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シモンヌと決着をつけます

 公爵様に、今現在レノヴァ公国が置かれている状況を羅列した。


 姉貴が、バリエ伯爵家から息女アンリエット様の捜索を依頼されたこと。

 そしてアンリエット様がまだ帰ってきていないこと。


 現在とある美男子が勇者を名乗り、綺麗な令嬢が皆心酔していること。


 姉貴を追放しようとしている勇者を名乗る者が村出身の男であること。

 男の一派が全員、魔人族の追放を目論んでいること。

 そして、パラディール家の令嬢に喧嘩を売られていて危機的状況にあること。


 その詳細な情報を伝えるに従って、公爵様の眉間に皺が刻まれる。


 勇者ミアを知っている上で、魔人族を知った二人の反応はどうなるか。


「……公国がミア様と魔人族を排除するように世論を誘導するというのは」

「ええ、国防面からも各国からの信頼の観点からも避けたいですね」


 そう。

 魔人族排斥が公国で行われている事実に、強い危機感を示すのだ。


 シモンヌ・パラディールという名前を聞いたとき、もしかしてと思ったが、やはり宝石商会のパラディールのようだった。

 魔石宝飾品、その模様による効果が年々洗練されていくことにより、冒険者からの需要増加による供給不足で魔石価格は急上昇、その供給が落ち着くまでの時期に一気に稼いだ商人の一人だ。


 もちろんそれだけの資金力を持った大商家、領地を持たない貴族ではないとはいえ、相応の地位が約束されている。お金の力は強いのだ、パラディールが敵対することで領地の運営を左右されることもあるだろう。

 その予想を立てた理由が、シモンヌがバリエ家を対等かそれ以下に見ていたこと、アンリエット様に敬称を使わなかったことだ。

 普通は貴族に敬称を使わないなど有り得ないが、自然にそうしていた辺りがパラディールの現在の存在感を物語っている。


 どうすれば、そんな人を止められるか。

 その答えは至極単純、もっと上の立場の人に協力してもらえばいいのだ。


 姉貴を助けることと同時に、どうしても今の状況の危険性を問うために、魔人族というものを知ってもらう必要があった。

 そして、単に人類の危機というだけなら抵抗するかもしれないことを考慮して、魔人族の人となりを知ってもらおうと思った。魔人族の、というよりリンデさんのだ。


 リンデさんを連れてきた理由。

 一つ目が、公爵様に会うための本物の魔族として。

 二つ目が、魔人族の好感度を上げ、実力を知ってもらうため。

 そして三つ目が、排斥運動を阻止するためだ。


 ここに、姉貴が魔人族と行動を共にしているという情報と、僕が勇者ミアの弟で実際に魔人族と共に行動していることを見せれば、信頼を得られると踏んでいた。

 同時に、マクシミリアン様自身が姉貴に会いたい、更に力になりたいと思ってくださっている可能性が高いと予想していた。

 断る理由を先に潰して、積極的に協力したいと思う要素を盛り込んでいく。


 そして———。


「もう一つ、こちらをご覧下さい」


 ———最後に一手、トドメを用意してある。


「これは……?」


 そこには、西門で拾った石があった。


 -


「パラディールには自由な商売を認めはしたが、まさかその令嬢がここまで傲慢に育ってしまうとはね、父親のダヴィド殿は先見の明あれども、自分の目を曇らせるようなことはしなかったのだが」

「……う……」

「まさかここまで偽の勇者に踊らされるとはね、嘆かわしいことだ」


 偽の勇者という言葉。それをマクシミリアン様が直接言ったことにより、シモンヌの雰囲気が変わった。

 まさかここから噛みつくつもりか。


「っ、お言葉ですが、こちらのリヒャルト様はッ!」

「偽物ではないと、言うのかね? 私自らビスマルク国王陛下の前で、正式に勇者の称号と地位を得た姿を見たのだが」

「それが本物とは限りませんわ……!」


 ああ、言ってしまった。なんと無謀なのだろう。


 シモンヌからリヒャルトへの好感度が高いように、マクシミリアン様から姉貴への好感度が高いのだ。

 裏返すと、シモンヌが姉貴を嫌いなように、マクシミリアン様から見たらそのルックスで勇者ミアの排斥運動をするリヒャルトは当然……。


「それ以上口を開くと、パラディール家のレノヴァ公国内部での活動にも言及しなければならないね」

「……本気なのですか? パラディール商会が立ち退けば、レノヴァの国力低下になることぐらいマクシミリアン様なら分かるはずです」

「その前に、勇者は何故勇者とされていると思うかね?」


 その問いは唐突だったのだろう。

 シモンヌは驚きながらも、少し考えて答えた。


「勇者の紋章が浮かんだからあり、勇者としての人々を助ける優しさや、勇気があるからだと思います」

「違う」


 はっきりと、シモンヌの答えをマクシミリアン様は否定した。

 それらしい答えであっただけに、さすがに面食らったようだ。


「体に墨を流し込むぐらいのことはできるし、勇気を持って誰かを助けることも誰もが行える。勇者としての資質を証明するものは一つ」


 少し勿体ぶって、マクシミリアン様はリヒャルトを視線で射貫く。

 リヒャルトは、やはり気圧されているようだ。

 マクシミリアン様が姉貴を見ると、姉貴は姉貴で興味深そうにじーっとマクシミリアン様を見ていた。……あれ自分で分かんないから回答待っている顔だな……。


「勇者ミアが本物である理由は一つ———圧倒的に強いからだ」


 その答えは、意外だったのだろう。

 シモンヌは呆気にとられた顔をしていた。

 姉貴は「へー」って言っ……いや姉貴、今は口を開くんじゃない。なんだかぼろが出そうでハラハラする。

 弟として言わせてもらうけど、姉貴は普段全く勇者っぽくないからなあ……。


 やがて呆然とした様子から復帰したシモンヌが、マクシミリアン様に反論した。


「し、しかしこちらのリヒャルト様も、何度もキマイラを撃退するほど強いのです! わたくしも救われましたわ!」

「キマイラ、キマイラねえ……」


 マクシミリアン様が顎髭を撫でながらこちらをちらりと見て、姉貴の方を見た。


「ミア様、あなたはキマイラに出会いましたかな?」

「そーっすねえ……門の近くに来たヤツは撃退っつーかすぐ逃げてっちゃったから追わなかったんですけど、そーいえばレノヴァに来るまでの道に出たキマイラは逃げてるのも追っかけて二体斬りましたね。バリエ伯爵のオレールさんが証人になってくれると思います」


 僕は、姉貴の話を聞きながらリヒャルトの方を見ていた。リヒャルトは訝しそうな表情で首を傾げていた。

 視界の端でマクシミリアン様が頷いたところで、姉貴が「あ、でも」と付け足した。姉貴はこちら……いや、リンデさんの方を指差している。


「人類の味方の魔人族、あっちのコね。あたしが二体殺して満足してるうちに、六体余裕でぶった切ったわよ。数分とか一分とか、マジそんぐらい。つーか味方でいてくれるのが不思議なぐらい、魔王より余裕で強いからねあの魔族」


 いいタイミングだ、広場に集まった人達がリンデさんの方に向かいながら騒ぎ出す。その中で僕はとある場所を見ると……()()()、リンデさんを見るリヒャルトが一番驚いていた。

 その回答を聞いて満足そうに頷くと、マクシミリアン様はシモンヌにはっきりと事実を告げた。


「勇者はね、レノヴァ公国の全軍を使っても勝てない、それぐらい強いのだ。その男は、レノヴァ軍を一人で相手できるほど強いのかね?」

「そ、それは……!」

「女性には話が伝わっていない所もあるようだが、ビスマルク王国騎士団長殿の腕を、素手で折った十五歳の頃のミア様を私は直接見ていてね。あれを知っていると、勇者という力を持った人間の存在を疑いはしないのだよ」

「……な……」

「改めて言おう。勇者ミアが、真の勇者だ」


 マクシミリアン様は、シモンヌに勇者ミアという存在をしっかり知らしめた。

 そしてこの場にいる人全員が、同じように勇者ミアという存在が王にとって絶対であることを知った。

 とりあえず、姉貴に降りかかった問題はこれで解決だろう。


 しかし、公爵自ら出てきたほどの騒動なのだ。

 このけじめはつけなければならない。


「話を聞けば、君は勇者の亡き母君に対して暴言を吐いたそうじゃないか。これは公国の……いや、人類に対する敵対行為とも取れる」

「……そんな……つもりは……」

「シモンヌ殿、今日の茶番はお父さんの許可を取ったのかな? もし独断だと言っても、私が君——いや、()()を許すとは限らないよ」

「……!」


 シモンヌは、公爵の前で青い顔をしながら視線を泳がせていたが、やがて自分が今どういう立場にあるのか……そして、同時に自分が判断を誤ったときの影響力をようやく理解できたようだった。

 家族だけではない、商家に関わる全ての業者の食い扶持が自分の今からの行動に関わっているのだ。

 彼女はそのことを分からない人ではないだろう。


 崖の縁、落ちる寸前であることを認識した人がしなければならない行動は一つ。


「……今回のことは、わたくし一人の独断でございます。どうか父上と、パラディール商会への処罰は免じてくださいませ……」


 シモンヌは、広場の中心、皆の前で土下座をした。

 渋る可能性も考えていたけど、謝罪をする冷静さは残っているようで安心した。

 ……その危機感を、もっと早い段階で持ってくれていれば。


「ふむ、君の謝罪は聞き届けた。許すかどうかは勇者次第だが——」

「僕はいいと思いますよ」

「……よろしいのですかな? ライ殿」

「ええ、パラディールで働いている方の影響になるほどの罰は与えたくありませんから。ま、取り敢えず溜飲が下がったってところですね」


 僕は姉貴の方を見て、「それでいいよな?」と一応声をかけた。

 姉貴はシモンヌの土下座を見て満足したようで、ニッと勝ち気に笑いながら無言で親指を立てた。レオンとユーリアも頷いていた。

 わかったよ。……シモンヌ、姉貴たちの寛大な処遇に感謝してくれ。


 シモンヌは、僕の方を見て唖然とした顔をしていた。当たり前だろう、彼女には僕に関して何一つ本当のことを言っていないのだから。


「改めましてシモンヌ様、ご挨拶を。ミアの弟のライムントと申します」


 その一言で、察したのだろう。

 シモンヌは地面にぺたんと座り込んだまま、少し疲れたように笑った。

 やはり、彼女も相当に頭の切れる人物だ。


「……ふふ、勇者の母親を罵倒したのは、完全に失敗でしたわね。相手の判断力を奪って主導権を握るつもりが、ここまで追い詰められるとは……」


 そう、僕が今回ここまで怒ったのは、『母さんを貶されたから』だ。

 母さんは村では慕われていたし、早世してからは他の人の口から話題に出ることももちろん少なかったが故のことだった。


 自分の母親を罵倒されて、自分でも驚くぐらい頭に来た。

 それは体験したことのない感情だった。姉貴を罵倒されたときも相当頭に来たけど、死んだ母さんのことを口にされると、よく冷静に話せたなと思うぐらいあの時の僕は激怒していた。

 多分姉貴も、あの時は本気で斬るんじゃないかってぐらいの気持ちだったんじゃないだろうか。

 その結果がこれだ。


 だけど。

 潰すなんて大見栄切って言っちゃったものの、姉貴もそこまでは望んでいないようだし、何よりも母さんが望まないだろう。

 それこそ今は死霊術士ネクロマンサーハンナがいるんだから、知られたら逆に怒られちゃいそうだよな。『私のことはいいから、もっと相手に優しくできるようになりなさい』って。

 母さんに直接聞かずとも、そう返ってくると信じている。だから母さんは僕達の誇りなのだ。


「パラディール商会には、お世話になっている部分もあるのです。あなたが次期当主になるのなら平民を見下してはいけない」

「……あなたは、一体……?」

「僕は平民であり、勇者の弟であり、そして……宝飾品の製作者でもあります。『蜂の巣の青指輪』は僕が作りました」


 蜂の巣の青指輪とは、蜂の巣のような六角形を浮き上がらせて敷き詰めたような模様の、二年前に考案した指輪だ。その模様を正確に彫り、一周させてずれないようにするには、彫り始める前の入念な調整が必要になる。

 苦労して作っただけあって、その身体防御力の向上効果は非常に高い。


 さすがに商家の娘、指輪のことを言えばすぐにどれか思い当たったようだ。

 あれを作る前の、元の模様ナシの青い魔石の指輪はパラディール商会からビスマルク王国に売られている。当然パラディール商会からも買われているはずだ。

 そして出来上がった指輪はパラディール商会にも少数だが卸され、それがもっと高値で遠くの地で売られて、稼ぎとなっている。


「ちなみに姉貴がフィードバックしてくれたから、正確に改修を重ねて今の性能になったんですよ」

「……そう……だったのですね。どうかこれからも、このような愚かな娘を見限らずに、我がパラディール商会をよろしくお願いしますわ」


 シモンヌは、再び僕に対して頭を下げた。

 僕はそんな彼女に対して……片膝をついて「今回は許しますが、個人的に安く売ってくれたりすると嬉しいなーなんて思ってます」と、少しおちゃらけて返した。

 顔を上げたシモンヌは唖然としていたけど……「まったく、かないませんわね」と、憑き物が落ちたかのように笑った。

 それは、今まで見せた中で一番魅力的な笑顔だった。




 ————しかし、まだだ。

 今日はこれでは終わらない。

 そのために、用意するだけ用意してきたんだ。


「パラディール商会への問題はこれでいいとして、だ。折角なので公国民に問いたい。今現在のレノヴァ公国が急にキマイラに襲われるようになった話だ」


 良い感じの話で終わりそうだったところで静まりかえっていた広場に、公爵の声が大きく通った。

 周囲の人は、キマイラという言葉に話し合ったり頷いたりと反応をしている。

 そのどれもが、今の状況を知っているということだった。


「ミア様が何体も絶命させ、魔族殿がそれ以上に切り捨てた。そしてそこの男も撃退していた、という話までは皆も知っていると思うが——」


 公爵様の視線が、リヒャルトの方を向く。

 自然と、皆の注目もリヒャルトに集まる。


「——そもそも」


 そして、公爵様が一言。


「その男は、本当にキマイラを倒せるのか?」

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