みんなで村に帰ってきました
事件も解決したし、もうバリエ家に厄介になる必要はない。屋敷に帰ってきた僕たちは、すぐにオレール様に村に戻る旨を伝えた。
長い間いたから、少し離れるのが寂しいと思ってくれている人がいた。
その中でも意外なのが、この方。
「……いっちゃうの?」
「うう〜っ、ごめんね……!」
セドリック君は、なんとリンデさんに懐いていた。
勇者の姉貴にもっと憧れて懐くかなと思ったんだけど、予想外なことにリンデさんにばかり話しかけていたのだ。
「セドリック様」
「うん、なあに?」
「どうして、リンデさんのところに行ったのか、気になって。勇者の方に興味を持つかなと思ったから」
僕がそのことを質問すると、セドリック様自身もはっきりした答えを持っていないように頭を悩ませていた。
やがて傾いたままの首が、真っ直ぐに戻ると……一言。
「一番、優しそうだったから」
答えは、シンプル。
しかし……この答えは、何よりも驚くものだった。
何故なら、リンデさんは魔族なのだ。肌が青くて、角は黒く、目は真っ黒。ハッキリ言って、リンデさんを見た瞬間の僕が真っ先に覚えた感情は『恐ろしい』だった。
ところが、セドリック様はリンデさんを『一番優しい』と評した。
それは間違いなく、リンデさんの見た目ではなく内面を見ていたから。
僕はオレール様に向き直った。
「バリエ家は、セドリック様が次期当主なら安泰ですね」
「他ならぬライムント殿がそう断言してくれるのなら、私としても鼻が高いよ」
今度は本心から、そう思う。
きっとこの子は、いい当主に育ってくれるだろう。
「あ、あの……!」
そろそろ屋敷を出ようというところで、アンリエット様が姉貴に声をかけた。
「なに?」
「……その……、私……いろいろと、ごめんなさい……」
「それはもういいわ」
「……また、来てくれますか……?」
姉貴は、肩を寄せて小さくなっている、自分より背の高い令嬢の側まで歩いていった。姉貴が手を上げると、びくっと震えて、アンリエット様が更に小さく身を竦ませ目を瞑る。
姉貴は……アンリエット様の頭を撫でた。
「……え?」
「今回ばかりはね、あたし自身の問題でもあったの。だからアンタを批難する権利なんてあたしにはないし、何より……同じ女剣士で貴族の友人とかいないのよ。アンリエットさえよければ、むしろあんたがうちの村に来なさいな」
「っ! はい……必ず!」
アンリエット様は、心底嬉しそうに微笑んで、姉貴に頭を撫でられていた。それは、別れる直前でようやく見られた、初めて見る笑顔のアンリエット様だった。
-
オレール様の馬車に揺られて、窓の外を見る。一面に広がる草原、反対側には森。再びガタンゴトンと揺れる馬車の中で、今回の旅のことを思い出す。
かなり、活躍できたように思う。前回のハンナの時もそうだったけど、結構あれこれ活躍するのって、なかなか楽しいなあと思えた。いや、楽しんじゃダメなんだろうけど。
でも……本当に、嬉しいのだ。
自分の無力感に、五年間悩まされてきた。結果が出なくて、いつも水中を泳いでいるような……。
夢を、見たことがある。走る夢。何かを追いかけているのか、それとも何かに追われているのか。ただ一つ、分かることは……自分の体が、全く前に進まなかった。息も、止まっているようで。暗い世界を、必死にもがいて、もがいて。体が、段々と、鈍くなっていって……そんな夢だ。
それはまるで、自分の状況を映すようだった。夢の中の必死に動きながら、全くその場から動かない自分。勉強しても、練習しても、何も結果が出せない自分に意味があるのだろうかと。
今回結果を出してみて分かったのだ。
勉強してきた時間は裏切らなかったし、練習してきた時間も、レオンの強化魔法限定ではあるけど……リンデさんの横に並ぶという、一番やりたくてもできなさそうだったことを、可能にした。
何もせずに腐っていたら、僕は今も、何もできないままだっただろう。
姉貴にオーガのハンバーグを作っても下手なままで焦がして、レオンの強化魔法をもらっても大した威力も出せなくて、令嬢の、女の子相手に頭が回らず言いくるめられて。きっと、そんな未来もあったのかもしれない。
前に進んでいるかどうか。
それは、進み始めないと分からないものなのだろう。
だけど……進む力がないままじゃ、チャンスが来ても進めないのだ。
正面で、林檎園にさしかかってレオンと一緒に外を見る姉貴を見る。
前衛で、いつ死ぬかも分からない世界で前に進み続けて、進みながら結果を出してきた勇者ミア。
ずっと一緒にいたから分かる。昔から強かったとはいえ久々に会った姉貴が、勇者になった当時と比べても圧倒的に強くなっていることに気付いた。レオンの強化魔法を得た姉貴は、武器がなくてもデーモンを一撃で倒せるほどに強い。
これが、勇者という天上世界上にいて、その上で更に上を目指した姉貴の世界だ。
姉貴はずっと、この世界をやってきたのだ。
今は美少年を抱きしめて、楽しそうにしている横顔を見ながら決意する。
僕も、この世界で頑張ろう。
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昼と夜の境目。意外と早めに村に帰ってきた僕たちを、リリー……だけじゃなくて、なんとマーレさんが出迎えてきてくれた。ていうか、なんかどっかで見た服着てる。
こういうところがマーレさんの良さだとは分かっているけど、さすがにさっきまでバリエ家のメイドさんがやってたことを、王族がやってるんだから衝撃である。
「おかえりなさいませ、ライムント様! ……ふふっ! メイドさんごっこしちゃった」
しかも、マーレさんは思いっきりメイド服を着込んでいた。絶対有り得ない衣装だ。完全に、あの人は楽しんで着ている。
本当にお茶目で可愛らしくて、とっても素敵な女王様だ。
「あーっ、陛下ずるい! 私もメイドさんごっこしたい!」
「リンデちゃんは、すぐにお皿割っちゃうタイプだよね」
「うう〜っ、絶対そうなっちゃうのが分かるだけに悔しい〜……」
そんな仲の良さが分かるやりとりを微笑ましく思いながら、マーレさんへと降り立つ。
「ただいま、というのも不思議な感じですが、一日ぶりですね。出迎えありがとうございます、マーレさんみたいな素敵なメイドさんがいる主人は、世界一の果報者ですね」
「まあっ! ライ様ったら! 私、ライ様のメイドに就職しちゃおっかな」
「あはは、冗談でもやめてくださいね?」
さすがにそんなことは有り得ないけど……いやいや、口を尖らせないで下さい。魔王様それ普段と違いすぎて、子供っぽくて可愛いです。なんだか大分、この村だと見た目相応というか、自由な感じがするよな。
本来のマーレさんは、これぐらい好奇心旺盛で、自由な感じの女の子かもしれない。
「それに僕のメイドになろうものなら、間違いなく姉貴にコキ使われるのでやめた方がいいです」
「あっそれはやだ!」
「どーゆー意味よそれ!?」
「そのまんまだよ!」
後ろからやってきた姉貴にマーレさんを任せて、リリーの方へ行く。
「よっ、お帰り」
「ただいま。聞きたいんだけど、リヒャルトって帰ってきた?」
「そーなのよ! 急に帰ってきたからびっくりしちゃった」
「……話は?」
「根掘り葉掘り、葉堀り葉堀り聞いたに決まったでしょ!」
ま、そうだよな。
そしてリリーは姉貴の所へ行くと、エルマと、トーマスと……結構な人数が集まってきた。
「ミア、聞いたわよ」
「あらリリー、どうしたのよ」
「リヒャルトがやらかしたの、やっぱミアのせいじゃんって」
「うっ……!」
王族と同じ地位を持つ勇者。人類最強の女。
でもそんなものは、幼なじみの集まるこの村では何の役にも立たない。
姉貴はここでは勇者ミアではなく、お転婆ミアだ。
「いやー、あん時のアレはひどいなって思ってたけど、思った通りリヒャルト追い詰めてたわね」
「わ……悪かったって思ってるし、実際それで罪を許したわけだから、いいでしょ……」
「ダメ」
リリーは拳骨をつくると、姉貴の頭をぽかっと殴った。続いてエルマも殴った。
「ま、こんなんでミアが痛がるわけねえとは思うけど……ほんっと、あの頃はミアも大変だったし、話しかけづらかったし、話題には出さなかったけど……正義の味方を名乗る勇者がアレはねえわ」
「ごめんってエルマ、ほんと反省してるし。っていうか、当のリヒャルトはどこなの?」
「ああ……それはねえ……」
広場の方を向くエルマ。そちらを見ると……なんと、リヒャルトが剣を持っている。相手は、クラーラさんだ。
リヒャルトが襲いかかるも、当然倒せるような……っていうか、一歩でも動かせるような相手ではない。正直リヒャルトもかなりいい動きなんだけど、とにかくクラーラさんは別次元。
「……強く、なりたいって言ってたけど……暫く、相手、しよっか……?」
「はぁ、はぁ……はい、お願いします」
「……いいよ……」
クラーラさんは息切れしているリヒャルトから視線を外すと、僕の方へふらふらとやってきた。
「……彼、なかなか……」
「クラーラさんから見ても、腕はいい方ですか?」
「……うん……魔人の、下のランクよりは……強い、んじゃない、かな……?」
やっぱりリヒャルトって、相当優秀だよな。クラーラさんがそう評するのなら、間違いなくそうなのだろう。彼女の能力には、一切の疑いを持っていない。
本当に、今更ながら彼が勇者でないのが不思議だ。不思議だけど……彼ではなかった。
女神の選定、とはいうけれど……結局これ、なんなんだろな?
「あ、ライさんだ」
そんな姉貴とリヒャルトの確執なんて当然知らないハンナは、まっすぐこちらにやってきた。ちょっと肉つきが良くなって、なんていうか……改めて思うけど、この人めちゃめちゃ美人だよな。エルマっぽいのに、全然似てないというか。
「おう何かライが失礼なこと考えている気がするぞ」
「ハンナはエルマに似てるのに美人だなって思ってた」
「言葉を濁すとか、普通するよな!?」
しないしない、エルマと僕の仲なら今更だ。
ハンナは子供っぽくて、実際精神年齢がかなり子供のままだ。
リンデさんがマーレさんから離れて、僕のところまでやってくるとハンナと顔を合わせる。
「あ、ハンナちゃんだ! イエーイ!」
「リンデちゃん! イエーイ!」
ハンナは見た目が綺麗だけど理由があって精神年齢が幼いままで……リンデさん、精神年齢が幼いハンナさんと同じぐらいの精神年齢じゃないだろうか。さすがにそこまでではないか。…………ないよな?
なんだか息ぴったりでハイタッチをする様子は、完全に近い年齢の女の子だ。っていうかセドリック様のときも思ったけど、ハンナって思いっきり魔族って見た目のリンデさんへの抵抗感、全くないんだよな。そういう内面的な部分を見て判断するところが、純粋さの強みなんだろうか。
あ、今度はリリー達とハイタッチ始めた。マーレさんがユーリアを引っ張ってきて、ハイタッチしている。
姉貴がやってきて、その様子を呆れ気味に見て笑う。
「なんだか賑やかになっちゃったね」
「ほんと、ここ最近村が賑やかになる一方だよ。まあ昔っから賑やかではあったけど」
「……そう、ね。こんなに賑やかだったのね、この村。なんだか余裕がなくて気付かなかったわ」
姉貴はこんな性格だけど、やっぱり村に帰ると両親のことを思い出すのか、少し影が差す感じだった。今はすっかり乗り越えて、だんだんと本来の姿を取り戻しているような感じ。
僕自身、この村の賑やかさを楽しみ切れていなかった部分もある。
だけど、今は。
「あっ、あの!」
ふと、考え事をしていると……頭の上から、可憐な声が聞こえてきた。
この声は……。
「ビルギットさん?」
「はいっ、ライ様。私の声を覚えて下さって恐悦至極に存じます……!」
「忘れることなんてできないですよ、魔人族の中だと特に綺麗な声ですし。何かご用ですか?」
返事をすると、何やらもじもじした様子で視線を彷徨わせている。姉貴が妙にじっとり見つめてくるけど……なんだか最近ほんとにこの目が多い姉貴にいちいち構っていられない、無視だ無視。
ビルギットさんは、意を決したように言った。
「お疲れのところ本当に恐縮なのですが……私は、ライ様の料理を、食べたい、です……!」
ビルギットさんは、その体からは想像も出来ないほどの控えめで優しい性格をしている。そのビルギットさんが、精一杯の勇気を振り絞って、僕にお願いをしてくれた。
そのお願いの答えは、決まっている。
「もちろん、最初から作るつもりですよ! もっと堂々と、食べたいって言ってくれたら、ビルギットさんのためなら多少の量を作る程度、なんてことはないです!」
「ああ……ありがとうございます……!」
その大きな両手を胸に当て、膝を突いて感謝の意を示す彼女に微笑みながらも、気合十分だ。
今回は、なんといってもバリエ家から帰ってきたばかり。レノヴァの店にも足を運んだし、なんといっても……リンデさんが、あのバリエ家のシェフの料理を何度も食べたのだ。
僕は素人、相手は専属の中でも超上位の世界の人。それでも……負けるわけにはいかないよな!
「出来上がったら呼びますから、皆さんに伝えてください。リンデさん! そうですね……じゃあ広場のすぐ隣に、家をお願いします!」
「あ、はいっ! おまかせくださいませ!」
さあて、ここからが僕にとっての『本番』だ。