悪鬼王国の牢から脱出を図ります
————ここに連れてこられるまでの一通りのことを思い出して、頭にちょっとこぶができていることに触ってようやく気がつき、思い出したように痛みが襲ってくる。
「【ヒール】。……よし、大丈夫そうだ」
遠距離万能型なので、後衛に必要なことはいろいろとできる。シールドはもちろん、ヒールもできる。
……エファさんを知ってからはとてもではないけど自慢できないけどね。
それにしても、この程度で済んでよかった。
デーモンに殴られたんだよな、よく無事で生きていたものだと思う。
もしかすると、レオンの強化魔法が影響しているのかもしれない。
肉体能力の向上という意味では、攻撃力に限った強化でないと考える方が自然だろう。
とにかく、助かった。
……しかし、ここにリンデさんがいないということは……間違いなく、振り切られたのだろう。
僕を掴んで走った小型のデーモン、やはり半端な能力ではなかったらしい。
あのリンデさんより剣も含めて強いとは考えづらいけど……。
それにしても……ここは一体どこだ?
そもそも僕は、あの敵のデーモンに襲われたはずだ。
どうして助かっているのか、現段階では理由がわからない。
人質……というのなら、掴んで逃げる必要はなかったように思う。
そもそも、どうしてこの場所まで連れて来て、監禁したのか。
————監禁した?
僕は周りを見る。
建物の扉にあたる部分には、何やら太くて歪な杭がある。それが横に並んで……まるで牢の鉄柵のようになっている。
しかしこの柵、扉らしきものは見えない。
ならばどこから入ったのだろうか。
杭を握ってみる。ごつごつしていて、硬い。
持ち上げようと力を入れると……。
「……っ……ぐぐ……、……っはぁぁ〜」
駄目だ、全く動く気配がない。
「【フィジカルプラス・ダブル】。うっ……!」
僕は、魔矢が使えると分かってから、レオンから以前教えてもらった強化魔法を使った。当たり前だけど、魔人族の彼らとは全く魔力量が違うので、第二段階の時点で体はふらふらだ。
だけど、使わないわけにはいかない。
「今度は……どうだ……!」
僕が杭を再び持ち上げると、少々重いけど真っ直ぐ上に動いた。
「やはり、こうやって出入りするんだな」
柵が大きな音を立てないように、ゆっくり下ろすと……僕はその牢らしき場所から長い回廊へと出た。
似たような部屋がいくつもあり、似たような柵がある。
ここは悪鬼王国の牢獄……なんだろうか。
そもそも悪鬼王国そのものであるかどうかさえ分からないけど、気絶する直前を思い出すと間違いなくそうだと見ていいだろう。
あの鉄柵の、歪な棒には見覚えがあった。
あれは、姉貴が戦っていたデーモンの持っていた剣だ。
間違いなく、あれと同じ作り方で作ったものだろう。
見回りに来るだろうか。何かフェイクになりそうなものを、と思ったけど毛布の一枚もないのだから無理だろう。
脱獄して警戒態勢になった時は、まあなった時で諦めるしかない。
次の牢を見る。
そこには……人骨があった。
……分かっていたつもりだった。
だけど、改めて奴らと最初に出会った時の会話から、悪鬼王国のデーモンが人類とは相容れない存在であることを認識させられる。
草……ハーブやスパイス類に嫌悪感があり、好むのは人間の生肉みたいなものだとすると……この骨は、恐らく……。
同時に、僕もこうなる可能性があるということを否応なく意識させられる。
さすがに、怖い。姉貴みたいに一人で戦える力がないことがもどかしい。
そして……僕のここ最近の安心感は、全てリンデさんが隣にいたからだということを意識させられた。
リンデさん……情けないですが、一人が不安で仕方ありません。
同時にリンデさんがどんな心情で僕を捜しているか、想像するだけでもつらいです。
リンデさん、早く会いたいです…………!
僕が牢をいくつか歩いていると、見慣れないものを見つけた。
それは、異様な光景だった。
扉には幾重にも鎖が絡まっており、厳重に封じられている。
僕は、恐る恐る中を覗いた。
中には……魔族らしき女性が座っていた。