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カーディラスが帰って来たのは、もう少しで陽が落ちようというところだった。
「いい匂いだ。夕飯を作っておいてくれたのか?・・・動いて、身体は大丈夫だったのか?」
「心配してくれて、ありがとう。でも私、身体は丈夫なの。もともと大きな傷なんて無いんだし、もう全く心配ないわ。」
「そうか。ずいぶんな距離を川に流されてきたのかと思ったが、そんなでも無かったのか?どちらにしろ、良かった。それにしても、洞穴の外にも行ったのか?外には魔物がいるかもしれないんだぞ?」
カーディラスは、少々顔をしかめながら言った。
確かに今朝は洞穴の中で待つと約束したのに、それを失念していたラミアだった。
「約束していたのに、・・・うっかりしていたわ。周囲を確認したくて、・・・ごめんなさい。」
約束をやぶる、と、いうのはラミアにとって本意ではない。約束は守るものと、村で教わってきたのに。
ラミアが反省しているのが伝わって、カーディラスは言った。
「わかった。確かに状況を確認したいという君の気持ちはわかるよ。俺たちだって昨日会ったばかりの初対面だ。お互いどこまで信用していいのか、というのもある。体調は問題ないようだし、お互いについて確認し合おうか。」
「では、君からは話しづらいだろうし、俺から話そう。俺は、この国の異変について、調べて回っているんだ。」
「異変?」
「ああ。魔物の増加と凶暴化が、このところ増えてきている。」
アルド商会に囚われていたラミアにとっては、初耳の情報だ。
「それから、魔石の減少。これらの問題の理由を解明し、防止策を練ることが国としての急務だ。俺は、その問題の手がかりを調べて回っている。」
「何か、わかりそうなの?」
「いいや、まだだ。しかし、歴史あるこの国で、ほぼ同時期に急に起こった二つの現象。何かしらの繋がりがあるのでは無いかと、俺は思ってる。それから、近年滅多に姿を見なくなった、竜についても。
それで、その関連について俺は調べて旅しているんだ。」
「貴方一人で?」
「ああ。一人の方が、何かと身軽でね。」
竜と魔物と魔石と。突拍子もない話に、ラミアは驚きを隠せなかった。
「今日の用事もそのこと?この辺りに、何かありそうなの?」
「この森の周辺の村で、昔竜を見たという人が数人いるとの情報があってね。この森には何かあるのではないかと探っているところだ。」
「それで、何か見つかった?」
「いや、まだだ。明日はもう少し森の深部まで行くつもりだ。」
「そう・・。」
話しを聞いた範囲では、カーディラスはアルド商会とは繋がらなそうだ。ラミアはこっそりと安堵した。
「それじゃ、今度は君について教えてもらえるかい?君は、なぜあんなことに?」
川を流れてきたのである。それは当然の疑問であった。
「私は、母から魔石の特殊な加工方法を受け継いだの。」
カーディラスは信用できそうだが、共石の村については簡単に話せることでは無い。ラミアは、少しぼやかして話すことにした。
「それで、それを知った欲に目がくらんだ奴らに捕まって。この一年、そいつらのところで働かされていたの。」
「!君、一人で捕らわれていたのかい?」
カーディラスは驚いて目を見張った。
「ええ。それで、私を捕らえておく場所を変えるからって、馬車で移動しているときに、逃げてきたのよ。」
「・・・なんて、無茶なことを・・・。」
「でも、逃げ出す機会はそれしか無かったの。やつらは私を解放しないでしょうし、屋敷に監禁されたらもっと逃げ出せないもの。」
「そうか、、、。」
「それで、森の中に逃げ込んだはいいものの、川に落ちてしまって、、、それで貴方に助けられたの。貴方は命の恩人だわ。」
「いや、あそこで君を助けられて良かったと、心から思うよ。それにたった一人で、よく挫けずに行動したな。尊敬に値するよ。」
カーディラスは、ラミアの話に心から感心し、優しい瞳でラミアを見た。カーディラスに見つめられ、思わずラミアは顔を赤らめた。
「それで、今度のことなんだけど。」
少し恥ずかしくなったラミアは、少々早口になりながらカーディラスに言う。
「カーディラスにお願いがあるの。この辺りを調査する間、ここにいる間、私に剣を教えて欲しいの。」
「君に剣を?」
カーディラスは驚いた。
「君は女の子だろう?この森を抜ける時は、俺も同行するぞ?」
「ありがとう。魔物の中を行くのは心配だから、同行はぜひお願いしたいの。でも、だからって足手まといは嫌だわ。森を出るにはそれなりに強い魔物もいるんでしょう?大丈夫、これでもナイフで小さな魔物くらいは倒したことがあるの。」
「そうなのかい?」
「私の生まれ育った村は森に囲まれていたの。だから森には慣れてるし、木の実や薬草を採るときに魔物が出ることだってあるのよ?」
ラミアの強く、真剣な眼差しを受け、カーディラスはため息を吐きながら頷いた。
「全く、君には驚かされるよ。たくましいんだな。それにその短剣。いつの間にか装備してるけど、どこに隠し持っていたんだか。」
カーディラスは苦笑した。
「いいよ。わかった。明日から朝に剣を教えよう。」