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序章

 薄暗く湿った座敷牢。

 そこの中には一匹の獣がいた。ロイドはもう人ではなく獣のようになっていた。痩せた体。目だけがギラギラと妖しげに光っている。

 壁にはスプーンで『殺してやる』とか『絶対に許さない』などの文字と自分をこの状態に追い込んだ者達の名前が刻まれていた。


 この国は一見は気候が穏やかで作物の採集率も高く、魔物を討伐できる優秀な冒険者も多く、国民の顔は幸せそうだった。


 不衛生な薄暗い地下牢には両腕を切り落とされた少年が臭いものに蓋をするように、都合の悪いものから目をそらすようにひっそりと繋がれていた。


(どうしてこうなった?)


 ロイドはその三白眼で過去を想起していた。

 きっかけはなんだったか。

 白魔術師の出てくる本を読んだんだっけ?

 物心着く頃にはもう白魔法を使っていた。

 親と一緒になって遊べるほどの簡単な白魔法。

 親父が白魔法が上手かったから幼いころは親父が偉大な白魔術師に見えたっけ。


 誰もが白魔術師に尊敬と憧れを持っていた。

 幼い俺もその例外ではなかった。

 故郷では俺は白魔法の才能があると周りの大人や同年代の子供から賞賛された。

 そして俺はこの国の英雄が教える白魔術師学院に入学した。

 あのころの俺は純粋で忠誠心に満ちていた。

 だが、俺は英雄に裏切られた。

 そして、全てを失った。


  ◇




 (ほお)には烙印(らくいん)が。

 肉が焦げている。


 これでロイドはどこに行っても咎人と一目で分かる。

 ここからの人生ずっと差別され悪意をぶつけられ人間扱いされない。


 俺は阿呆(あほ)だったのでどうして両系統の魔法を極めることを諦めきれなかった。

 それは世界最大の禁忌(きんき)。二つの相反する魔法を極めることはこの国に遥か昔からある宗教上の禁忌だからだ。

 全てを捨ててでも世界一の魔術師になりたい。

 こういう人間はのたれ死ぬか大成功するしかない。

 99%はのたれ死ぬ。

 ロイドもまた99%側の人間だった。

 ロイドは白魔法学院の男に牢から出された。


「俺の荷物は?」


「廊下に置いてある」


「全てですか? アルリルソードやジェファインの木馬、重力制御型の人型機械などは?」


 おそらく捨てられているだろうと思ったがあれば自分を助けるアイテムになってくれるだろう。


「大半はこちらで処分した。咎人(とがびと)の私財を所有できないことも罰の一つでな」


 かつて相当なお金と労力をつぎ込んだアイテムはやはりほとんど捨てられていた。


「さぁロイド・ベルマン。お前は自由だ。頑張って借金を返せよ」


 好々爺ぜんとした老人はロイドに人情(あふ)れる顔でそう言い、ロイドを強制的に部屋から追い出した。


 両腕を切り落とされ、咎人の烙印を押され、借金を押し付けられた。

 このままではロイドは1ヶ月ぐらいで死ぬだろう。


 生き残るとしたら金持ちにストレス解消用の奴隷として飼われるぐらいしかないだろう。


 だがロイドは座敷牢でもうこれからの予定は全て立ててあった。


 元々ロイドは国でも高水準の白魔法学園の生徒だったが、今ではこのように底の底まで転落していた。


 ロイドの両親は学園と白魔法協会に逆らうことなく、むしろ汚点を覆い隠すために進んでロイドを差し出した。

 その時点でもうすでに彼は両親や親族から見捨てられていた。


 怒りがその身の全てを占めるのをロイドは実感していた。

 この国への怒り。家族への怒り。白魔法教会への怒り。そして才能の無い自分への怒り。


 自身の魔力は今崩れた精神状態のせいで暴走状態だ。

 過剰に自身の生命力を魔力に変換されているのが分かる。命が削られて魔力に変換されているなんてすぐにでも治療が必要な状態異常だが今回はそれを利用する。

 強烈なデメリットがたくさんあるが魔力はC級魔術師ぐらいには増えている。

 だがそれも僅かな間だけだ。おそらく2ヶ月もすれば生命力が枯渇して死に至るだろう。


 いわば火が燃え尽きる前に最後に少しだけ勢いよく燃える現象が起きているのだ。


 すぐに自分の荷物の中身を確認する。

 私物のほとんどが捨てられたことが荷物の少なさから分かった。

 地面に這いつくばり口でファスナーを開ける。

 中には数種類の衣類、1週間の食事代にも満たないお金、咎人の義務について書かれた書類のみが入っていた。


 杖が入っていない。杖まで奪われたか。


 俺はなんとしてでも生き残る。そう決めた。

 杖を、手に入れなくてはならない。

 そしてここは魔術師が集まる、白魔術協会と学園だ。


 気がつけば先程から学園の生徒がロイドを見ている。


 ロイドは鞄を体に結びつけようとしたが両腕がない今それは不可能だった。思い直し口で鞄の持ち手を咥える。


 理解できないものを見る目がロイドに向けられる。

 そのままロイドは生徒達を後にする。


 この烙印のせいでロイドはどこにいてもその位置を把握される。

 プライバシーが全くなくなるがもはやそんなことは他にされた行いに比べれば些事であった。


 ロイドに課せられた借金は二千万トルク。

 一般人の給金が平均二十万トルクだ。


 (こんな借金返すわけねーだろ!!)


 ロイドの行先は決まっていた。

 国家権力から隠れるためにスラムに行くように、王国から隠れることができる場所に行く必要があった。


 そのためには追跡効果の無効化が必要だ。スラム街では騎士はおろか王国のどんな人間からも隠れられない。


 逃亡先は魔力の霧おかげでこの烙印が機能しない悪魔の森だ。


 倒れるまで走り、気絶するように眠り、吐き気と共に起き、また倒れるまで走った。

 ロイドのいた首都から悪魔の森までは40kmほどだ。


 こんな無茶な行軍をするべきではないのだが、なにかに突き動かされるように進み続けた。

 人間がいるところにいたくなかったのかもしれない。


 ここは白魔法教会が支配するアーレム王国とはまったく異なる危険が待ち構えていた。


 命を狙う凶暴な大型魔獣が。森を(うごめ)く魔物とも知れない何がが。その土地を支配する狂神が。魔力を(むさぼ)る悪魔が。


 状況は最悪最低で、人生はトリプルエクストラハードモードだ。

 にも関わらず魔力暴走状態で頭がハイになっているロイドは自分は何があっても決して死なないと思っていた。


 夜になっていた。汗でびちゃびちゃになりながらひたすらに走る。目の前で脇道から四つ足の尻尾のあるサソリのようなモンスター『イカラア』が飛び出してきた。


 イカラアはロイドに気づき前足を低くし、尻尾を掲げ威嚇をした。


「うおおおおおおっ!!」


 ロイドは叫びと共に呪文を詠唱する。

 黒魔法特有の黒い光がロイドから放たれる。


 黒い斬撃が大型犬ぐらいの大きさのイカラアの体を両断する。暗い紫色の体液が飛び散る。


 体を斜めから両断されたイカラアは虫らしくまだ勢いよく足を動かしていた。

 ロイドはスピードを緩めずその横を走り抜けた。


 ロイドはひたすら走った。

 魔力の暴走状態に気分を良くしながら。


 俺は誰よりも強くなりたい。


 俺は世界に復讐してやるんだ。

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