姉貴の気持ちを、聞いてみます
マクシミリアン様の執務室まで戻る途中、リンデさんにお願い事をした。また僕から離れてもらうけど、姉貴が近くにいることと既に危険が去ったことから、リンデさんは承諾してくれた。
暗くなった中庭から城内に戻り、廊下を歩きながら、僕はさっきのことを思い出す。
リヒャルトが姉貴を含め皆から一目置かれていたことは、いくつか理由がある。
まず彼自身が強い剣士であること、その力を自慢に使わないこと。
そして彼自身が、非常に勉強熱心であり、魔法も得意としていたこと。ここが勇者になる前の姉貴との大きな違いだった。
例えば————魔法剣を生み出すことが出来る、とかね。
僕はリヒャルトに背を向けた時、刺される可能性を考えていた。リヒャルトにはそれを可能とする能力があったし、実際最後に僕を倒せば彼は逃げる手段だってあったように思う。僕はそのことを分かっていて背を向けたし、リヒャルトも意識していたはずだ。
しかし、隙だらけの僕に対して、リヒャルトは仕掛けなかった。それが彼の、僕に対しての答えだったように思う。
魔人族と人間の関係……というより、リンデさんがあんなに肩身の狭い思いをさせられたことに腹が立った。だけど、それを断罪するのは————。
————中庭から執務室までの廊下はさほど長いわけではなく、考えを整理するより早く部屋へと戻ってきてしまった。
僕は、集まった面々を見る。
マクシミリアン様と、ヴィクトル様。僕と姉貴とユーリア。リヒャルトと、シモンヌやアンリエットなど令嬢。
さて……まずは一連の事件について、集まってもらっている皆に説明をしよう。
最初に伝えるのは、キマイラを作り出したのがリヒャルトであること。そして、それらの魔物を使って馬車を襲っていたこと。
だから令嬢が助けられたのは、全てリヒャルトが最初から襲わせて、退却まで指示を出していたからであったことを集まっている令嬢に伝えた。
リヒャルトは僕の話の正しさを証明するように、話し終えた後に首肯した。
令嬢達には……その衝撃は、やはり大きかったようだ。
「……そ、そんな……それでは私たちは、最初から襲われていたわけではなかったということですか……」
「騙されましたわね……」
「ええーっ、初めて聞いたわよライ。あたしぜんぜん知らなかったんだけどー?」
皆、事実を知って驚愕したり落胆している。姉貴……もそういえば説明するのは初めてだった。この件に関しては、事前に立場が上であるマクシミリアン様が『キマイラを倒せるかどうか』について言及していたが故に、令嬢たちも心の片隅で疑惑が生まれていたようだった。
令嬢たちの反応に、リヒャルトは……無言だった。
その様子を見て、僕も覚悟を決める。
「マクシミリアン様、今回の件に関して提案があるのですがよろしいでしょうか?」
「ああ、良い良い。ここまで来たらお主に一連の流れを任せてから考えるのも良いだろう。儂自身、お主が次に何を提案してくれているのか楽しみにしているよ。ヴィクトルもそれでどうだ?」
「確かに一度彼に任せてから、こちらの要求を言うのでもいいですね」
「ありがとうございます」
よし、許可をもらえた。僕はさっきから、こちらをずっと見ている姉貴と目を合わせる。
姉貴はしっかりこちらを見ているけど……弟の僕にはわかる。少し不安そうな感情が読み取れる。
だから僕は、はっきりマクシミリアン様に向かって言った。
「今回の処罰、僕は姉……勇者ミアに一任するべきだと思います」
マクシミリアン様は、顎に手を当て「ふむ……」と小さく頷き、僕に続きを促す。
「まず、今回の件はレノヴァ公国で起こったことですが、それによる騒動はあっても実害がレノヴァ公国にはありません。例えばアンリエット・バリエ様が姉貴に怪我させられたとして、オレール・バリエ様が姉貴を責めたりすることはあっても、マクシミリアン様が姉貴を罰するのはおかしいですよね」
「それはそうだ。つまり君は、ミア様に彼を罰する権利の全てを譲るべきだと、そう言いたいということでいいかな?」
「はい」
再びマクシミリアン様が顎に手を当て、今度は少し時間をかけて悩む。
「……まず、ミア様の意見を聞きましょう」
姉貴は話を振られて、リヒャルトを見る。
リヒャルトと目を合わせると……姉貴は少し気まずそうに目を逸らして言った。
「あたしは、彼を罰することはできません」
……やはり、その答えは予想した通りのものだった。
「ど、どうしてなのかねミア様、儂はあなたが罰するというのなら自分が罰する必要はないと思って……」
「————例えば」
姉貴はマクシミリアン様の話を遮り、自分の話を語り始めた。
「暗殺者ギルドってのがあるんですよ、砂漠の国に……名前なんつったかしら。そういうところって、子供に人の殺し方を教えているんです。マクシおじさまは、このギルドの悪人って誰だと思います? もしも罰するなら、直接人を殺した子供?」
「そんなの、殺しを教えた者に決まっておるだろう」
「そう、そんなの親玉が諸悪の根源。それ以外に有り得ません」
急に例え話を出されて、かと思ったら答弁内容が意味不明でマクシミリアン様もヴィクトル様も困惑している。
しかし、僕には姉貴が続ける言葉が分かる。
「リヒャルトがこういうことやった理由は、あたしがそういうふうに仕向けたからです」
「……な、何を言っているのだ、ミア様は……」
「昔、あたしが当たり散らすように、リヒャルトに当たったことがあります。そりゃあそんなのわざとじゃないし、暗殺者ギルドのボスみたいにそういう結果になるってわかってやっていたわけじゃない。だけど……だけどあたしは、どー考えてもあたし自身に何の罪もないとは思えない。思いたくないんです」
姉貴はこちらを見た。その目つきは、さっきまでリヒャルトから目を逸らしてたとは思えないほどしっかりしている。過去から逃げないと決めた目だ。
こういう時の姉貴の判断は早い。男子三日会わざればとはいうけど、姉貴の場合は三分後には切り替えるべき時は切り替わっている。
「ライだって、結構ひどい扱いだったものね。それに他にも、マックスだって。ビスマルク……の国王は自業自得としても、結構あたしってやりたい放題やってたわけ。だからその影響が出ているのがリヒャルトぐらいしかいないなんて、むしろあたしには都合良すぎるぐらいでね」
そして姉貴は、再びマクシミリアン様に向き直った。
「もしも罰を与えてほしいというのなら、まずは先にあたしを罰してほしいです。元凶を罰するのがマクシおじさまの判断なら、あたしはそれに従います」
「……そんな……以前の魔物氾濫の討伐を担当していただいたミア様を罰するなど、儂にはとてもできませぬ……」
「でも、リヒャルトを罰しないのは納得いかないですよね」
「…………」
マクシミリアン様の沈黙は……罰してほしいと、リヒャルトだけを罰してほしいとはっきりと告げていた。
姉貴は腕を組んで悩ましそうに唸る。
「う〜〜〜ん、ま、そりゃーそーですよねー」
「特に今回、魔人王国とレノヴァ公国の友好関係にヒビが入りかねないというのが厳しいところですね……」
「ん? 魔人王国とって?」
そういえば、ここでリンデさんと一緒にマクシミリアン様と話していたことは、姉貴は一切知らないのだった。
「姉貴、僕はリヒャルトのやったことによって魔人王国との友好関係にヒビが入る、だから放置しておくのは危険だということを理由にマクシミリアン様に直接出向いていただこうとしたんだ」
「あ、そういえばライが呼んだんだったわね。んー、確かにまあ敵対関係になるのはまずいわよねー。そっか、そりゃ罰するに有り余る理由かもしんない。ちょっとあたしも考えなしだったわ」
「考えなしなのはいつものことだろ」
「は? それここで言う!?」
姉貴にツッコミを入れて、姉貴が反応する。それは姉と弟のよくある光景のようで、やはり勇者の姉貴を見慣れている人からしたら珍しいものなのだろう。
マクシミリアン様や、ヴィクトル様も、その反応に驚いていた。
……よし、かかった。
「み、ミア様は本当に、彼と家族なんですね……」
「ん? そうですけど……なんかそんなに珍しかったです?」
「そりゃあもう……軽口を叩こうものならミア様はすぐに手が出ると噂になっていましたし、実際にちょっとした騒動になったでしょう?」
「うっ……ま、まあ、ありましたね……」
……ん? もしかして姉貴、マックスさん以外にもやったのか?
しかしこれは、いい流れだ。ちょっと追求してみよう。
「レノヴァ公国でも腕折りやったのか姉貴」
「……や、やったわよ……だって『腕折り事件とかなかった、こいつにそんな力あるわけない』とか言って触ろうとするヤツ結構いたのよ。やっぱ噂だけじゃ信じられないからって。それでまあ、その……腕はさすがにかわいそうなので、兵士の持ってた盾を二、三枚ちぎったり……」
「それはダメだろ……」
目の前で草葉みたいに盾を千切る少女がいたら、そりゃ怪物扱い間違いナシだ。本当に姉貴、びっくりするぐらい考えナシだな……怪我させないように気をつけていたのは少し安心したけど。
いくつか聞くと……出るわ出るわ。シレア帝国のような軍事国家でもやったし、僧帝国でもやったらしい。
なんだか『腕折り事件』は妙に噂が長引いてるし、みんなよく信じるよなと思ったけど……そんなことをいろんな人の目の前でやってたら、そりゃ最初に腕を折ったのがマックスさん一人でも、マックスさんの噂話がしっかり信憑性を持って伝えられるわけだよ。
「姉貴は、自業自得って言葉を知ってる?」
「返す言葉もございません……」
「本当に姉貴、レオンがいてよかったな。この性格のままじゃ、下手したら魔人王国の男でも姉貴はお断りだったんじゃないのか?」
「……返す言葉もございません……」
みんなの前で勇者の姉貴を説教する。なんだか場違いな感じもあるけど、せっかくの機会だ。言うだけ言っておこう。
僕が続けて何か喋ろうと思ったところで————窓が突然開いた。
……よし、間に合った!
「————もう少し慎ましく登場できなかったの!?」
「……派手な方が……格好いいです……」
「格好良さはいらないわよ!?」
その姿を見て、皆呆気にとられていた。
姉貴は目を見開いて、口をぱくぱくさせている。
「あっ、ミア。本当にここにいたんだね」
みんなが突然の登場人物に疑問に首を傾げる。
その疑問を解決したのは、最後に残った魔人族の少女だった。
「陛下!?」
ユーリアの声を聞き、マクシミリアン様が「……陛下?」と復唱した。
僕はその発言を受けて、マクシミリアン様、そしてヴィクトル様やリヒャルト、令嬢達を見渡して紹介をする。
「はい。こちらの方が、魔人王国の国王陛下、女王アマーリエ。皆さんに伝わりやすいように言い換えると、『魔王』です」
もちろん、みんな驚愕で跳び上がった。