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最後のお楽しみです

 エステル様は、桃色のロングヘアをした知的な感じの女性。ヴァレリー様は反面、初老ではあるもののしっかりとした体つきをしており、背は僕よりも少し高いぐらい。

 っと、じっくり見ていないで挨拶しないと。


「はい、僕がライムントです」

「貴殿がエステルを悪い狼の手から救ってくれたと聞いた! なんと感謝していいか……!」

「あはは……まあ、そうですね」


 リヒャルトの内面と姿を知っていると悪い狼とは思わないけど、今回やったことは完全に悪い狼なので否定はしない。ま、この評価は相応の罰ってところだろう。


「おいおい、ヴァレリー。今日はずいぶんとテンションが高いじゃないか……?」

「聞いたぞオレール、お前んとこの娘も悪い狼に捕まってたっていうじゃないか」

「ってことは、エステル嬢もか!」


 おおっ、やはり話に聞いたとおりだ。

 二人は旧知の仲といったふうに、慣れた感じで会話をしている。


「あのあのっ、ライさん、これは一体どういうことなんですかっ!?」

「ああ、それはですね……」


 リンデさんに返事をする前に、ヴァレリー様が声をかける。


「すまない、できれば商品があるうちに案内したいのだが……もう少しゆっくりしていくかい?」

「っと、そうですね……ではすぐに向かいましょう。リンデさんも一緒にどうですか? 行きがけの馬車で説明します」

「えっ! えっと、ヴァレリー様、でしたっけ? いいんですか?」

「もちろん。エステルが話していた魔人族の話も聞きたいからね」


 そうか、エステル様もマーレさん……魔王様をその目で見て、その主張を聞いたんだ。どういった経緯で許したか、きっと話したことだろう。


「わかりました。じゃあ……姉貴も来るか?」

「そうね、あたしはあたしでいろいろ聞きたいこともあるし……五人で行きましょ」


 そして僕たちはオレール様に軽く挨拶をして、ヴァレリー様の馬車に乗って目的地へと向かうこととなった。


 -


 目的地はバリエ領内にあるから、きっとすぐに着くだろう。

 馬車の中には、僕とリンデさんが隣同士で、リンデさんの反対側にエステル様。

 正面には姉貴と腕の中にレオン、両サイドがユーリアとヴァレリー様だ。


 馬車に揺られる中、僕は姉貴に質問を受ける。


「まずは、パイキボンヌと言い合っている時に言っていた『六つか七つ以上の問題』ってやつよ! まっったくわかんないわよ、気になって気になって仕方なかったんだから!」

「ああ、ごめんごめん。そりゃそっか。じゃあ……一つ一つ紐解いていこう」


 姉貴がシモンヌ様の名前を覚えるのは諦めるとして……僕は、皆が見守る中で今回の事件の問題の解説を始めた。


「まず一つ目の問題。アンリエット様をオレール様の元に送り届けることだ」

「そもそもの、今回の依頼内容よね」

「そういうこと」


 親指を一つ、立てる。


「二つ目、魔人族が悪いと言いふらされた。これはマクシミリアン様に、リンデさんを見せることで解決できた」

「へっ? あの、私が行っただけでよかったんですか?」

「はい、本当にリンデさんのお陰で大助かりでしたよ。ありがとうございます」

「はあ……どういたしまして?」


 自分の人柄の良さと可愛らしさを分かっていないリンデさんにくすりと笑いながら、人差し指を立てる。


「三つ目。勇者の姉貴の偽物がいると気付いたのは、姉貴がレノヴァ公国で活躍していないと聞いたのに、最近勇者に助けてもらったと言っている人がいたからだ」

「それがリヒャルトだったと」

「そういうこと。だからこれはリヒャルトが偽物とマクシミリアン様に広めてもらったことで解決」


 人差し指に続けて中指を立てる。


「四つ目。キマイラがレノヴァ公国に発生していました。結構交通などの問題になっていましたね」

「ああそっか、それを全てリヒャルトが作っていたのね。なんだかほーんと今更だけどさ、あいつって凄いヤツだったのね」

「そうだよ。姉貴はちゃんとそこを理解するように」

「うっ……わかってるわよ。勇者が人助けをするつもりが、劣等感煽って騒動の原因になってるんじゃ世話ないものね……」


 見たところ、姉貴は反省しているようだ。さすがに今回の事件は堪えただろう……少ししおらしい姉貴を見ながら薬指を立てる。


「五つ目。これはパラディール商会の、シモンヌ様がいなくなったことで、六つ目は偽勇者が出たその日に救助に入ったであろう、エステル様。七つ目以降は……リヒャルトが四人以上の令嬢を連れ去っていることを予想していたけど、いなかったっていうこと。だから問題は六つで全部」


 右手の指をパーにして、左手の親指を立てる。姉貴の隣でヴァレリー様が頷き、エステル様が微笑んでいる。

 姉貴が少し開いた口で「はぁ〜……」と感心したように頷いているところで……左手の人差し指を立てる。


「……ちょっと、ライ……結局、六つで終わりなんじゃ、ないの……?」

「ここに、計画していた僕自身の問題解決も加えておこうかなって」

「ライ自身の……? って、計画していた?」


 そう、今回の問題を解決するにあたって、いくつかの問題が平行して見えたと同時に……いい方向に解決できるのではないかと思い始めた。

 途中からマイナスをゼロに戻すよりも、プラスにする方がいいだろうと考えたのだ。


「七つ目、魔人族を悪く言われていたことについて。ギャップを利用することで、却っていい人に見えるんじゃないかなって思ってマーレさんを使った。ビスマルク十二世に期待が持てない以上、周りの国から友好を固めていく方向の方がいいかなって」


 左手の中指を立てる。


「八つ目、ユーリアがキマイラを倒した時に、体の中から魔石が出てきたのに気付いた。これ、最近在庫がなくなってきた宝飾品に使えるんじゃないかって思って、実はリンデさんと一緒に集めていた」

「えへへ〜、宝飾品の材料になるっていうのなら、掘り起こすのも気合十分ですっ!」

「特に空を飛んでいる個体は大きかったですね。地上のタイプが指輪かネックレスまででも、空のタイプは腕輪まで作れそうです」


 姉貴が「ちゃっかりしてるわね……」と呆れ気味に笑う。

 そんな姉貴に笑い返しながら、左手の薬指を立てる。


「九つ目は、パラディール商会と顔を繋ぐこと。シモンヌ様が最後は話のできる人と分かってよかったよ。今まで以上に、宝飾品の材料が仕入れやすくなりそうだ」

「……それだけで済めばいいわね」

「ん? どうしたんだ姉貴」

「いや、ライって頭が良いのか悪いのか、わかんないな〜ってこと。どちらかというと……鈍い、かな?」


 なんだ? よくわからない評価をされてしまった。そりゃ姉貴に比べたら前衛できないぐらい動きは鈍いけどさ……まあいいや。

 最後の指を立てて、両手の平が正面の姉貴に向かって開いたところで、馬車が止まる。


「あっ、着きましたわ!」


 エステル様が、馬車の外を見て嬉しそうに微笑む。その建物を見て……僕は両手の平をパン、と叩いて姉貴に宣言した。


「十番目が、ここだ」


 -


 その建物は、綺麗な木造の建物でありながらも優雅で、暖かい色の魔石が店内を照らしている。店内に人は多くて、身なりのいい方が次々買っている。……なるほど。こりゃ急いで来ないと、ゆっくり晩まで待っていたら人気のものはなくなっているだろう。

 店内に一歩踏み入ると、まず真っ先に建物の中に広がる豊かな香りが僕たちを迎えてくれた。リンデさんが僕の隣で「わぁ〜っ……!」と、店内に並ぶ綺麗な楕円の筒状の缶、その数々に目を輝かせた。

 そして、真っ先に姉貴がこの香りの正体に気付いたようだ。

 さすがに、こういうところは貴族に肩を並べるだけあって……そして、母さんのハンバーグの味の違いにうるさかっただけあって、なかなかに鋭い。


「ライ、これってバリエの……!」

「そういうこと。ここは紅茶の輸入をしてレノヴァとバリエに販売している、紅茶専門『ロワイエ商会』の本店だ」


 僕の言葉を聞いて、姉貴は眉根を寄せた。


「……最初から分かってたってことよね。でも、どうして?」

「答えを聞くと簡単だよ。バリエ家のシェフがいたじゃないか。オレール様と一緒に紅茶談義というか、お詳しい方だったので講義を受けているような感じでね。その時に『ロワイエ家の令嬢も帰っていない。綺麗な娘だよ』と聞いて、ピンと来たんだ。リヒャルトが連れて行っていた令嬢が三人だったことを考えると、最後の一人がエステル様だとすぐに気付いたよ」

「じゃあ、最後の一つって……」

「ほら、言ったじゃないか。いい紅茶が欲しいってさ。だからオレール様が信頼している、一番いい紅茶を売っているところで買いたいなーと思って。結果論でもあるし打算的だけど……そういうところも含めて、エステル様を助けたんだ」


 それは、本当に偶然だった。

 オレール様とシェフは、本当に紅茶にこだわっているというか、大好きなことが伝わるぐらい熱心だった。僕もそういう人達の話は、聞いていて楽しいと思えるし、とても為になる。

 その紅茶を買っている相手が、オレール様と旧知の……というより、幼なじみといった方が正確な存在のヴァレリー・ロワイエ様だった。

 ヴァレリー様の令嬢の話が、オレール様の令嬢の話と同根の問題であることは予想が付いたので、もしも助けることができたのなら、とてもいい結果に結びつくのではないかと思ったのだ。

 その予想は当たった。だから昨日の最後、解散する直前にエステル様へ『明日までバリエ家に滞在しているので、もしよろしければ店を紹介してほしい』とお願いした。


「今回の事件解決は、得になることばかりだったね」


 僕は姉貴に肩をすくめて、おちゃらけて言った。

 姉貴は僕の答えを聞いて「……やべーわうちの弟……」なんて呟きながら、眉間を揉んで頭を振った。


 と、ここで今の話を聞いたヴァレリー様が、僕の話に笑って手を叩いた。


「はっはっは! なあに、打算的で結構! 綺麗事を言うより潔いし、何より助けてもらったという事実より重要なことはないからね! それに……」

「……ん? あたし?」

「ええ、まさか勇者ミア様が、我々の仕入れた紅茶の香りが『バリエ家で出たものと同じ』だと気付いてくださるほどだとは! これは宣伝文句にするしかありませんね!」

「あはは、ルエル商会のチーズの時も、同じこと言われたわ」

「むむっ……! ルエルのやつらも宣伝に使うとなると、いよいよ本格的に負けていられませんね……!」


 さすが人気の商会同士、ヴァレリー様の商魂に火をつけてしまったみたいだ。


「っと、すみませんなライムント殿。娘を救ってくれたお礼だ、店にある物はいくらでも譲ろうじゃないか」

「さすがにいくらでもはいただけません。ですが、そうですね……幅広い種類が楽しめると嬉しいです。この小さい缶のタイプを、全種類……なんてどうでしょうか」

「構わないが……それでいいのかね?」

「時間が経てば風味も飛ぶでしょうし、新しい味も出てくることでしょう。その時は是非、客として買わせて下さい。値段を見ながら高い物を買った実感を持って飲むのも、嗜好品の醍醐味ですから」


 その回答にヴァレリー様は目を見開いて驚きつつも満足そうに笑うと、すぐに店内にある小分けにした缶を集めてくれた。

 改めて見ると、その綺麗な色と同じ形で統一された缶は、並べるだけで楽しい気持ちになるというほど綺麗だった。この缶は、空になっても棚に飾ろう。


 缶をリンデさんに渡して、アイテムボックスの中に入れてもらう。帰ったらマーレさんも誘って、みんなで一緒に飲もう。

 あ、でもビルギットさんが飲むとなるとすぐになくなっちゃうかな。しまった、今から追加でもらう……のも格好悪いよなあ。うーん、最後の最後にちょっと抜けちゃったな。

 でも……そんな完璧でなかった計画も、また……いい結果へと方向転換していこう。


 どんどん使って、空にして。そしてまた、新しいものを買う。

 料理も、紅茶も。いろいろな種類さんの登場だ。


 オレール様の屋敷にずっと世話になっていたから、しばらく村のみんなにも料理を振る舞っていない。

 そういえば、こうやって紅茶を紹介してもらったバリエ家の専属シェフから、僕の我が侭でいろいろ教えてもらったんだった。

 もしかしたら、今回の旅での一番の報酬は、それかもしれない。数々の料理のメニューを食べて、作り方を教えてもらった。今から試すのが、楽しみだ。


「あっ、ライさんがニコニコさんです! えへへぇ〜、何考えてるんですか?」

「とっても楽しいことですよ。まだ秘密ですけど、楽しみにしていてくださいね」

「へ、私が楽しめることなんですか!? わーっ、楽しみさん楽しみですっ!」


 すぐ隣で、笑顔で抱きつく無邪気なリンデさんの頭を撫でる。


 そうだ、この笑顔だ。

 何よりも、この笑顔を護れたことが一番、だよな。


 さあ、村へ帰ろう。

ドイツの指での数え方びっくりした、私できない……。

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