土地神
カムイが悪魔の森最奥部から中部に戻る三日前。
エルファ領ドラクマ湿地帯。
悪魔の森から5km離れた場所にある、干拓予定地。
この場所で二匹の最上位魔物が争っていた。
一匹が悪魔の森の主。もう一匹がエルファ領の主だった。
◇
空を飛んでいる時にある物を見つけた。
湿地帯にどデカい竜の魔物がいる。ワイバーンのようだ。
真っ黒な羽毛に覆われた筋骨隆々の身体。
恐竜のような見た目。
尻尾も合わせると全長40mはありそうだ。
あれはもしかしたら悪魔の森の土地神かもしれない。
なんでこんなところに?
土地の主である魔物は普通は自分の土地からは出ていかないものだからだ。
近くにはテントや幟が立っており駐屯地っぽいものがあった。幟はエルファ領の騎士団のものや、冒険者のクランのものなどがあった。
全身をフルプレートメイルの覆った兵士や冒険者がまばらに居た。
なにかしらの工事中の木材が崩れていたり大地が抉られていたりと戦闘の激しさが見て取れた。
煙が上がっているのは魔術師の魔法だろうか。
ここで大規模な戦闘があったということが分かった。
かなり遠くの上空から見下ろしているにも関わらず、その魔物を見て俺は鳥肌が立った。
赤い目はどこを見ているのか分からない。
身体にはところどころ傷があり、血が黒い毛についていた。
じっと沼地に身を伏せているが死んでいないのは屹立したシャチホコのような尻尾から伺えた。
だがこの世界の俺以外の人間の力であのワイバーンに傷を負わせられるとは思えなかった。
理由が気になったところで一つのテントの中に膨大な魔力を一点感じた。
あれか?
上空を飛んでいるとそのテントから力の正体が潜り出てきた。
赤い髪の……子ども?
10歳ぐらいのどことなく和装っぽい着物を着た長い赤髪の子どももこちらを見上げている。
腰に両手を当てて胸を張っている。
◇
「到着者はこちらに一度来てくれ!!」
荒くれ者で行き交う駐屯地の入口の前で声を張り上げているのは文官っぽい眼鏡の三十代付近の男だった。
俺はラタトスク・グリフォンで駐屯地の前に降り立つと周囲の荒くれ者たちが息を飲んで注目するのが分かった。
下降する前に治療院で購入した呪い封じの首飾りをかけた。
俺にかかっている呪いは強く、数日で壊れてしまうだろうと院長アイセアさんが言っていた。
俺は魔力も隠しておくことにした。
魔術師がたくさんいるだろう。
魔力を偽ったり、隠したりする上手さも魔術師の技量を示す。
眼鏡男性に事情を訪ねようとしたが先に話しかけられた。
「相当力のありそうな魔物を従えてやってきたな。とても若いな……! ……魔術師か? 戦力になりそうな人間が来てくれてとても助かる。魔術師は紫の帽子の書かれた旗のテントに集まってもらっている。そこに行ってくれ」
「あ……いや、俺は魔術師ですがたまたま通りがかっただけで事情が分かってないんですよ。何があったんですか?」
「……そうなのか? ……ふむ。そうか」
俺の返答に少々気落ちした様子。
「君もあの魔物は見ただろう。私は到着した増援の受け入れ作業で忙しくてな。単刀直入の聞くがあの魔物の討伐戦に参加する気は無いか? 報酬は冒険者ギルドの方から尋常ではない額が出るぞ。何しろSランク以上の魔物だ」
俺はあのワイバーンから力を吸収したい。
「それともちろん冒険者ランクの大幅な上昇も期待してくれていい」
自分一人で戦うつもりだったがこれで楽ができる。その上お金の報酬やギルドランクの上昇。エルファ領の人間との繋がりもつくることができる。やろう。
「どこまで力になれるか分かりませんが……自分も参加しましょう」
「そうか……! ではすまんな。詳しい状況も魔術師のテントで聞いてくれ。君の魔物は誰かを襲ったりはしないか?」
俺が参加すると聞いてすごく嬉しそうな男。
「ええ。良い子ですから馬を見ても襲いかかったりしませんよ」
「では馬を留めてある場所に留めて置いてくれ。右側を真っ直ぐいったところだ」
俺は案内と一緒にラタトスク・グリフォンを馬の横に置こうとテントの中を歩いた。
凄い勢いで着物姿の幼女が走ってきた。
「ぐるるるる……」
犬歯を剥き出しにして威嚇してくる幼女。
「アルファンデル様!?」
案内のおじさんが幼女に様づけをしている。
幼女はなんだか偉い人のようだ。
「お主……通り過ぎるだけなら見逃してやろうと思ったが。相当強いが誰だ? ここへ何しに来た?」
俺は魔力を完全に隠しているがアルファンデルという幼女は魔力を隠そうとしていない。
主にあのワイバーンに傷を負わせたのはこの子だろうな。魔力量が明らかに超越者のそれだ。
「自分はカムイという一介の黒魔法魔術師です。今回の戦いに微力ながらお力添えします」
「な、なんだァ味方だったのか……」
ほっとしたようにプレッシャーを引っ込める幼女。
完全に毒気が抜かれたようだ。
ニコニコと俺に笑いかける。
「よく来てくれた!」
ちょろい。それでいいのか?
「お主さっきちらっと見たけどすごい魔力だったな! さあさっさとわらわたちのテントに来い。やった! やった! これで勝てるぞっ」
強引な幼女は俺の手を引っ張って行った。




