離れ離れは、やはり寂しいと思いました
少女を連れて、長い石の廊下を歩く。
廊下は薄暗く、遠くを全く見渡すことは難しい。
それでも先に進むには不自由がないぐらいの明るさなので、慎重に歩いていく。
同時に、自分たち以外の足音がないか、注意深く耳に意識を傾けながら歩く。
しかし本当に長い廊下だ……ところどころ、なんとも形容しがたい嫌なにおいがする。……あまり、考えないようにしたい。
ユーリアの『エネミーサーチ』の凄さを否応なく思い知らされるよ……、こういう場所でもどんなに遠くまででも魔物の気配を辿ることが出来たんだから。
もしこの少女も同じ魔法が使えたとしても、今は無理だ。恐らく喉を潰されている理由が、魔法を封じるためだろう。
ただ牢に入れられた僕とは違い、手枷を嵌められている上に喉もやられて、そこまで力を封じた上で牢を鎖で固められていた少女。
間違いなく、デーモン達が相当警戒している相手だ。弱いはずがない。
……声を出せない少女。そうか、僕はこの少女の名前を呼ぶこともできないんだな。
文字は理解できるだろうけど……。
「ちょっといいですか?」
「?」
「僕の名前はライムントというのです、字は、こう」
僕は手元にあった木の矢の先端で、石の壁を引っ掻くように字を書く。
「読めますよね?」
少女を確認すると……なんと、少し寂しそうな顔をして首を横に振った。
しまった、この子はマーレさんが統治するより前の時代の子なのか……!
そうなると、少女と呼んでいるけど年上の可能性も高いな。
「あっ、すみません……! 不躾な質問をしました、別にだからといって悪いことはありません! 僕なんて、一人で歩くことすら不安で出来なくって、今もこうやってあなたをつれないと不安で仕方ないんですから。僕の方があなたより、よっぽどできないことだらけなんですよ」
慌てて弁解をする。少女が僕の顔を覗き込んで……どこか困ったようにくすりと笑った。
……よ、よかった、嫌われずに済んだようだ。
あまり予想を立てるのもよくないな、慎重にコミュニケーションを取ろう。
「それでは、先へ進みますね」
僕は少女の頷きを確認すると、再び前を向いて歩き出した。
-
いくら歩いたか分からない、もしかして同じ道を繰り返しているんじゃないだろうかと錯覚するような長い廊下。
真っ直ぐ歩いて、右方向へ直角に折れる。真っ直ぐ歩いて、直角に折れる。
少女の檻が行き止まりだろうから、逆方向のこちらに出口があるはずなんだろうけど……ちょっと自信がなくなってくるな……。
段々曲がる頻度が増えている気がする。いや、同じ廊下を歩いているから感覚が狂っているだけかもしれない。
……次も、右に曲がる。やはり頻度が増えてないか?
というか、さっきから右曲がりばかり……って、もしかするとこれって!
『ミミズの錬金術師ですか!?』
ふと、懐かしい声を幻聴した。
そう、ミミズじゃないけど蛇のとぐろのような形だとしたら。
今僕たちは、中心部分へと向かっていることになる。
……無意識にリンデさんの声を思い出して、無性に寂しくなってしまう。
ずっと一人には慣れていたのに。
本当に、あまりにリンデさんと一緒に過ごしてからの時間が濃くて、自分にとってのそれまでの人生以上に輝きすぎていて。
そして、日常になりすぎて……その生活がなくなる可能性なんて、全く考えなかった。
リンデさ…………うっ!
急に横から引っ張られて、ふらついてしまう。隣を見ると……僕の顔を、心配そうに覗き込んでいる魔族の少女と目が合った。
そんな顔をさせるほど、ひどい顔をしていたんだろうか。
「すみません、大丈夫です。さっき長い間過ごしていた家族みたいな人を思い出して。今頃僕を捜しているだろうから心配で……いえ、違いますね。僕が寂しいんです、暫くその人の声を聞いていないから」
こんな少女に心配をかけるなんて。きっと僕より、心細い時間が長かっただろうに。
「気にかけていただきありがとうございます。今はあなたがいるから心強いですよ」
なんとか空元気で笑いかける。少女も僕の顔を覗き込むと、今度は笑顔で頷いた。
……本当に、いい子だな。
次の角を曲がったら、すぐに角が見えた。
出口が、近いはずだ。
そしてすぐ先を右に曲がると……その時はやってきた。
「穴……?」
行き着いた場所、このぐるぐると続いていた廊下の中心部は、上にぽっかりと穴が空いていた。
穴の遠くに、天井らしきものが見える。二階か三階分ぐらいの高さがあるだろうか。
部屋の上部に広がる円形の穴は大きく、壁伝いに登ることもできない。
なんだこれは。
まさか、この階はこれでおしまい……?
……ああ、そうか。ここが牢だからか。
こうやって檻から逃げ出しても、ここまで来ると必ず皆思うのだ。
————もう絶対に助からない。
だって、穴のそばに人骨がある。
衣服がまだあるけど、これは……シレア帝国だろうか? 南の半島側から連れてこられた男物の服を着た人骨がある。
床と壁に、何か引っ掻いた跡がある。
ここまで来て、絶望したのだ。
逃げられないと。
……本当に悪趣味で、恐ろしい牢獄だ。
「これでは登れません、どうしましょうか……」
少し途方に暮れながら僕が少女に尋ねると、少女は今度はあまり僕の表情を気にしていないように首を傾げた。
「えっと、上に登れないじゃないですか。階段もないですし……」
僕の質問に対して、少女が突然目を見開いて手を叩いた。
……な、何だろうか?
そして僕の腰にしがみついて……?
————急に、吹っ飛ばされた。
いや、吹っ飛ばされてない!
突然の浮遊感が襲ってきたと思ったら、すぐに足裏に床の感触が広がり、ふらついて尻餅をつく。
横を見ると、大きな穴が下に広がっている。
そうか、持ち上げられたのか!
そのまま二人で跳んで……。
……本当に、この少女がいなかったら絶対に脱出なんてできなかったな。この子がとてもすごい能力を持っている子でよかった。
恐らく牢獄部分から抜けた。脱出もきっとすぐだと信じよう。