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非人界

 村が見えてきたが、人里に寄り宿に近づいたら自分が咎人(とがびと)であることを示す暗褐色(あんかっしょく)の紙を提示しなければならない。

 首都の大門でもそれらを見せなければならなかったし、それらを見せると当然犯罪者を見る目で見られる。

 仕事をしても周囲の何倍働こうが咎人であることがバレたら賃金は大きく減らされる。

 ようするに咎人としてこの国にいるだけで詰んでいるのだ。


「ロイドを葬ろう」


 ロイドは世界の全てが憎くなった。

 ロイド・ベルマンのままではかつての自分と変わることができないままだと思った。

 もはや俺は”ロイド・ベルマン”という人間が積み上げてきた過去にも嫌気がさしていたんだ。

 もちろんアーレム王国にも。

 ”アーレム王国”の”白魔法学院”に在籍している”ゼベダイ村”の”ビード・ベルマン”と”ライラム・ベルマン”の息子の”ロイド・ベルマン”はもうこの世にはいないのだ。


 カムイがいいなと思った。古代語で精霊の神という意味。


 俺の名付け親は己自身なのだ。


 そうだ。俺は世界一強い者になるんだ。


 自分で神の名前を名乗るのは俺なりの意気込みだ。

 強がりでもある。


 あるいは自身に圧倒的な価値を置くことで相対的に全てのものを無価値にしようとしたのかもしれない。


(世界が俺を無価値だと言いやがるなら、俺が世界の方を無価値だと言ってやろう)


 ロイドは今日から”カムイ”になった。


 悪魔の森。

 そこは魔物が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)する森だ。

 腕が無い。

 まずは腕を手に入れなければ。

  思いつく魔法は一つしかない。

  禁魔法。《ストラーノアーム》

  これを使えば完全に俺はお尋ね者だ。


 魔力を練る。


 魔法で腕を生やす。


 黒い光という矛盾したものが飛び散る。

 成功。

 魔力暴走がなければとても魔力が足りずこの魔法を使うことはできなかっただろう。

 黒い腕だ。肩から先が墨を塗ったように真っ黒なものになっている。


「ふ……やはり俺は天才じゃないか」


 いかんいかん。次の工程に移らねば。

 今必要なのは人間的な心ではない。

 機械のような冷静さだ。


 次は──強い魔物を倒す。

 ここは魔物の土地。


 弱いものは食われ、強者の肉となる。

 まぁ──それは人間の世界でも同じなのだが。


 俺はそれを勘違いしていた。そしてその勘違いでここまで落ちてきた。


 あとは這い上がるだけだ。


 ここが底だ。


 魔物を殺し、自分の強さを動物達に示さねば寝ることもできない。

 そのため魔力切れが予想される今一刻も早く、ある程度の強さの魔物を狩っておかなければならない。


 森の奥に進んでゆくと、川に滝が流れ落ちており、その滝つぼに何かがいた。


 全長8mほどの蟹の魔物だ。

 ジャイアントクラブ。

 泡を吹いて狂ったように左右移動を繰り返している。安全な位置から見ればコミカルな様子だが、その大きさと速さがその蟹の危険度を物語っていた。


 組ふしがれるだけで肋骨が折れそうで、ハサミで挟まれるだけで腕がちぎれそうだ。


 ここはもう安全な場所ではない。自分にそう言い聞かせる。


 ジャイアントクラブは俺が通っていた白魔術師学校の三年生の平均の腕前の者が五人集まれば無傷で倒せるレベルだろう。

 当然二年生の落ちこぼれの俺一人では適う相手ではない。

 だがそれは平常時の話だ。

 魔物の特性を調べあげた知識プラス、死ぬ気の気迫プラス、魔力暴走状態、(これが1番でかい)でなんとか倒し、魔物の持つ魔力を奪う。


「!」


 眠りに入った時か、食事の時間を狙おうと観察していた時、滝上の水が飛び散った。

 かと思えば、滝を勢いよく落ちてきた魔物がいた。


 その魔物はジャイアントクラブに噛み付いた。四足歩行の獣型の魔物。

 アゴが強靭(きょうじん)らしく固い殻を重機が家を倒壊させるような音を立てて噛み砕いている。


 二匹はさながら怪獣大戦争のように派手に水しぶきを挙げ、崖を削り争っている。


 またとない大きなチャンスだった。


 二匹が争い消耗した後に二匹分の魔力を自分のものにする。


 互いを(ほふ)るのに夢中で俺の荒い息にも獲物二匹は気がついていない。


 時間が有れば罠を貼るのに………。

 だが魔力暴走は時間制限がある。


 俺が今使える魔法を確認しておこう。


 第一階位黒魔法が《クイック》《エアプレス》

《アク》

 第二階位黒魔法、《ダークエッジ》《アグ二》

 第三階位黒魔法、《ストラーノアーム》《ランクアップ》


 同級生なら素で第四階位魔法を使え、五千人に一人ぐらいの天才は第五階位魔法を使うことができる。


 俺は命を削る魔力暴走状態ですら第三までしか使えない。

 第四階位魔法、第五階位魔法使いてぇ~~っ。

 第四階位魔法にもなれば絶大な効果の魔法も増え始め、今目の前の死線も死線ではないほど楽になるだろう。


 ないものねだりしていてもしょうがない。


 さぁこんな雑魚な俺だがどうやって活路を見出す?


 カムイは思考する。これから始まる魔物討伐。いやこれは命を賭けた闘争だ。

 学校の授業で行われた魔物討伐とは違う。クラスメイトが近くにいることもないし、教師が近くにいることもない。


 失敗すれば、死。


 カムイは笑う。

 濃密に感じる死の気配。

 だから生きていると感じる。


 二匹の身体に十分に傷ができたころ。

 カムイは呪文を唱える。


「《火力が足りない──渇望するは熱──少しずつ強くしていこう》」


 唱えるのは黒魔法第二階位魔法アグニ


「グオオオオオオオッ!」


 魔物が鳴く。


「《──人に使うのは危ない──用心しよう──アグニ》」


 滝の上に半径50cmほどの炎が出来上がる。それを滝下にそのまま落下させる。


「ガアアアアアアアア!」


 獣特有の鳴き声を上げ、カワウソ型の魔物は暴れた。だが魔法でできた炎は確実に魔物にダメージを与えていく。


 だがジャイアントクラブはなんと滝を登りカムイの元へと迫ってきた。

 人間の頭四個分くらいはあるハサミが振るわれる。


 カムイは反応し、避けた。


 ごうっと頭の上をハサミが通過していく。

 腕以外に当たれば即致命傷(そくちめいしょう)

 死の鎌を紙一重で避けた。


 だが死の鎌は連続して振るわれる。


 そんな中でも冴え渡った脳髄(のうずい)は俺にやるべきことを的確にこなさせた。

 超スピードで炎の呪文を唱え、その巨体(きょたい)にぶつける。魔法式は持続型にした。甲殻の中を蒸し焼きにしてやる。

 ジャイアントクラブの連撃を紙一重(かみひとえ)で避けていく。


 ちなみに身体強化魔法ランクアップを使っている。

 焦げ臭い匂いが鼻腔(びこう)を通り抜けてゆく。


 魔物が徐々にその動きを緩慢(かんまん)なものにしていく。


 ──────勝った!!


 あるいは俺は運が良かっただけだと評価する者もいるだろう。

 しかし、今立っているのは俺で狩られるのはこの魔物だ。


 おそらく同級生は1人ではこの魔物には敵わないだろう。魔の131回生の中でもジャイアントクラブとこのサイズの魔物を二体同時に相手して勝利するのは俺だけだろう。


 万年最下位だった俺が天才だらけの同級生でもできないようなことをやってのけた。


「ありがとう。俺の糧となれ。いただきます」


 魔物の瞳から力が失われた。


 吸収。魔物の身体からしみ出た魔力と魔法を使ったことによる魔法痕の魔力が俺に還元されていく。


 相手の魔力はもちろん魔法を使った残滓(ざんし)も自分に還元するということが魔術師が魔法を使って魔物を倒せば強くなるというカムイのみの特性だ。


「……すごい魔力だ! 街周辺の魔物とは比べ物にならねぇ」


 二体分の魔力が自分のものとなった。

 だが、それとは違った異変を感じる。


「……まずいな。魔力暴走もそう長くは維持出来ない」


 魔力暴走が切れた途端、デメリットで体力も魔力も幼児並になってしまう。

 俺の魔力回路は一度魔法学院のクズ共にぶっ壊されている。

 この魔物が跋扈(ばっこ)する危険極まりない地域でその状態になるのは死を意味する。


 この調子で魔物を倒し、せめて回復魔法が使えるようになるまで魔力を増やしたい。

 回復魔法の魔法式は完全に理解しているが魔力だけが足りないんだ。


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