キマイラと決着をつけます
公爵様の発言に、誰もが驚いていた。
ここで真っ先に言葉を発することができたのも、やはりシモンヌだった。
「……い、今の流れで発言することをお許し下さい。お言葉ですが……キマイラを撃退する瞬間は、わたくし自身が見ておりますが……」
そこは実際に助けられたシモンヌにとっては譲れないことなのだろう。
お姫様の危機に颯爽と現れる白馬の王子様。
それを体現したかのような、危機を救った美男子。
このシチュエーションをやられて、好意を抱かない女性というのはなかなかいないだろうなと思う。
だからシモンヌも惚れたはず。
しかし、だ。
「撃退した、とは言っているが……どうにも話を聞くとおかしいのだよ」
「……おかしい、ですか?」
「そうですよね、魔人族の女性」
ここでマクシミリアン公爵様から直々にリンデさんに話を振られる。
「ふええ!? わわわたしですか! えっ、えっ? あっ……えっと、ど、どーもどーも……魔人族のジークリンデです……」
さっきからちらほら見ている人がいたけど、それまでの視線が当然のように集中して、リンデさんは恐縮しきりといった様子でぺこぺこ頭を下げた。
周りの人は……そういえば、結構この広場には何日か通っていたんだった。見てみると、腕を組んで笑っている人もそこそこいる。
あ、その人が隣の人に、リンデさんを指差しながら何か喋ってる。他の人も、隣の人に話しかけている。
今のあの人は、どこかで見たと思ったらスパイスのお店にいた人だ。
……そうか、これは所謂リンデさんの『人徳』だ。
今までリンデさんは誠実に、そして控えめに公国を歩いてきた。
どんなに非難の目で見られても、八つ当たりなんてしなかった。
そして何度も、誰に言われるでもなくキマイラを撃退してきたし、感謝を求めたりもしなかった。
みんなそれを、ここ数日見てきた。
僕が想定していた以上に、魔人族は既に受け入れられていたんだ。
よし、これなら大丈夫。
「リンデさん」
「ららっららライさん! これ、これどういう状況なんですか? 私なに喋ったらいいんですかっ!?」
「落ち着いてください。リンデさんが喋る内容は、昨日のキマイラ撃退、ですよ」
リンデさんが僕の言葉を聞いて一瞬止まると、「んー?」と首を傾げて思い出すようにして……すぐにその会話のことが思い当たったようだ。
「ひょっとして、私が討伐する前からキマイラは逃げていた、って話ですか?」
「そうです」
会話を聞いて、周りの人も不審に思いだしたようだ。
マクシミリアン様が、リンデさんに再び話を振る。
「リンデ殿。キマイラは、撃退するでもなく森の方へ逃走していたということで間違いないかね?」
「あっ、はい。討伐とかしなくても、そもそも人間とか襲うのかどうかさえ疑問でしたね」
そこから得た答えは、僕も気付いた時点で驚いた。
———キマイラ被害、なし。
それはギルドでも高ランクモンスターとして危険扱いされているキマイラにしては、あまりにも異常な結果だった。
ゴブリンだってコボルトだって、まだもうちょっと村の周囲を荒らしているし、弱い冒険者に被害を出している。
そしてここは、毎日キマイラが現れるほどの現状だ。どう考えても『たまたまそうなった』という主張は怪しい。
こうなってくると、当然『撃退』ということそのものに疑問が湧く。
本当に倒せるのかというより、本当に倒そうとしたのか。
僕が何か発しようと思った直後。
「キマイラが出たぞ! 西門だ!」
広場に大きな声が響き渡る。
公爵様は最早驚いてもいない状態で、腕を組んで報告を聞いている。
「東門キマイラ出現!」
「東もなのか!? 西も出たところだ、それに数が多い……!」
「こちらもだ。……ああ、レノヴァはどうなってしまうんだ……」
その騒動が落ち着かない間に、今度は反対方向から声を上げた。
逆側の門にも現れたか。
じゃあ、分断するつもりだな。
「キマイラ! キマイラが南にいます!」
立て続けに広場に通る声。今の流れだったとはいえ、さすがに広場の人はややパニック状態だ。
その報告の連続に……やはりなと少し納得した部分がある。
しかし同時に、今回ばかりは危険な可能性を考えていた。
僕は公爵様の隣に近づき、小声で話しかける。
「マクシミリアン様」
「どうした、ライムント殿」
「今回は、本気で行かないと襲ってくる可能性があります」
僕の報告を聞いて、マクシミリアン様は目を見開いた。
そりゃあそうだ、襲ってこない可能性を考えて余裕でいたのに、実際に襲ってくるとなったら話は別になってくる。
公国の冒険者では勝てないし、すぐ軍を動かすのも大変だろう。もちろん無事で済むとも限らない。
姉貴の方に目を向けると、既にレオンが強化魔法を姉貴にかけていた。
さすがだレオン、判断が早い。
「姉貴! 南を頼む!」
「任せなさい!」
姉貴は返事を聞くと、広場から一気に屋根に飛び乗って僕と目を合わせて……。
一瞬。ほんの一瞬だけリヒャルトの方に視線が行って、何か言いづらそうな表情をした後に無言で飛び去っていった。
姉貴も思うことがいろいろあるのだろう。
「レオン、僕もどちらかに向かう」
「分かった。『フィジカルプラス・オクト』『マジカルプラス・オクト』……どうだ」
「ありがとう、いい感じだよ」
さらりとやってのけたけど、魔法の能力また上がってないか? 以前やってもらった時より体がかなり軽い感じがする。
相当強い強化魔法だ。
「それじゃリンデさん、分担————」
「嫌です」
「———して、討伐、を…………え?」
喋ってる途中で、かなり強めに拒否された。
呆気にとられているうちに、リンデさんから声が重なる。
「ライさんが一緒でないと嫌です。分担とかないですから」
「え、ええっ、その、リンデさん今回ばかりは」
「嫌です、離れません」
はっきりと、僕の目を見てテコでも動かないって顔をされた。
ま、まいったな……リンデさんなら一人でも大丈夫なんだけどまさか僕と分担を拒否されるとは思わなかった……。
大切に思ってくれるのは嬉しいけど、これは困ったぞ……!
「ライ、じゃあ西にはユーリアを向かわせよう」
「レオン! ……それで大丈夫か、ユーリア」
ユーリアが西を担当する。確かにそれなら安心だけど、それでもこのメンバーで前衛なしの魔法一人だと負担が大きくないだろうか。
そんな心配を余所に、ユーリアは僕の方を見て笑った。
「大丈夫ですよ。キマイラがどういうヤツなのかは既に知りました、後れを取ることはありません! それともライ様は、私だけではやはり頼りないでしょうか」
「そんなことはない、この国の何処を探してもユーリア以上の魔術師はいないと断言できる。……頼って、いいんだな?」
「もちろんです。信頼する人間のお役に立てることこそ最上の喜び、お役に立てず置いて行かれることだけが私の恐怖するものです」
その覚悟をした目には、以前の気弱さは一切感じられなかった。
レオンに目配せする。頷いた。
大丈夫なんだな? よし、分かった。
「二人は西門のキマイラを討伐してくれ。ユーリアが頼りだ」
「ハッ、それこそ我が誉れ! お任せ下さい!」
片膝をついて、陛下にするような敬礼を僕にするユーリア。その様子は、周りの注目を大いに集めた。
すぐ立ち上がりレオンと目を合わせたユーリアは、一緒に西門の方へ向かって走った。
「……それではリンデさん、東門へ向かいましょう」
「はい!」
そしてリンデさんは…………っとぉ!?
なんとリンデさん、広場のど真ん中で、公爵様が見ている前で僕を勢いよく持ち上げ、そのままリンデさんにお姫様抱っこされた。
こ……この状況でお姫様抱っこは恥ずかしい……っ!
マクシミリアン様に言い訳をしたり、リンデさんに何か抗議する前に、リンデさんが勢いよく屋根に飛び移った浮遊感が体を襲う。舌を噛むわけにもいかず、僕はそのまま閉口した。
「……すみません」
「え?」
「本当は、一人で行った方がいいって分かっているんです。だけど……だけどやっぱり、ライさんを一人にするのが怖くて……本当は馬車が襲われた時に、キマイラが目の前に来るまで助けに入れなかったのが、夢に見るぐらい怖くて……!」
…………。……ああ、そうか。
リンデさんの気持ちは、先日の姉貴なんだ。
今の姉貴には、オーガキングなんて簡単に倒せる相手だ。だけど当時は、両親二人ともオーガロードに殺されたのを助けられなかった。
力を持っているが故に、力のない親しい者が自分のせいで殺されるというのは、無力感が大きいのだと思う。
もし僕がやられていたら……リンデさんは、墓石の前の姉貴以上にずっと泣き続けるだろう。これだけ優しい子なんだ、立ち直れるかどうか、全くわからない。
僕はここレノヴァで知らずのうちに、リンデさんにこんなに精神的負担を強いていたのか……。
首に腕を回して、リンデさんの耳元で声をかける。
「すみません、リンデさんの気持ちを考えていませんでした」
「……いえ、私の我が侭だとは分かっているんです」
「そんなことはありません、そこまで心配していただけて、やっぱり嬉しいですよ。それに……僕自身もリンデさんを一人残すなんていう想像をするだけで暗い気持ちになってしまいます。だから……」
腕に力を込める。
リンデさんから少し、息が漏れる。
「ずっと側で、僕のことを護ってください」
「はい……はいっ!」
力強く頷くと、リンデさんは再び足に力を込めて跳び上がった。
東門に降り立つと、門の方を見てキマイラが数体睨んでいた。
「……やはり、今回は逃げませんね。僕らを待っていたと思います」
「『時空塔強化』……ライさん、近くだと恐ろしいかもしれませんが、相手を斬るので私についてきてください。私の近くが一番護りやすいですから」
「わかりました」
リンデさんが近づくと、三体のキマイラが囲むように広がり、同時に襲いかかってくる。しかし、その程度で勝てる相手ではない。
黒い剣の魔力が空中に踊ったかと思うと、キマイラは三体とも体のどこかを真っ二つにされ絶命していた。
全く、見えない。どの順番で倒したかさえ視認できない。
やはり本気のリンデさん、圧倒的に強い。
森からキマイラが、追加で現れる。リンデさんと一緒に近づきながら、再び出てきた相手を斬る。
門から大分離れてきた。しかし恐らく、門付近を襲うキマイラはいないだろう。あくまで予想だけど、これはもう確信に近い。
そして次のキマイラが現れたとき。
リンデさんが目を見開いた。
「う、そ……そんな……」
更に森から三体のキマイラが現れた。
しかし、次のキマイラは、羽が生えていた。
そう、上空にいるのだ。
リンデさんは、魔人族でも超絶的な技能を持つ剣士だ。
更に、家も入るほどのアイテムボックスの魔法も使えるほど魔力が高い。
しかし……そうなのだ。
アイテムボックスしか使えない。
リンデさんは、攻撃魔法を全く使えないのだ。
「ライさん! 私のそばを離れないでください!」
リンデさんと背中合わせになり、周囲を警戒する。
あんな空高くに構える相手だろうと、リンデさん一人なら何とかなっただろう。しかし、だからといって僕が一人なら大丈夫だったかというと、今度は僕だけが襲われる可能性もあるのだ。
やはり、護りながら戦うのは大変なのだろう。リンデさんは動けずにいた。
情けない、これでは王国での時と同じ構図だ……。
ふと、姉貴とアンリエット様のやりとりを思い出す。
あの時姉貴は、何て言った?
———ああ、そうじゃないか。
やっぱり、守られるだけなのは、嫌だよな。
戦う力があるのに、お荷物なんて嫌だよな。
僕は弓を手に取る。
「絶対大丈夫だと信頼しています、僕を護ってくださいね。だから———」
上空のキマイラに向かって、魔矢を連続で放つ。
一体のキマイラの頭部が吹き飛び、もう一体の片翼が千切れて墜ちる。
後ろから「え?」という呟きが聞こえてきた。
再び矢を構え、体の魔力を矢に乗せる。
「————僕もリンデさんを護ります」