事後処理
そしてこの場には俺を含めて使役物という奴隷の立場から解放された者だけが残った。
「さて、これからあんたらなにか今後の方針はあるか?
……悪いが俺はあんたらと一緒にいってやってそれを手伝うことは今すぐはできない。
さっき聞いた通り俺には『出会う人間に徐々に憎まれていく』文言で現代の白魔術の最高峰と言われている天罰魔法がかけられている」
「なんであんたそんなに自慢そうなんだ……?」と年長者であるサイード。
「ごほん……俺はこの天罰魔法を解かないとまずいからな。あんたたちと一緒にいる訳にはいかねーんだ。
とはいえ、できる限りのことはさせてもらう。まずはギルドカードにお互いを登録しよう」
ギルドカードはそこに登録したもの現在位置が分かる魔法だ。
「カムイさん......あんたお尋ね者だろう。カムイさんにとって常に位置を俺たちに明かすって言うのは相当なリスクなはずだ」
「こうすればなにかあった時にお互いを尋ねられる」
サイード達はとんだお人好しを見るかのような目を俺に向けた。
「なんの得もないのに自分たちをなおも気にかけ助けようとしてくれるなんて……あんたみたいなやつがこの世に居るなんて……ありがとう……本当にありがたい」
「はは。大げさだよ」
サイードは感極まって涙腺が緩んでいた。
白い髪の少女メトはぼおっと顔を赤らめて俺の心まで見ているみたいで普通の目付きじゃなかった。
「神様みたいな人……」
とメトが呟いた。一時的な混乱状態にでもあるのだろう。
「メト達を助けてくれてありがとうございます……あんな表面ばかりを取り繕う人達なんかよりもカムイさんの方が何百倍もかっこよかったです」
何故かその白い髪の少女はぼろぼろの格好は変わらないはずなのに解放される前より自由になった今の方が数段美しく見えた。
青い瞳がきらきらと俺を見つめている。
サイード以外のみんなも他に行く場所もないらしく、共にガリルに行くらしい。
「俺は元漁師だったからな。これから北西にあるガリルの港街に行ってそこで仕事をしようと思う」
クリスは冒険者になるつもりのようだった。
「……というわけだ。俺たちはちゃんと生活していける。そんなに心配しなくていいんだぜ。あんたはあんたの人生を生きてくれたらいい。もう充分してもらったよ」
「……そうか」
俺は微笑んだ。
森から出る前に俺はログハウスに寄り、たくさんの餞別をサイードたちに持たせた。
高価な薬草、希少な果実。
滅多に手に入らない長持ちする食材。
そして相当倒すのが難しい魔物の素材等など。
酒も取り出す。
「す、すごい。こんな恐ろしい場所でここまで備蓄を蓄えることができるとは」
「ほんとは記念にあんたらと酒を飲みかわしたかったけどなー……」
「ああ、そのクソッタレな天罰魔法ってやつがあるせいか……」
みんなからたくさんのお礼の言葉を俺は受け取った。
「ありがとうございます! 俺生きてて良かったっす! 俺の人生にこんな良いことがあると思わなかったっす!」
クリス少年が俺に何度もお礼を言いながら頭を下げるう
「お互いこんな世の中だけど人生楽しもうな」
そろそろお別れの時間が近づいてきた。サイード達は名残惜しそうだった。
「……あの、メトは、カムイさんと一緒にいたいです……」
白い髪の少女はいじらしくぴょんぴょんと髪の毛を揺らす。
「お嬢ちゃん。行こう」
天罰術式のことを分かっているサイードが断腸の思いでメトをに促す。
少女は「あう……」とうなだれる。
「行くんだ」
俺ははっきりとした口調でそう言った。
それで少女は悲しそうに走って行ったがそれでも去り際も何度も何度も俺を振り返った。
こうして元使役物の七人も俺の元を去った。
そうしてまた、一人になった。
季節は夏に差し掛かっている。広葉樹のこの森は青々とした葉が木々の枝から生い茂っている。
岩の上に座った。
腕を四角にしてそこに顔をうずめた。
目を閉じると暗闇しか見えない。
教室に居場所がなくて学院の休み時間などもよくこうしていた。
ジェニー。マルク......俺お前らの仇を討てたかな。
使役物になってる人達も自由にしたよ。
……褒めてくれるか......?
木々が風で揺れる。誰にでも平等な風が腕を撫でた。
俺は永遠に一人なんだという思いが胸に去来する。
そこには不思議な満足感があった。
俺はお前らのことを忘れない。
お前らとずっと一緒にいるよ。
他に誰もいらない。
お前らさえいればそれでいい。
俺の心に他に誰もいなくていい。他の誰かを入れてお前らのことを忘れてしまうなんてことしないから安心してくれよ。
「......あの」
暗闇から声がした。
それは暗闇の中の凪いだ水面に波紋を起こした。
人の気配だ。
顔を上げるとそこにはメトがいた。
祈るように指を胸の前で組み、感情を取り戻したかのように泣きそうになりながら俺を見つめている。
俺はさっきから泣いていた。俺は彼女が何故戻ってきたのか分からず涙を隠すのも忘れ数秒見つめあった。
メトは何かを言おうとしているが声をかけたらいいのか分からないようだった。
「ん……? どうした? みんなは?」
涙を拭きながらそう問う。
「……み、みんなは行きました」
「!? バカっ! なんで戻ってきたんだ!」
「メ、メトはあなたに恩を返しに来ました! どうかメトをお使いください!」
「天罰魔法のことを聞いていなかったのか!?」
これのせいで俺は誰とも一緒にいることはできない。そして誰からも愛されることがない。
「メトは魔族です。あの……ですから『出会う人に徐々に憎まれていく』という『人』の対象には含まれないのではないかと思って……」
しどろもどろした言葉の中に強い意思があった。
「バカな……」
カムイはすぐさま天罰魔法の魔術式を思い出した。
「あっ」
確かに人間種のみにしか適応されない。こんな抜け道があったなんて。
「そうか。良かった……俺は魔物のペット以外の友達も作れるんだな……」
「そんなことを考えてたんですね」
メトが口に手を上品に当てて笑みを浮かべる。朗らかな清い笑顔も浮かべるんだなとカムイは意外に思った。
白い髪が風でたなびき、彼女はそれを手で抑えた。
「だからってそんな確証もないのに、よくサイードたちから離れて戻ってきたな。こんな危ない魔物の跋扈する森を」
「どうしてもあなたに恩返しをしたかったんです。メトはあなたに全てを捧げたいんです……ご主人様とお呼びしてよろしいでしょうか」
ニコニコと嬉しそうなメト。
「ご主人様はちょっと……」
「ではカムイ様でしょうか?」
可愛く小首を傾げるメト。
「好きなように読んでくれ」
「ではご主人様とお呼びしますね。メトはこれから生涯をかけて恩返しします。それほどあなたはメトを救ってくれたんです。もっとご主人様のことが知りたいです。……先程の涙の訳も含めてです」
メトに最後の言葉には愛が含まれていた。俺のことを理解し心の傷を癒したがってくれているように見えた。
「はは。んー……そうだな。素面じゃちょっとな……よし。自己紹介がてら解放記念日に酒を飲んでパーティしようか」
俺は照れ隠しぎみにそう提案する。
メトは一瞬きょとんとしたあと、まばゆい大輪の花のような笑顔で、
「はいっ!」
と返事をし、犬のように宴会の準備の指示を嬉しそうに聞いた。