その勝利は喜びと少しの痛みをもたらした
キュナイカが俺に相対し大仰にのたまう。
「お前らは弱く、愚かやつなんだよ! 俺がお前らを教師としての自己犠牲を払ってまで導いてやっているのに。貴様は!」
一体一の戦いだ。
「頑張れ先生!!」
「頑張ってください! 信じてます!」
「こんな堕ちた魔術師なんか先生が倒してやってください!!」
や、一対八? 生徒達の応援が声高く響く。
「引導を渡してやるよ老害」
いいね。この感じ。
この場にいる誰もが俺の敗北を願い、高らかに叫んでいる。
しかしメトたちを見ると元使役物はもどかしそうに声を出せず俺とキュナイカの戦いを凝視していた。
メトは目を見張り、手に汗を握り息を飲んで俺を見つめている。
それはまぎれもない俺への応援だった。
声にならない応援を俺はしっかり受け取った。
......分かるよ。
絶対絶対絶対、俺たちの心の声の方が大きい。
俺はメトたちににこっと笑いかけた。
「俺が勝つ!!」
キュナイカはそれを見て鼠のように意地悪く笑い、ある宝石を取り出した。
あれは宝石が魔道具だ。
それは日々自分の魔力を貯蔵しておけるもので、その魔力を一気に自身に取り込むことができる。
そして、さっきの俺の戦い方も使う魔法もキュナイカに情報として渡ってしまった。
俺は身を翻し、魔物の死体の後ろに隠れた。
キュナイカの得意魔法。
それは対人戦に特化した魔法だ。
白い光を飛ばし、その光に当たった者の魔力の流れを阻害し、魔法を使わせなくする魔法だ。
徹底的な対、魔法使い特化の魔術師。
魔術師にマウントをとることを終生の喜びにしているあいつらしい。
どの程度魔法を使うのを邪魔されるのかは予想はつくが実際に食らうまで分からない。
ならば一撃も喰らわない方向で行く。
そして使うのはまだこいつに晒していない、人工の使い魔を呼び出す魔法だ。
ハチマキをしたヒトデのような黒い使い魔を呼び出す。呼び出せるのはもう三体が限界だ。
そして再度『インドラの矢』を使用。
呪文を高速で唱えて、光の剣を構える。
これで魔力はゼロ。
光の剣が時間制限で消えればもう俺の戦闘能力はただの十四歳の肉体しか残らない。
不健康そうな野暮ったい目のキュナイカは意地悪くギザギザな声で話す。
「おい。不思議に思わなかったか? お前の使役物落ちが決まった時から明らかに人から敵意を持たれるようになったと感じなかったか? ロイド。
我々はなぁ、お前に『出会う人間に徐々に憎まれていく 』という天罰魔法を組み込んだんだよ。
協会の威信を込めた、最高峰の白魔術師と最先端の魔術理論で欠けた魔法だ。一生解けまい」
天罰魔法。そんな白魔術の高等魔術を俺に使っていたのか。
なるほど。あの実力者たちが俺にかけた魔術の正体はそれか! いやー解ってスッキリしたわ。あの魔術式もこれで腑に落ち……ってあぶねーあぶねー今は戦闘だ。
「さぁ! 無能学生ロイド! 人生最後の授業をしてやるぞ!」
痺れを切らしたキュナイカが近づいてくる。
「行け」
俺は使い魔三体をキュナイカに向かわせた。
「なんだそれは。お前にぴったりの矮小な魔法だな!」
当然キュナイカは自衛の為の魔法を他にも持っていた。
青い光の物理衝撃を魔法で飛ばし、使い魔を一匹パチンという音ともに弾けさせた。
しかし、キュナイカの魔法の構築速度ではそこまでだ。
使い魔二匹に接近を許す。
「ぬっ」
「ふぁっ!」「ふぁっ!」
二匹の使い魔が鳴き声と共にキュナイカの腕を掴む。
「魔術師は近距離戦に弱い」
今! という天啓を受け俺は地面を爆発させる勢いで蹴った。
キュナイカは使い魔を振りほどき、一匹一匹を始末していく。
「ふぁっ」
パチン。
「ふぁっ」
パチン。
そしてキュナイカが俺の方を向いた時には全てが遅かった。
俺は自身が放てる最高最速の突きを繰り出した。
光の剣はキュナイカの脇腹を抉った。
肉を抉る手応えが腕に伝わってくる。
真っ赤な血が飛び散った。
皮膚を切ったなどというレベルではなかった。
仰向けに倒れたキュナイカは何が起きたか気づいていなく、まだ笑みを浮かべたままだった。
俺は足を振り上げ、キュナイカの杖を持っている腕を思い切り踏みつけた。
「ぐぼはっ!」
魚顔のロン毛があぶくを吐いた。
俺は転がった杖を蹴飛ばした。
キュナイカは泡を吹いていた。
はー。はー。と俺は自分の息をすったり吐いたりする音しか聞こえなくなった。
刃を憎しみの対象の男の首に左からあてがう。
今、目の前には友達の仇であり、自身の仇でもある男が這いつくばっている。
痛い痛いと男は喘いでいる。
今この刃をほんの少し右にずらすだけで.......。
はー。はー。
「……ジェニーとマルクに謝れってんだよ」
「ひぃぃっ。な、何を謝ればいいのか......」
「お前らはあいつらの未来も命も奪ったんだ! それをごめんなさいだろォ!」
「ごめんなさい! ジェニー。マルク。愚かな私は君たちの明るい未来を奪ってしまって本当に申し訳なかった!......はァ。はァ。こ、これでいいかい......? 私を助けてくれよ。このままでは死んでしまうっ」
「辞めて! 先生を殺さないで!」
クリスティーナ。
「頼む! もうやめてくれ! キュナイカ先生は僕の英雄なんだ!」と、トロイ。
「おい! キュナイカ先生を殺したらぜってぇお前を許さねぇぞ!」と、ダヴィド。
そうかよ。そんなにこいつが大事か。
声にならない叫びを上げ俺は振り上げた剣を下ろすべく魔物の死体をめちゃくちゃに切りつけた。
「ぐがjdjdkldkdっkxっっっっk!!」
敵から目を離す自殺行為だ。しかしそうでもしないと俺の高まった憎しみを発散できなかった。
やや冷静さを取り戻す。
やば。今攻撃されたら――
振り返るとキュナイカは生徒達を置いて逃げ出していた。
「ふわぁあああっ! ひいいいぃぃいい!」
振り返ることなく走り去って行った。
呆然としている生徒たち。
クリスティーナたちはまさか自分たちを見捨てて自分だけ逃げるとは思っていなかったようだ。
「嘘......そんな先生。まさか俺たちを置いて逃げるなんてことしてないですよね」
「一度隠れてまだ機会を伺ってるんだよ!」
…………こいつらほんとバカ。まじ救えねぇ。
いくらたってもキュナイカは戻ってこなかった。
トロイたちのようにキュナイカを盲信してきた者達にとっては立っている地面が崩れたぐらいの衝撃だろう。
俺は、それを既に経験していた。
だが、こいつらにとっては初めての出来事で、まさに天地がひっくり返る出来事だろう。
絶対に子供を守るはずの教師が自分たちを置いて逃げ出した。
自分たちが捧げてきた忠誠心はこういう時に発揮されるべきはずのものだと彼らは信じていたのだろう。
静寂が痛々しく場に下りていた。
俺は唐突に自分の欲求を自覚した。
俺はこいつらに目を覚まして欲しかったんだ。俺と同じになって欲しかった。
「よぉ。まぁああは言ったけど別にお前らのことも助けてやるよ」
全員に解除液をかけて解放した。
みな青ざめていた。
「いや......もう嫌......」
クリスティーナは泣いていた。
「......ほらな。あいつやっぱり生徒を守る気なんてないんだぜ。普段都合のいいことばっかり言ってるけど。これで皆も目が覚めたろ?」
誰も返事を返さない。まるで使役物のように生気がない。
「........」
俺はクリスティーナに着いてる粘液の大きい欠片を外そうと肩に触れた。
「触らないでよっ!!」
クリスティーナはその手を払い除ける。
生徒たちは全員俺を憎悪に揺らめく瞳で睨みつけていた。
「今はっきりと理解した。君は僕らの生活や絆を壊す正真正銘の悪党だ。今は君に適わないが必ず僕は勇者を継いで君を捕まえる」
トロイがそんなことを俺に言った。
彼らからすればキュナイカを否定することはこの国の否定であり、世界の否定であり、自分の否定だ。
それは心の崩壊を意味する。
トロイたちは俺を否定することで心の崩壊を防ごうとしているのだろう。
「……がんばれよ。俺はあそこから逃げ出せたけど、お前らはまだあそこで生きなくちゃいけないんだからな」
俺の言葉に彼らは返さず沈鬱な表情のままこの場から去っていった。




