レノヴァ公国での、事件の全てが終わりました
リンデさんが指を指して大声を上げた先は、僕。そしてがしっとしがみついてるクラーラさんと、目が泳ぎに泳いでいるマーレさん。
「どーゆーことですかっ!? 陛下! せつめーをよーきゅーしますっ!」
「ど、どうどうリンデちゃん! 私だって今さっきようやく話が終わったばかりで、その……ね?」
「せつめーを! よーきゅー! しますっ!」
「あわわ……」
とんでもないタイミングでリンデさんに見つかってしまった魔王様。マーレさんのあわわって初めて聞いたぞ……。リンデさんも珍しく、マーレさんにぐいぐい行ってる。説明を要求されているマーレさんは慌てふためいていて、うまく言葉にできそうにない様子だ。
ここは助け船を出そう。
「リンデさんリンデさん!」
「ふひゃんっ!? ららライさん、これはどういうことですかっ!?」
「すみません、マーレさんには少し無理を言ってもらって、ちょっと僕にきつく当たる役目をやってもらったというか……とにかく少し不安にさせてしまったのです」
「え、えっ? 陛下がライさんに、ですか?」
「はい。でも大丈夫だとお伝えしたので、安心した様子で……」
僕の発言を受けて、リンデさんも少し落ち着いたようだけど……ちょっと疑わしそうな目をしてマーレさんに近づく。
「それにしては……な〜〜んだか、近い気がします……」
「き、気のせいじゃないかなあ……」
目が泳ぐマーレさん。このマーレさんも珍しいぞ。そんな二人のなんともいえない微妙な空気の中で、油を注ぐように声を上げる一名。
「……んふ……」
「って、クラーラちゃんは堂々とライさんにくっつきすぎ!」
「……別に、嫌がってないし、いいでしょ……それに、私と同じ速度を出せば、済むだけのこと……」
「うう〜〜っ!」
クラーラさん、余裕の勝ち誇った笑みをしている。いや、じっくり見ないとわからないぐらい表情の変化は薄いけど!
しかしこの状況、どうしたものか。僕からマーレさんを引きはがすわけにはいかないし、そんなことをして悲しそうな顔をされたらかなりキツイ。
「はいはい、マーレは離れなさいな」
「あっ、ミア。もう……でも、そうね。やっぱりリンデちゃんが横にいるのがいいと思う」
ぐいっと姉貴がマーレさんを掴んで引きはがして、その場所にリンデさんが割り込んできた。
結局助け船を出すつもりが、姉貴の助け船に救助されてしまった。助かった……。
マーレさんはリンデさんの側を離れたけど、僕のすぐ正面でじっと見ている。気がつくとユーリアも近くに来ていて、目の前は青一色といったところだ。
「改めまして、リンデさん。マーレさんを呼んできてくれてありがとうございました」
「はい! なんとか本気を出して、いいスピードが出せたと思いますっ!」
僕がリンデさんにお願いしたことは、リヒャルトの断罪前に、村にいたマーレさんを呼んできてもらうことだった。
その際に、時空塔強化とレオンの強化魔法を使って、本気を出してもらった。さすがリンデさん、馬車の比ではない速度で一気に西まで走り、更にクラーラさんには、そのリンデさん以上のスピードでマーレさんを運んできてもらった。
障害物一切なしでリンデさん以上の速度を出すクラーラさんは、一体どれぐらいの速度を出したというのだろうというぐらいの一瞬で、マーレさんを村から連れて来てくれたのだ。
そして左にいたリンデさんが、右を覗き込むように首を伸ばす。
「むーっ、クラーラちゃんいつまでくっついてるの?」
「……ここを出るぐらい……かな……」
「むむ〜っ……ライさんはクラーラちゃんのこと、どうなんですかっ!」
「えっ!?」
急に僕に振られて……って僕の話題だった。クラーラさんの顔の方を向く。上目遣いで、眠そうな目でじーっと見つめてくる。
そしたら心底残念そうというか、とてつもなく寂しそうな顔と声で言われた。
「……あ……嫌、でしたか……?」
「い、いえいえ! 嫌ではないですよ!」
「……だってさ……」
あっ、すぐに持ち直して勝ち誇った笑みになった。リンデさんが悔しそうにぐぬぬと唸っている。
なんだかクラーラさんって、最初の印象とは違って思った以上に自由人って感じだ。
「クラーラ、そろそろ離れなさいな。ライ様は嫌がってはいないけど、困っていますからね。どこまで冗談で済むかは分からないから」
「……あ、陛下……」
と思ったら、マーレさんの一声ですんなりと離れた。こういうところはやはり、さすがマーレさんといったところだ。
そしていつもどおりの、リンデさんと腕を組んだ状態に戻る。同じ背丈で、顔もすぐ近く。
左を見ると……目が合った。お互い少し恥ずかしくなって下を向いて照れると、髪が揺れてリンデさんのいい匂いがする……。
「……ライは随分と、村にいた時と違うなあ」
「うっ、リヒャルト……」
「女なんて興味なしって感じだったのに、随分と……いや、魔人族限定なのかい? 随分と懐かれているじゃないか」
「懐かれてって、お前なあ……いや、確かにそう言う他ないか……。確かに女王様含めてこれじゃあ、令嬢集めていたリヒャルトのことを言えないな……」
すっかり左右を魔人族に挟まれてしまった僕は、みんなからの注目を浴びている現状に少し恥ずかしくなったのだった。
話がまとまり、待っている人もいなくなったところで、レオンをいつの間にか腕の中に収めていた姉貴が声を発した。
「一件落着ね。それじゃマクシおじさま、リヒャルトはこの勇者ミアの名に於いて『真の勇者が断罪した』ってことで広めておいてくれると助かります、お願いできますか?」
「わかりました。暫くは彼もこの国に入ってくることは難しいでしょうが、追ったりミア様以外が断罪することは大罪にあたると伝えておきます」
「ええ、ありがとうございます。さてと、これでリヒャルトの分は終わり」
そして姉貴は……鋭い目をしてアンリエット様を見る。
「……え?」
「アンリエット。あんた、あたしが勇者だって分かってる上でリヒャルトの方に行ったわね」
「うっ……! そ、そのとおり、です……」
「あんたはあたしの権限で、無罪では済まさないわ」
急に姉貴がさっきまでのお気楽な雰囲気をやめて、辛辣な言葉を浴びせ始める。その変貌ぶりは、それまで和気藹々としていたこの場の雰囲気を凍らせるのに十分すぎるものだった。
「ま、キマイラが来た時にリヒャルトにひっぱられたんでしょうけど、断るべきだったわね。あんたはオレールさんが待っていることを承知の上で裏切った。あたしはこういうのは……三回までなら許しているわ。だからまだ、そこまで派手な断罪をするつもりはない」
「……はい」
「ってわけで、今からあんたへの罪状を言い渡す」
皆の視線が集まる中、アンリエット様が生唾を呑み込む。
姉貴はそれなりに優しい性格で、最近は丸くなったけど……それでも姉貴はやはり姉貴だ。気に入らないことは気に入らないし、貴族は基本的にあまり信用していない。その上で今回の、裏切り行為。
姉貴はアンリエット様に一体、何を言うのか————。
「あんたのやったことをオレールさんに話すわ」
「……え?」
「だから、今回あったことをオレールさんに話すっていうの。……ええ、そりゃもう冒険者として随分好き放題剣ぶんぶん振り回してたってこと、リヒャルトに釣られてあたしを斬ろうとしたこと、そして魔人族を貶しめた結果マクシおじさまと敵対構図になりそうだったこと。全部あんたのパパにチクっちゃろうってわけよ」
「……あ……あああ……」
「特に! イケメンに釣られて一度あたしの説得を受けた上であっちに寝返ったあたり、本棚のお姫様願望が今もありそうなあたりは話すのがとぉ〜〜〜っても楽しみね! おてんば姫が今度はマナーの勉強もきちィんと真面目ェに受けてくれそうでぇ! オレールさんもきっと喜んでくれると思うわぁ〜!」
姉貴の勝ち誇った笑みと、アンリエット様の顔面蒼白となった頭を抱えて膝をついた姿。
罰としては確かに効果的だし、賠償や身体への罰みたいなものじゃないから傍目にはとても平和的な解決だけど……控えめに見てもアンリエット様には、クリティカルダメージの罰なのだろう。
……ほんと、さすが姉貴だ……いい性格してるよ……。
「それじゃ、いつまでもここにいるのもあれだし……いきますかね! ライももういいでしょ?」
「ああ。それではマクシミリアン様、この度は僕のお願いを聞いてくださってありがとうございました。」
「いやいや、儂もミア様の弟に会えてよかったとも。それに儂よりも本来は君のお姉さんの方が凄い人なのだからね」
「僕にとっては、お腹が空くと食べ物を要求するだけの我が侭な家族ですよ」
「ちょっとライ!?」
僕の返事に姉貴が声を挟むも、マクシミリアン様はすっかり笑っていた。「今代の勇者様も、弟には形無しですな」と言われて、姉貴は何か言い返そうとしてできず、そのままふてくされていた。
「マーレさんも、改めましてお疲れ様でした。本当にさすがとしか言い様がなかったですね」
「いえいえ、ほとんどライ様がやってしまったではないですか。私としてはもっと活躍してよかったぐらいの気持ちなのですけどね」
「これ以上活躍されたら、本当に人間の立場がなくなっちゃうので……」
「あら。でしたら人間の代表は、ライ様ですね」
……ん? 僕が人間の代表?
周りを見てみると……みんなの視線が集まっている。そして姉貴と目が合うと、しっかりと姉貴は頷いた。
「そーよ。っていうかマーレ呼んできてたとか気付かなかったし、よくもまーこんだけ立ち回ってくれたわ。どう考えてもここ最近、アンタの方が勇者っぽいわよね」
「そ、そんなにかな? 前衛に立つ勇気はないから、とても勇者っぽくはないけど」
「勇ましいってんじゃないけど、なんていうんだろ……あ、そっか。オレールさんが屋敷で言ってたわ。ライみたいなのは賢者だって」
賢者……賢者か。
魔法使いとしては今ひとつだけど、そう言われるとさすがに仰々しすぎて畏れ多く感じてしまう。
でも、これだけの評価をもらえることをやったと今回は言い切ってもいいだろう。
初めての貴族相手の大立ち回り。
リンデさんの背中を預かるだけの活躍。
公国と魔人王国の橋渡し。
どれもこれも、今までの僕の生活からは一線を画したものだった。
「姉貴公認なら、賢者はさすがに畏れ多いから、参謀とでも名乗らせてもらうよ」
「参謀! いいじゃない、格好いいわよ」
姉貴が腕を組んで笑う。それは、僕の活躍が姉貴に認められた何よりの証だった。
……さて、活躍とは別として……最後に挨拶したい人がいる。
僕はリンデさんに目配せして一旦離れてもらい、その人のところへ歩いた。目の前に来ると、その人は「え? え?」と驚き、視線を彷徨わせながら困惑していた。
僕はその人に安心させるように笑いかけ、予想を当てにいった。
「エステル・ロワイエ様ですね?」
僕の発言を受けて、目の前の女性は目を見開いて「なぜ私の名を……」と小さく頷いた。
ロワイエ家の令嬢。それが、リヒャルトに連れ去られた三人目の令嬢だった。