キマイラとそれぞれの戦い
真ん中あるのはユーリア視点です
ライからの指示をもらって、あたしは南に来た。
でも来たはいいけどさ、よく考えりゃ北の森からキマイラ出てるんだから、とーぜんこっちの敵は少ないわよね。
……あたしは、一人でできることは手の届く範囲で何でも解決してきたし、そもそも本来ならばあたしが一人でやらなくちゃいけないことだった。
だけどライは、何でもかんでもやっちゃった。
アンリエットは見事に見つけだしちゃったし、あたしじゃどう考えても丸め込まれそうなシモンヌなんて、完全にライの足下にも及んでない。
あんたさ、あたしのこと勇者らしいって以前言ってくれたけど。
あたしからしたら、あんたの方がよっぽど勇者だって思うわ。
……いえ、勇者以上よね。
こんな駄目なねーちゃんと並べちゃライに悪いわ。
今回のあたし、伯爵に取り次いでレストランとカフェ紹介しただけだもの。
それ以外は一通りライに指示をもらったとおり。
ちょーっと働きが、足りないわ。
それじゃあ……あいつの姉として恥ずかしくないように、言われたことぐらいは。
せめて得意分野の頭より体とか使う部分はしっかり勇者らしく頑張ってみますかね!
「……集まってきてんじゃん」
あたしは左手を前に突き出すと、草原を背景に目の前で構えているキマイラどもに声をかけた。
「様子見のつもりでしょうけどね? 先手必勝って言葉は、このあたしのためにあるのよ。『ブレイブ・エクスプロージョン』!」
キマイラ連中は、あたしが何かやる、というのに気付いたものの反応が遅れた。
あたしは自分の体から魔力が湧き上がってきたのを感じて、左手から出た光がキマイラ連中の足下まで一瞬で伸びる。
————ドォォォォォンッ!
なーんて、聞いたこともないほどの大音量とともに目の前が大爆発した。
当然キマイラは、影も形もない。つーか、舗装された道だって影も形もない。なんか、こう、地面が燃えてるっつーか、溶けてる。
……余裕のミアちゃん完全勝利したけど、あれ? なんかおかしくね?
「あたしこんな強い魔法使えるはずが……急に魔法が強……………………あーそっか、レオン君の強化魔法受けてたんだったわ」
いやーさすがあたしのレオン君、やっべーわコレ。
強化魔法、受けた瞬間に明らかに前より良くなってるって分かったけど、それにしてもここまでくると、大威力というより災害ね……。
心の中でレオン君にお礼を言いつつ、目の前の惨状には困っていた。
後でマクシおじさまに泣きつこう。足りるとか足りないとかじゃなくて、さすがに魔物討伐やった挙げ句に壊しすぎて弁償はかっこ悪いので……。
とりあえずまずは見なかったことにして、広場に戻ろう。しかしすごい威力だったわね、これ広場からも見えてるんじゃないかしら。
とりあえず、こちらはオッケーよ。残り二つの場所はどうかしら。
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「燃え広がったらまずいよね。『ヘビーレイン・ダブル』」
火炎魔法で燃え上がった森の近くに、大量の雨を降らせて消火をする。
墨となって崩れたキマイラを見ながら、私はもう一度、魔力を体に回していく。
次の魔法の準備をしながら、ぼんやりと考え事をする。
この身は能動的に何かを成す権利を持たないもの。
この身は個人的に何かを成す身分を持たないもの。
……それは私の立場からいえば当然のことだし、それを不満に思ったことはない。
むしろ何かを積極的に決定するという意思が少し欠けた私からは、この地位に甘んじているのもいいかなと思っている部分もある。
————だけど。
「お兄ぃ」
「なんだい?」
今、この瞬間はっきり思った。
私はどうやら、私が思っていた以上に活躍したいらしい。
「自分がさ、恵まれてるなって思ってたんだ」
「おう? どうしたんだ、急に」
「んー、教えてもらう人がいるから活躍できるし、才能は……あるようなないようなものだったけど。何よりも恵まれてるのは、そんな私が今こうやって活躍の機会をもらえたってこと」
活躍の機会。それはライ様が、私を指名してキマイラ討伐を担当させてもらえたところだ。
一つは第二刻ジークリンデ様の担当する東門。もう一つは人類最強であり陛下をタメでどつく友人であるミア様の南門。そして最後がこの私、ただの魔人族平民のユーリアが担当する西門だ。
もうほんと、大チャンス。
大役にもほどがある。
同期の子とか聞くとひっくりかえるんじゃないかな。
自掌を握る。
小さな手。女の子の普通の手。だけど……この手には、あの第五刻のマグダレーナ様から教えていただいた魔法を使う力がある。
私は再び森から現れたキマイラを見据えて、杖を出した。
ミア様のいる南門。さっきあちらから、とんでもない威力の爆炎が立ち上った。勇者と呼ばれし人類最強のミア様、人間でありながらあそこまで剣を使えて、しかもあんな魔法まで。
本当に……すごい。魔王に対抗できる人間って聞いた時は陛下に太刀打ちできる人間がいるはずがって思ったけど、お兄ぃの強化があるとはいえまさか人間があそこまで……。
そして当のお兄ぃは、ミア様の方を見てちょっと自慢げだ。
むう……元々私の強化のために、強化魔法を習得していたはずなのに。
「……お兄ぃ」
「今度は何?」
「本気出してもいい?」
私の問いに、一瞬驚いた顔をして……そして楽しそうに笑った。
「いいよ、見せつけてやろうじゃないか。ミアさんにも、ライにも見えるようにね」
「うん!」
ライ様の名前を聞いて、いっそう私は気合を入れ直した。
私は魔力を杖に乗せ、キマイラを見据える。
きっと陛下は、羨ましがるだろう。
魔法は、使えるだけじゃ意味がない。役に立ってこそ意味がある。
マグダレーナ様も以前一度だけそんなことを仰っていた。
私は大好きな陛下のお役に立ちたかった。
陛下は大好きな人間の役に立ちたかった。
何の因果かわからないけど。
今の私は陛下の指示を受けてライ様の隣に立ち、今はライ様の指示でこの場所に立っている。
小説も妄想も大好きな私は思った。
『待ってコレ今の私めっちゃ主人公してるんじゃね?』って。
正直言って、私はそんな存在ではない。
この身は結局、何かを決定する権利もなく。
この身はどこまでも、誰かのための身分なのだ。
それでも————。
「『ライトニングストーム……ぐっ……ッ・クイント!』」
渾身の、雷雨の魔法を五段階まで上げて放つ!
私の周りの天候だけを操る。雷が山に向かって次々と落ち、こちらを見ていたキマイラを全て一撃で絶命させていく。
しかし、明らかに魔物の数が多い!
間違いなく相手は、私が一番弱いと思って固まってきている!
そりゃーそうだろうね、実際弱いと思うよ、私は!
だから今だって、お兄ぃの背中を見て尚こんな立場に甘んじている。
だけど……負けない!
デーモン相手でさえなければ、私の魔法は決して時空塔騎士団の方々に後れを取るものではないんだ!
私だって本気で入団するつもりで、魔法を鍛えてきたんだから……!
この後のことは、もう考えない! だけど、せめて今だけは!
今だけは、理想とした主人公像の私でいさせて!
「今日一番の戦績を上げるのは、リンデ様でも、ミア様でもない! ——この私、ユーリアなんだからっ!」
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そーいや見えてるといえば、あっちの様子もこちらから……。
——と思った瞬間、目の前が真っ白に光って、轟音が鳴った。
もうほんと、大爆発って感じの音と威力だ。山が燃えかかってる。
見間違えようがない。あれは……!
「落雷魔法!?」
間違いなく、上からごんぶといのが雷と思えないほど綺麗に真下へぶっとんでいった。しかも次々。
超やべーわ、雷系の究極魔法みたいなもんじゃいのかしらアレ。
もちろん使える人類なんていやしない。
なんだかあの付近だけ、見事にこの世界の終わりかってぐらい雷が落ちてる。でも変な方向には一つも曲がってない。全部魔物直撃であろうことが予想される。
見れば見るほどとてつもない威力。間違いなく、ユーリアちゃんだ。
やるじゃん、やっぱりライが頼ってるだけあって、とんでもないわよ。
一番やばいのあの子よね、本人は自分のこと一番地味だとか本気で思い込んでそうだけど。
立場が低いってことをすんごく気にしていて、いっつも一歩引いたところにいる子なのが不思議でしょうがない。村で腕っ節が強かっただけで結構ガキ大将だったあたしからしたら、あそこまで強くなっておきながら、よくあんなに謙虚に育ったなって思ってしまう。レオン君もそうだけど、二人の両親による教育の賜物かな?
多少偉くても能力が高くても、過剰に威張ってたらそれだけで査定下げちゃうのがあたしの貴族各位から学習したことだ。ユーリアちゃんの能力と性格のそれは、まさにその逆をいくものといっていい。
あたしを慕ってくれる可憐な美少女のことを思い浮かべる。
きっと今見たとおりの感想で褒めたら、恐縮しちゃうんでしょうね。
……ふふ、やっぱりどんなに恥ずかしがってもマーレには確実に報告しといてあげるから、覚悟しなさい。