ゼロから作る魔法陣 ~ゲーム好きエンジニアの英雄譚~(仮)
見栄えのいい馬車が田舎道をゆっくりと進む。
「こんなところに僕に見せたいものがあるのか?」
「はい。最近わが村で流行り始めたものでして……あ、見えてきましたよウィルヘルム様」
馬車の中には三人の男。
片方はウィルヘルムと呼ばれた青いマントに華美な服を着たまだ幼さの残る若い男。
一方は同じく青いマントと鎧に身を包んだ騎士。
そして上品であるがシンプルな服を着た壮年の従者の男だ。
馬車は教会脇の広場で停車する。
広場では多くの村人が楽しげに棒を振り回し、パカーン、ポコーンと音を立てている。
ウィルヘルムは透明感のある青い髪をかき上げ馬車の外を見る。
「あれは何をしているのだ? ハイネ卿」
「は。魔道具で玉を飛ばし、それを棒で打って飛ばす遊びで、バッティングマシンと呼んでおります」
ハイネと呼ばれた騎士の男が答える。
「魔道具? こんな村に魔道具を作れる者がいるのか」
「わが村にはソアシャルート神を信奉する魔道具の再生に熱心な者がおりまして、再生した魔道具を組み合わせて作ったそうでございます」
「魔道具の母と言われるソアシャルート神か。これも信仰の形ということかな?」
ふーん、とウィルヘルムは形の良い顎をひと撫ですると向かいに座る壮年の男に指示を出す。
「もう少し近くで見たい。降りるぞ、ボルトン」
「仰せのままに」
ボルトンと呼ばれた壮年の男は最初に馬車を降り、直立の姿勢で出迎える。
次に騎士ハイネが降り、最後にウィルヘルムが馬車から降りる。
広場で楽しんでいた村人も立派な馬車から人が降りてくるとあって遊んでいた手を止め馬車に注目する。
「メリダス公爵家ハイリンヒ様のおなりである」
ボルトンがよく通る低い声で宣言すると村人はおのおの帽子を取り頭を下げる。
ウィルヘルムは村人たちを見渡し続けるようにと声を上げると、村人たちは帽子をかぶり直して何事もなかったようにバッティングマシンに興じ始める。
見れば台に取り付けられた木の筒の横に子供が座り、合図とともに手のひらサイズのボールを筒に入れている。しばらくすると筒からボールが打者に向かって飛び出し、打者が手ごろな太さの棒でボールを打ち返すという遊びのようだ。
ボールを入れる子供が小さな盾を持っているのは護身用だろう。
ボールが快音とともに遠くへ飛べば歓声が上がり、空振りすれば罵声が飛ぶ。
次は俺だ、早く変われなどという声も聞こえ、なかなかの熱狂ぶりを示している。
「再生したと言っていたが、あのような魔道具が昔からあったのか?」
ウィルヘルムはハイネに尋ねる。
「もともとの用途は違う物のようですが、使い方を変えれば用途は増えるとその者は申しておりました。なんでも枯れた技術の水平思考……要は月並みな技術を応用し新しい物を作るのだとか」
「なるほどな」
と言いながらもハイリンヒの目はボールを追っていて、村人が空振りする度にぐっと体に力が入り、球をよく見ろとかもっとひきつけろとか呟いている。
「ウィルヘルム様もお試しになられますか?」
騎士ハイネが水を向けるがウィルヘルムは渋い顔をする。
さすがに貴族が平民に混じって娯楽に興じるのは立場が許さない。
「べ、別に興味があるわけじゃない。感心していただけだ」
口ではそう言っても両手はすでに棒を握る形になっている。
「ウィルヘルム様、わが村ではこれを近隣に売り出したいと考えておりまして、つきましてはウィルヘルム様にも一組進呈してお試しいただきたいのですが……」
ハイネがご機嫌を伺うように提案すると、幼さの残る顔がぱっと明るくなる。
「まことか!」
ウィルヘルムは思わず顔に出た感情をあわてて抑え平静を保とうとするが上手く行かず右半分で笑い左半分で悲しむような変顔になっている。ハイネの背後では従者のボルトンが息を詰まらせ咳込んでいるのが聞こえる。
「あ、いや、そうだな。平民の娯楽とはいえやってみなければわからないこともある。ハイネ卿が是非にというのであれば、考えなくもない」
「是非に」
ハイネは頭を下げるがその表情はウィルヘルムの変顔を見た笑いをこらえるのに精一杯で顔を伏せたまま必死に呼吸を整える。ここで吹き出せば首が飛ぶ。物理的に。
「つきましては、魔道具の研究にウィルヘルム様のお力添えがいただければと……」
呼吸を落ち着けたハイネが言うとウィルヘルムは笑みを浮かべる。
「なるほど、こんな小さい村では資金が足りないのは僕にもわかる。魔道具の研究は我が領地にも利益があるだろうし、父上に話してみよう」
「ありがとうございます」
再びハイネが頭を下げると、ウィルヘルムは踵を返し、素振りの動作を取りながら上機嫌で馬車に乗り込んだ。
ハイネはその様子を見送りほっと息をつくと村人の中に混じっている黒髪の若者に向けて親指を立てる。黒髪の若者もそれを見てぐっと親指を立てた。
「ハイネ様、うまくやったみたいだな」
村人に混じっていた黒髪の若者は遠くに馬車を見やりながら胸を撫でおろす。
「ハチにーちゃん、よかったね!」
横にいた少女がキラキラした笑顔で声をかけると、ハチと呼ばれた男も少女の頭を撫でながら笑顔を向ける。
「ああ、これで安心して冬を迎えられそうだ」
ここハイネ村は大した産業も観光資源もないうらぶれた農村だ。
かさむ税金に音を上げていた村の領主である騎士ハイネの相談を受け、村の価値を見せて偉い人からお金をせびるべきだと提案したのがハチであった。
侯爵のご子息が来るタイミングで村人に集まってもらい楽しいフリをしてもらう予定だったのだが、リハーサルで試すとすぐにバッティングマシンに夢中になり演技をする必要がなくなるどころか、「台数が少なくては盛り上がりに欠けるのではないか」などともっともらしい事を言われ、追加で制作させられるハメになったのだった。
バッティングマシンを開発したこの男の名は八丸是人。
異世界にやってきたITエンジニアである。
その後、メリダス侯爵領に野球ブームがやってくるのはもう少し先のお話。