲撃に失敗すると相手にデータが渡るので、確実に偵察してから襲撃を行うと考えられるからだ。
それでも『村人』は十七人なので、どんなに運が良くても十六回偵察すれば、その翌週に殺されるのは確実だ。
ということは、冬を迎える前にゲームが終わってしまうということだ。そう考えると、のんびりしすぎているのではないだろうか?
だからといって、今は急げる状況ではない。あの好奇心旺盛な武藤さんですら事件を調べようとしないからである。
いつまで経っても現れないので、先に風呂に入っておこうとバスルームに行くと、そこで白狼男がシャワーを浴びているのだった。
それからびしょ濡れのままリビングに行って、身体をぶるっと振って、ソファに腰を落ち着けるのだった。そこら中に水しぶきが飛んでいるので、僕はキッチンテーブルの椅子に腰掛けることにした。
白狼男が問う。
「それで『生贄』をどうするか決めたか?」
「追放されると、どうなるんですか?」
「死ぬって言ったら、やめるのか?」
僕にとってはゲームじゃない。
「やめません」
「追放でいいんだな?」
勝つためには表設定を継続させるのが得策だ。
「はい。千葉くんが『人狼』のカードを引いたのは間違いないし、彼がリーダーである可能性もゼロではないので、ゲームが終わることを願って、生贄を捧げます」
白狼男のだらしない口元からヨダレがこぼれた。
「ありがとよ」
一応、ダメ元で尋ねてみる。
「『生贄』が『人狼』だったかどうか教えてくれるんですよね?」
「そんなルールあったか?」
やっぱりダメみたいだ。
「でも、それくらいは教えてくれてもいいと思うんですよ」
「それって『霊媒師』の能力だよな?」
「そうですね」
「相棒は納得しねぇだろうな」
そこへびしょ濡れの黒狼男が現れた。そしてテレビを観る時に座る僕のソファに腰を下ろすのだった。白狼男が心配する。
「『人狼モドキ』に会いに行かなくてもいいのか?」
「もう行ったさ」
「夜のターンを終わらせてきたってことか?」
「ああ、十九番を襲撃して失敗したよ」
え?
白狼男も驚いている。
「まさか襲撃を選ぶとはな」
「迷った様子はなかったぜ」
「へぇ」
「失敗しても表情一つ変えねぇんだよ」
「おいおい、あんましヒントを与えるなよ」
「おう、そうだったな」
頭がうまく回らない。
「で、『霊媒師』がなんだって?」
黒の問い掛けに白が答える。
「いや、『生贄』の正体だけでも教えてはどうかと思ってな」
「いいんじゃないか? 向こうは余裕がある感じだからな」
え?
「じゃあ、話してみてくれよ」
「そうだな、勝手に変更するわけにもいかないしな」
そう言って、テレビを点けて雑談を始めるのだった。
そこから会話が耳に入ってこなかった。
それどころではないからだ。
相手は余裕がある、と言った。
聞き間違いではない。
だとしたら、僕は何か思い違いをしているのではないだろうか?
通常の人狼ゲームとは異なるルール。
自分で決めたルールだ。
相手から同意が得られたルールでもある。
これなら勝てると始めたのだ。
そこに何か重大な見落としがあるのか?
それか、よほど犯罪計画に自信があるのだろう。
捕まらない自信だ。
現に自殺と処理された完全犯罪である。
完璧なアリバイ?
不可能トリック?
しかも偵察なしの襲撃だ。
十九番は知的メガネの武藤さん。
確かに一番『村長』っぽい人だ。
だけど『人狼』っぽくもある。
彼女を襲撃した意味はなんだろう?
武藤さんのシロ確。
これは逆に厳しい。
他の人はシロで確定したことを知らない。
僕だけが知っている。
これでは不用意に近づけないからだ。
急に話し掛けるのはおかしい。
彼女が疑われた時に、安易に擁護してもいけない。
武藤さんを疑ったままの状態を続けなければいけないわけだ。
これは行動を制限されたようなものだ。
それが狙いだろうか?
いや、それこそが見落としていた点か?
敵に『占い師』の能力は必要なかった。
僕が勝手に偵察を選ぶと考えていただけだ。
考えてみれば、スタート時、僕には十九人の容疑者がいた。
それに対して、向こうは十七人。
始めからゲームバランスがおかしかった。
ルール作りの段階で、すでに負けていたということになる。
ここからの逆転は可能だろうか?
否。
記憶が戻ることに賭けるしかなさそうだ。