その2
どうしよう。何も考えられねぇ。ただでさえ自分が死んだという事実を突きつけられ混乱しているのに、その上さらに神になるだと?知らねぇよ!訳が分からねえ。俺はただ呆然と立ち尽くすだけだったが、次第に少し前まで暮らしていたことを思い出していた。
俺はとても恵まれた生を受けたなんて事は一度も思わなかった。ただ当たり前の様に母親が作った目の前に出される飯を食い、学校に行く。親が出かけた頃を見計らって家に帰宅する。そしてそのまま何をするわけでもなく自堕落な一日を過ごした。正直学校には俺の居場所はなかった。勉強はついていけず、何をさせても平均以下。さっきオセロにこれからなんて見栄を張ったが、本当のところ将来の夢なんてなかった。もしあのままだったら…
「矢木様、お気持ちはお察し致します。ただ怖かったのでしょう?どちらにしてもあのまま生き続けることは叶いませんでした。あなたはもうすでに決めていたのですよ。何も出来ない自分にいつかピリオドを打とうと…そんな方だからこそ私が見えた。私は普通の人には見えません。死期の近い者、もしくは死を決意した者にしか見えません。もしあなたがあの場所で助けなかったとしても、私は死にませんし、何よりあなたは別の方法で命を絶ってここに来ておられたでしょうから」
「正直さぁ、あれだろぉ?無理だって分かったろぉ?矢木。そりゃそうさ…君は元々猫なんだよぉ?無理して背伸びしてさぁ…一度人として生きてみたいのです!何て言うから叶えてあげたけど…この有様…でもそんな君が神になれるんだよぉ?もっと喜ぶとかさぁ。」
「まぁ実際このバステト様も大して仕事はしておられませんので…ほとんどは私が代行しておりますし…」
「いやぁ待ってオセロちゃん、そこそこやってるよぉ?…んまぁあんまりノルマは達成できてないけど、猫のなかではかなりやってる方だよ?つかまぁまぁなことをサラッと言うよね、君。まぁいいや…矢木よ、どちらにせよもう前世には戻れない。ただ猫として生きてきた記憶がないのならまた一からやり直しだねぇ。」
「まぁ記録なら残っているのですが…一度目の猫の時は商人の船で飼われていたみたいです。積荷をネズミから守っていたみたいです。二度目の猫の時は、ソガノウマコ?の邸宅にペットとして飼われておられたそうです。多大なストレスのかかる役人の仕事で疲れた御心を猫の愛らしさと、その毛並みで癒したと。さらに三度目の猫の時は」
「ソガノウマコってあの蘇我氏か?歴史の授業とかで出てくる人じゃん!えぇ何かすごい。全然覚えてないんだけど。」
「まぁここまで7回も生きてこられたのですよ。元々猫には9つの命がありますし。人に比べれば一生は短いかもしれませんが、回数をこなすことで魂を強く、大きくしていくと言ったところでしょうか。要はレベル上げみたいなものです。…あ、でも5度目の猫の時は人に殺されておられますね。」
「確か、僕らが魔女の使いとか言われてた時期だねぇ、オセロ。」
「その通りです。魔女狩りと称し、多くの猫が殺された頃、あなたも魔女の使いとして捕らえられ…」
「あの時ここに来る子みぃんなボロボロで大変だったねぇ。」
「まぁその後流行病とされたペストの蔓延がネズミだったということで、ネズミを狩る我々猫は復活するわけですが、いやはやこうして見るとなかなかに波乱万丈の一生ですね、矢木様。」