エルファ領の土地神とエルファ領の危機
俺はラタトスク・グリフォンを案内の人に任させた。
えっ? 俺が人を一瞬で肉片にできそうなこの魔物を一人で連れてくの? と慌てる案内の人に話しておく。
「大丈夫です。ラタトスクはすごく良い子なのでちゃんと言うことを聞きますよ」
「お主なかなか強そうだけどわらわの方が強いんだからなっ。わらわはこの広大なエルファ領の土地神だからなっ。絶対わらわに攻撃してはならんぞ? 絶対攻撃しちゃならんならな?」
手を握ってそう言うアルファンデル。
「ということは、あなたは魔物なんですか?」
「そうだ。あぁわらわはこう見えて2000年の時を生きるクリムゾンドラゴンである。すごいじゃろう。さあ友達になりたいじゃろう」
曇りのない笑顔の幼女。
「友達ですか……どうですかね」
俺は苦笑する。
「カムイといったか。お主も魔術師だろう? ならばわらわが知ってる魔法の知識を開帳してもいいぞ。わらわの脳は叡智の宝物庫だっ。知りたいじゃろう?」
2000年生きるクリムゾンドラゴンにして土地神の魔法の知識か。それは知る価値があるな。
「それはとても気になりますね。自分も魔術師ですから」
「よ、よしっこれでわらわとカムイは友達な。だから絶対わらわに攻撃するなよ?」
「専守防衛を誓いましょう」
「あー! いっとくがな。わらわはあの忌々しいワイバーンとの戦いとかで力を使っちゃったから今はちょっと戦いたくないだけで全快のわらわなら誰にも負けないんじゃぞ」
それから物々しい雰囲気の駐屯地の中を歩き魔術師のテントに向かった。
ワイバーンのような魔物の方をよく見るとずっと透明な青い結界が貼られているのに気がついた。
結界魔法だろう。
これから行くテントにこの魔法を維持している魔術師もいると思うと少し心が踊った。
アルファンデルと話しながらテントをくぐるとその先にいた男が話しかけてきた。
「走ってテントから出ていかれるから逃げたと思いましたよ、アルファンデル様。お気持ちは決まりましたか?」
「ぐるるる……」
先程は俺と友達? になって威勢が良かったアルファンデルが萎む。
はぁ……と後ろに髪をくくった長髪の男はため息をついた。
この男は魔術師だ。それもかなり強い。
魔術師のテントにはいかにも魔術師的な人達が集まっていた。
「だっ大丈夫だメイナード! すごい強いやつを連れてきたんじゃ! だからわらわがあんな魔法を使う必要はない!」
そう言ってアルファンデルは俺の手をぶんぶんと振った。
「メイナードって……もしかして【大瀑布】メイナード……?」
メイナード・テスタバーグはエルファ領のAランク魔術師だ。その名声はアーレム王国にも轟いている。
「そうだが……その呼ばれ方は恥ずかしいね」
メイナードは恥ずかしそうに片方の頬にシワをつくる。
彼はおそらく四十代後半で灰色の目に灰色の髪をしていた。
顔は初めて見た。
ローブに長髪でザ・魔術師って感じだ。
「先程言っていたものすごく強い者がこちらに向かって来ていると言っていた存在が、彼だと」
「いえ、自分そんな大した存在じゃないっす。最終学歴中卒です。落ちこぼれて魔術学校中退した凡人魔術師です」
思わず恐縮してしまう。
「お、おいっ! 嘘をつくなっ! あれだけの魔力で弱いわけがない! かなり強そうなグリフォンを従えていただろうが!」
「グリフォン? なんのことですか??」
とぼける。
「アルファンデル様……もうあなたがあの魔法を使うしかありません。あのワイバーンはあまりにも強すぎる」
メイナードはアルファンデルの苦し紛れの言い訳と捉えたようだ。
「ぐるるるる……」
なにやら二人は揉めている様子。
「あの……」どういう状況ですか?
「ああ。すまない……到着そうそう見苦しいところを見せたね。君の応対もできずすまない。恐ろしく忙しいこともあって対応する人が足りていない」
「メイナードさん。私が彼の応対に当たります」
メイナードも顔色が悪かったが、さらに顔色の悪い女の人がテントに入ってきてそう言った。
「頼む」
「よく来てくれた。私はナーディ。君は?」
眼鏡をかけたやや身だしなみがルーズな女の人だ。
何日もあのワイバーンの対応に追われていての修羅場感を感じる。
差し出された握手を握って俺は自分の名を名乗った。
ナーディは眼鏡の奥の合理的な瞳で俺を見据えて言った。
「悪いが……ギルドカードを見せて欲しい。時間がないんだ」
ギルドカードはこの一年更新してないので犯罪者と分かる情報は乗ってないがランクは最低ランクのFから一つ上のEランクだ。
アルジェント白魔法学院は学生に冒険者の依頼を受けさせるのを推奨していなかったが、俺のアルジェント時代にいろいろあがこうとして依頼を受けていたことがあってランクを一つ上げていた。
あのころの俺の実力では低難易度の依頼しか達成できなかったので最低ランクを一つ上げるのが限界だったが。
「ありがとう」
ナーディはギルドカードを返す。
それから魔法の実力について問われた。
「ランクを上げるのに勤しんでいなかったのでランクはEですが、実力はD付近まで上がったと思います」
嘘だ。今なら確実にA以上確実だ。
「第二階位魔法を複数使います。火炎魔法ならば第三階位魔法を使えます」
これも嘘だ。
火炎魔法は第七階位魔法を開発したばかりだ。
ギルドカードがFで俺のようなソロの若者魔術師という見た目の情報では本当のことを言ってもとても信じてはもらえないだろうしな。
口頭申告ではこれくらいの実力ぐらいしか信ぴょう性がないだろう。
「分かった。追って君のポジションを伝える。土魔法も使えるんだったな。基本報酬で200万トルク払おう。このドラクマ湿地帯は干拓大工事事業の最中だったんだ。それをあのディエス・ワイバーンが現れ工事現場が壊された。川が今にも決壊しそうなんだ。人命の救出と支流の決壊を防ぐ手伝いをして欲しい」
Eランクの魔術師に頼むにしては高額な依頼だ。
その依頼を受けるとまた違うテントに向かってそこのリーダーに話を聞くようにとの指示をもらう。
話が終わるやいなやナーディはさっさとこのテントに連なるテントの仕切りを潜り行ってしまった。
仕切りの布の切れ間から見るとナーディはメイナードのアルファンデル説得に加わったようだ。
いい大人、しかも一人は伝説級のAランク魔術師が2人がかりで見た目幼女に詰問まがいの話をしている光景だ。
なんだか話の内容がすごく気になる。
「自分の命と引き換えに相手を殺すことができる第七階位黒魔法の《ディクラノーラ・ゼム・ペクトラム》。アルファンデル様はそれであのワイバーンを殺してください」
ナーディが眼鏡をくいっと上げて話し出す。
「ぐるるるる……わ、わらわは2000年の時を生きるクリムゾンドラゴンぞ……オマエに従わせることなどできん」
「エルファ領を守る最終手段としてあなたは命を張らねばならいでしょう。領主から私はあなたのことを聞き出しました。あなたはかなり特殊な経緯を経てエルファ領の魔物の主になった」
アルファンデルはぎくっとなった。
「あなたは領主と契約魔法を結んでいる。アランは35年前まだ魔物として大した力のないレッドドラゴンのあなたと出会った。
人化できる魔物というのは魔物として最も高い位であることを示す要素の一つですが、その頃あなたは人化もできないぐらいに弱い魔物だった。
Cランクがいいところだったのでは?
アランはあなたがエルファ領から力を得る代わりにこの土地及び、領民を守ることを要求した。
あなたはそれを飲んだ。そして主となることで土地の力を得、あなたはクリムゾンドラゴンに進化した」
「あ、ああぁ~~っ」
カーッと顔が恥ずかしさで赤くなるアルファンデル。
「エルファ領の守り神として我々は崇めてきましたが、アランさんに聞いたんですがあなた200年も生きていないそうじゃないですか」
「うう………」
プルプル震えて泣きそうになっているアルファンデル。
「……その……ナーディ君、その辺で……さすがに可哀想だ」
見かねたメイナード。
「メイナードさんは肝心な時甘いです……領主のアランさんよりはご理解がありますが。いいですか。今は我が領と領民の危機なんですよ。守り神が役目を果たさないでどうするんですか」
ナーディは幼女を見下ろして冷徹に語る。
「無理やり契約魔法で従わされますか? アランさんにそう頼んでもいいんですよ。やらされるのはなく自発的にすることでクリムゾンドラゴンの誇りを我々人間に見せてください」
「すみません……アルファンデル様。もちろん私は命を費やすつもりでワイバーンに挑みます」
「ぐるるる。アランはいいやつだからな……わらわもそれは嫌だ……分かった。ええいっ。分かったわ! わらわのクリムゾンドラゴンとしての矜恃をオマエら人間らに見せつけてやるわ!! 確殺してやろう確殺っ」
薄い胸を張り、強ばったドヤ顔を見せるロリドラゴン。
メイナードとナーディはひたすら頭を下げた。
「……ありがとうございます。できれば戦闘中に早い決断をお願いします。その分助かる命が増えます」
ナーディが追い討ちをかけた。
「ああっ! 任せるがいい!」
カハハと笑い腕を組んで胸を張るアルファンデル。
空元気が丸わかりだ。
幼女は大人二人が去ってもその場に立ち尽くした。
とんだ鬼畜眼鏡たちだったな。
というか2000年分の魔法の知識とか大嘘やん。
しかし第七階位魔法付近が使える人間に友好的な魔物など希少価値が高すぎる。
人間では魔力総量的に第六階位が歴史上最高なので第七以上は理論的に可能とかそういうレベルで文献の立証性も低い。俺のレベルの情報がほとんどないのだ。
アルファンデルが死ねば彼女の知識を教えてもらうことができない。




