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公爵様にお会いしました

 姉貴と目が合った。自信を持って頷く。

 どうやら計画通り上手くいきそうだ。飛び出さず我慢した姉貴に感謝をしたい……と言いたいところだけど、間違いなく暴走しかかったところでレオンに止めてもらったな、あれは。

 レオンが姉貴の隣にいてくれて、本当に助かってるよ。


 パラディール商会は、潰すまでいくと影響も大きいからするつもりはない。関係のない人の生活を脅かすようなことは、同じ平民として出来る限り避けたい。

 ……でも、僕も今回は本気で怒っているからね。

 せめてこの場で土下座ぐらいはしてもらわないと、気が済まない。


 だから、そのための手順は完璧にしてきた。


「新興貴族みたいなものだから、調子に乗ってしまったのだろうね」

「あ……」

「しかし、私は甘くないよ」


 シモンヌの震える声と青ざめた顔を見て確信した。

 僕の勝ちだ。


 -


 時間を遡ろう。


 僕が姉貴と別れてリンデさんと向かった先は、広場から北へ向かった場所にある、大きな大きなレノヴァ公爵の城だ。

 レノヴァ公国城下街は大きな塔と城壁に囲まれた都市で、その各塔からの情報が集まっていると予想されるのが、この中央北部にあるこの城だ。


 事前に連絡はしていなかったけど、それでも僕は堂々と城門横に歩いていく。

 そこには謁見希望者のチェックをする二人の男性がいた。


「今晩は、お疲れ様です。マクシミリアン様へ緊急の謁見を希望したく思います」


 訝しそうに僕を見る担当者。その視線が後ろのリンデさんに向かい、僕の方に戻ってくる。


「公爵様へ直接、緊急ですか? 一応伝えはしますが、要件次第では断られる可能性も十分に高いですよ」

「はい、承知の上です。マクシミリアン様へは『勇者ミアが危機的状況にある、弟が助けを求めに来た』と伝えて下さい」

「勇者様の弟、ですか」

「はい」


 担当者は僕達を確認すると、もう片方の男性に頷き城の中へと入っていく。

 それから暫くこの連絡所で黙って待った。リンデさんがそわそわしているけど、さすがにあまり無駄話もできない。


 日もすっかり落ちた頃、ようやく担当の人が戻ってきた。


「マクシミリアン様がお待ちです」


 良かった、勝率は十分あったとはいえ賭けは成功だ。

 よし、リンデさんと一緒に、お城の中へ入っていこう。


 -


 ビスマルク王城に比べて、レノヴァ城はかなり戦争向きに作られたお城だ。あちらが貴族のための贅を尽くした城なら、こちらはさながら軍事拠点のような作りである。

 この城から、あの城下街の豊かな文化が生まれるというのは不思議な感じがするな……レノヴァ公爵の方針なんだろうか。


 二人の兵士について歩いていく。時折ちらちらとこちらに視線を向けるのは、やはりリンデさんが珍しいからだろう。リンデさんも見られてそわそわしている。

 まずは待合室だろうと思い、少し気持ちを落ち着けるため気楽に気楽にと頭の中で念じながら奥へと進んでいく。そして少し大きな扉の前に立つと、兵士が扉を叩く。

 中から「どうぞ」という声が聞こえてきて、扉が開かれた。


 扉の中、部屋の左には大きな数人がけのソファに座った白髪の高齢の男性と、茶髪の年配の男性がいた。服装はどちらも、一目で見て良いものだと分かる。

 白髪の男性が腕を組んで僕とリンデさんを見た。


「ほおおーなるほどなるほど、連絡のものから赤い髪、整った目鼻立ちと聞いていたが、なるほどミア様によく似ておるなあ。それに後ろの魔族の……いや、魔人族といったかな?」

「ええ、そのように聞いておりますね」

「うむ……実物を見ると偽物を作りようもないなこれは」


 そのやりとりだけで、この人が誰か確信した。

 姉貴の姿を知っていて、『魔人族』の単語も理解している聡明な男性。

 マクシミリアン・レノヴァ様。


 僕は姉貴から、腕折り事件の際にいろんな貴族の話を聞いていた。あれで姉貴は自分の気に入った人には記憶力のいい人だ。

 ……ちなみに自分の気に入らなかった人は、まったく名前を覚えないんだよね姉貴……。ビスマルク王国出身者でありながら、国王の名前がビスマルクだと最初答えられなかったときはひっくり返りそうになった。

 バリエ伯爵と、レノヴァ公爵、あと南部の半島にあるシレア皇帝陛下と、西のベラスケス辺境伯……は令嬢がキツかったって言ってたっけ。


 その中でも姉貴とレノヴァ公爵の話を思い出したのだ。『レノヴァ公爵、おじーちゃんって感じだったんだけどさ、孫娘みたいなもんなのかしら、すんごく気に入ってもらえたのよね。でも実際の孫である男兄弟どもはあたしを見て逃げたので許さん! なんでよ十六歳のあたしあんなに可愛』やっぱり関係ない方向に話が行きそうなので、姉貴は頭の中で黙っててくれ。

 そんなわけで、僕はレノヴァ公爵が姉貴に会いたがっている可能性に賭けたのだ。姉貴は自己評価が高いのか低いのか分からないけど、事実として地位も名声もかなり高い。そんな姉貴が『バリエ家に来たけどまだレノヴァ公爵と挨拶していない』となると、必ず会いに来るはずだ。


「二人とも、そんなところに立ってないでこちらに来なさい」

「あ……っ、はい、ありがとうございます。それでは失礼いたします」


 僕はリンデさんと、大きなソファで対面するように座った。

 正面に並ぶ公国のトップに、緊張する。


「やあ初めまして、私がマクシミリアン・レノヴァだ。そして彼が」

「政務官であり補佐のヴィクトル・ロアンです」

「ミア様の弟と聞いて、是非優先して会いたいと希望してね」


 よかった、姉貴から聞いた話どおり立場を思わせないほど気さくな人だ。

 しかしロアンって、ロアン伯爵家のロアンか? 当主の次男か三男の方が補佐に来ているのだろうか。なるほどこちらも落ち着いていて有能な右腕という感じが伝わる人だ。


 今回『姉貴の弟』というだけの理由で会えるかどうかは賭けだった。かなり自分の価値を高く評価していなければできない判断のため、我ながら自分の判断だとは思えないぐらい思い切った決断だったと思う。

 だから、会える可能性を上げるために一手考えた。


『勇者ミアが助けを求めている』


 姉貴は基本的にめんどくさがりの反面、相手から提案されない限り協力や助力を得ない性格だ。自分のできることは自分でやるし、できないことも自分で頑張る。

 そしてそれを誇りに思っているわけではなく、当然のこととして活動する————それが勇者ミアという人である。


 では、もしもそんな姉貴が自ら助けを求めたら?


 更に本物の勇者ミアの代理であるという証明として選んだのが、何を隠そうリンデさんの存在だ。

 マックスさんが魔人族の情報をレノヴァ公国に話したと聞いたから、必ず公爵はその事情を知っていると読んだ。そしてリンデさんは見ての通りの青肌で白目が真っ黒の女の子。偽物と疑う方が難しい。


「弟のこと、自分より出来がいいって言っていたが、なるほど立ち振る舞いから教養の高さが伺える。貴族育ちと言われてもわからないよ」

「あっ、姉貴はそんなこと言ってたんですね。ふふっ家じゃ全然褒めなかったのに……。お褒めにあずかり光栄です、勇者ミアの弟、ライムントと申します。そしてこちらの魔人族が」

「ふへぇっ!? あ、あのあの、ジークリンデっていいますですございます! リンデと気軽に呼んで下さいませでございますですですです!」


 リンデさんの緊張具合、すごいことになっていた。

 丁寧すぎて逆に気さくになっている様に僕が少し肩を震わせると、マクシミリアン様はもっと笑っていた。


「ははは! 我々人類はこんな者に滅ぼされると警戒していたとはね! 気楽にしてくれたまえよリンデ殿。それで……ミア様が助けを求めている、という話は半分嘘で、恐らく君の独断だね?」


 なるほど……勘も良いし、思い切りもいい。姉貴が自ら助けを求めるはずがないと確信した上で聞いてきているんだろう。

 同時に、こうやって聞いてくる辺りは信用されていると判断して大丈夫そうだ。


「……そこまで読まれてしまっては隠しようがないですね。ええ、姉貴がどうせ挨拶するのをすっぽかしてるんじゃないかと思って話を持ちかけました。あと公爵様が会いたがっていらっしゃるのではと思いまして」


 僕が「個人的にそうだと嬉しいなって打算もあります」と両肩を上げると、マクシミリアン様は眉を上げて驚いた。


「ふーむ……据わっておるし、頭も速い。ちなみにお姉さんとは仲がいいのかい?」

「最近は良くなりました、ようやく僕の料理をおいしいって言ってくれたんです。昔は何作っても不機嫌な顔するからいつも悩んでたんですよ」


 それはもちろん、僕と姉貴のハンバーグの話だ。

 だけど、その過去を今言う必要はないだろう。

 代わりに言う言葉は、もちろんこれだ。


「リンデさんが、取り持ってくれたんです。姉貴に向かって挑みかかって『ちゃんとライさんの料理においしいと言ってください!』ってすごい剣幕で叫んでね」


 リンデさん、いきなり話を振られて物凄い勢いでこっちを向く。恥ずかしがりそうだけど、僕としてはちょっと自慢して回りたいぐらい嬉しいので!

 でもリンデさん以上に、身を乗り出して穴が開くほど見てきたのは……ヴィクトル様だった。


「……そちらの魔人族が、勇者と弟の中を取り持ったと……! いえ、それよりも、勇者に挑んだのですか!?」


 もちろん、そちらの方が衝撃的だろうことも考えている。

 姉貴は勇者であり、魔王は最強の敵である、というのは恐らく人類の全員が共通認識として持っている。


「リンデさん、こんな子ですけど姉貴より強いですし魔王より強いです。そしてこんなに明るい感じの子ですが、人類の味方として振る舞うよう指示した魔王に絶対の忠誠を誓っています」


 ただ事実を言っただけ。

 しかしやはりこれにはお二方ともお口あんぐり。

 僕はそんな二人に、今が最高のタイミングだと畳みかける。


「勇者より弱い我々人類がしなければならないことは一つ。魔人族の魔王陛下が、人類の味方であることを感謝する。ただそれだけです」


 僕の宣言に、二人もすっかり参ったようで……もう既に公爵は、人類の手の届かない範囲まで話が進んでしまっているスケールの大きさに笑い出していた。ヴィクトル様もそんな公爵様を見ながら苦笑していた。

 リンデさんを好意的な視線で見る。


「リンデ殿は、ミア様とも仲良くしてくださってるのですね?」

「は、はいっ! それはもう美味しいレストランに連れて行ってくれたり、果物とかたくさん買ってくれたり、美味しいコーヒーのお店に連れて行ってくれたりするので、ミアさんとってもとってもいい人ですっ! ライさんもおいしい料理をたくさん作ってくれるので大好きですっ!」


 そして、そこまで強い魔族のリンデさんから漏れたのは食べることばっかり。

 あまりのギャップにマクシミリアン様はすっかり「はーっはっはっは! 聞いたか今の!」と大笑い。ヴィクトル様も堪えきれないように肩を震わせて、口元を隠すようにしながら困ったように笑い出した。


 リンデさんはそんな二人の様子に首を傾げていた。そりゃあリンデさんにとっては人間の文化の美味しいものを食べるということは最重要事項だろうけど、今のはやっぱりかわいすぎると思います。

 本人は反応が意外すぎたのか、こっちを見ながら「私、変なこと言いました……?」と聞いてきたので、「とてもいい自己紹介でしたよ」と返しておいた。


「……はーっ……いやはや、なるほど。ライムント殿、彼女を連れて来てくれてありがとう。貴重な経験が出来たよ、長生きはしてみるものだ」

「こちらとしても、魔人族を知っていただけて嬉しいです」

「うむ。……それでは、そろそろ本題に移ろう。ミア様の危機なのですね?」


 よし、信頼を得られた。僕はマクシミリアン様に頷いた。

 そしてリンデさんを連れてやってきた二つ目の理由も達成できた。

 これから最後の、リンデさんを連れてきた三つ目の理由に取りかかる。


「はい。姉貴……勇者ミアに降りかかっている問題をお話しします」

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